今回は、一般のメディアや宇宙機関からの記事ではなく、私の知人が寄稿した記事をご紹介しましょう。
編集長(寺薗)の研究仲間でもあり、NASAの月探査研究グループ(LEAG)の代表、そしてNASAのアドバイザリーメンバーで惑星科学小分科会のメンバーである、アメリカ・ノートルダーム大学のクライブ・ニール氏による、オバマ政権による有人火星探査構想についての寄稿です。アメリカの科学系ニュースサイト「newswise」に掲載されています。以下、紹介していきます。

クライブ・ニールさん

クライブ・ニールさん (出典: http://news.nd.edu/for-the-media/nd-experts/faculty/clive-neal/)

オバマ大統領、及びオバマ政権は、アメリカの究極の有人宇宙計画として、2030年代なかばに人類(アメリカ人)を火星に送り届ける(そしてもちろん安全に戻す)という、「有人火星探査計画」を打ち出しています。
しかし、クライブ・ニール教授は、この野心的な計画には予算不足という問題がつきまとっており、さらに研究や国際協力などの面も不足しています。教授はオバマ政権が示す目標は達成できないであろうという意見を持っています。
以下、ニール教授の主張を述べていきます。

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オバマ大統領は、『人類(アメリカ人)を2030年代には火星に送り届け、安全に地球へと帰還させる。その先には火星への滞在を実現させる。』という大胆な目標を打ち出している。これはちょうど、ケネディ大統領が行ったのと同じで、過去に誰も成し遂げてこなかったことを実現しようとすることで、国家を前進させようとするものだ。しかし、ケネディ大統領と同様、オバマ政権が掲げる有人火星探査とその先の火星基地構築については、それを支える材料が不足していると言わざるを得ない。
アメリカは、一国ではこの大規模な探査を実現させることができるだけの予算を拠出できない。実際のところ、NASA自身はすでに予算不足により借り入れにより予算を賄う命令が出されている。2010年のオバマ大統領のケネディ宇宙センターにおける演説において、彼は『月に戻る必要はない。なぜならそこ(月)にはすでに我々は行ったことがあるからだ』と述べているが、その際に彼は、NASAの予算を向こう5年間で60億ドル(現在の為替レートで換算して約6000億円)増額させると明言している。2016年現在、その増加額は2億6400万ドル(日本円で264億円)に過ぎない。

アメリカの宇宙政策における国際的パートナーの目標は月探査にあり、人間を月に送り、安全に戻すことに注力している。そして、月の資源を利用し、それによって月に恒久的な基地(編集長注: 原文では「presense」)を設置することが目標である。月の資源を利用することで、さらに遠くの天体への探査・飛行を可能にしようというのだ。月を利用しなければ、火星探査に必要なすべての資源は地球から持ち出さなければならない。もしそのようなことを行うのであれば、現時点で想定されている予算を遥かに上回る予算を必要とすることになるだろう。とても継続的に実現可能とはいえない。
アメリカの国際的なパートナーと協力しながら月資源利用についての枠組みを決めていくことにより、私たちは月を地球の経済圏の中に組み込み、将来のハイテク産業を創出し、月以遠の宇宙空間へ旅立つ際の燃料補給場所としての役割を持たせ、それによってこそ、継続的な有人火星探査が実現可能となるのである。

アポロは偉大な宇宙計画であった。しかし、我々はそこから学ばなければならない—アポロは継続不可能であった。同じ間違いを、有人火星探査で繰り返してはならない。

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ニール教授のこの指摘は、彼が月の研究者であるという点(つまり、月資源利用「派」、あるいは月経由の有人火星探査「派」である)という点を念頭に置くとしても傾聴に値するものがあります。
とりわけ、ここのところ有人火星探査計画に関するアメリカ政府の動きが少しずつ加速していることに関して、現時点でそれだけのことが本当に実現できるのか、というふうにいわれると「難しい」ということを指摘する意見は重要です。実際、有人火星飛行におけるさまざまな問題(片道1年以上に及ぶと呼ばれる飛行における人間の精神的な問題や、放射線被曝量の問題など)はまだ解決していません。さらに、有人火星探査は科学や技術の分野を超えてある意味政治利用される可能性さえ秘めているように思います。

ニール教授のような、長年月・惑星探査に関わってきた専門家の意見が今後のアメリカの火星探査の方針に活かされ、アメリカ政府、とりわけ大統領が変わったあとの政権がより現実的で実現可能、そして将来にわたって継続可能な有人火星探査計画に向けて計画を錬る素地を作っていくことが重要です。さらにはそのような研究のためには研究機関への十分な資金供給が必要で、この点は日本も同じかと思います。

究極の宇宙探査ともいえる有人火星探査は、しっかりとした準備があってはじめて成功に導ける。私はそのように思っています。拙速な計画や政治主導での無理な立案は避けなければなりません。

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