2001年、世界ではじめて、自費で国際宇宙ステーションを訪れ、世界初の民間宇宙旅行者となったアメリカの起業家、デニス・チトー氏が、2018年に火星への有人往復飛行を行うと発表しました。このために財団「インスピレーション・マーズ財団」を設立し、実行に向けての準備を開始しています。

この計画では、打ち上げは2018年1月5日となっています。火星と地球との距離の関係により、約8ヶ月という短い期間で火星へ到達できるタイミングがやってくるとのことで、財団のウェブサイトによれば、次のこのような短期間で火星に到達できるタイミングがやってくるのは2031年とのことです。
火星への往復飛行は合計で501日(約16ヶ月半)を予定しています。この飛行では火星に着陸するわけではなく、火星をぐるりと回ってまたもとに戻ってくることになっています。その際には、火星表面から約160キロ(100マイル)上空を飛行する予定とのことです。

このための宇宙船建造技術については、これまで培われてきた地球低軌道用の技術を採用することになりそうです。乗員は男性1名、女性1名の合計2名です。

「ミッション・フォー・アメリカ」(アメリカのためのミッション)と名付けられた今回の計画は、極めて野心的な計画といえるでしょう。アメリカ、というかNASAでは、2030年代半ばに火星に人を送り込む計画を持っていますが、今回の計画はそれよりもはるか前、2018年(あと5年先)に、着陸はしないまでも火星まで人を送り込むという、その前段に当たる計画を実行してしまおうというものです。
財団のウェブページでは、「アメリカに活力を与える」ということをこの計画の大きな意義として掲げており、特に科学、教育の分野に刺激を与えることを意義として挙げています。

問題は費用です。デニス・チトー氏は億万長者として知られてはいますが、さすがに今回の計画の費用をどう捻出するかは大きな課題となりそうです。財団では、寄付などに加え、政府からの支援も検討しているとのことですが、アメリカ政府は現在予算の大幅削減のまっただ中にあるだけに、資金のめどが(5年以内、というより早急に)つくかどうかがこの計画の成否を決めるといえるでしょう。火星探査推進を掲げる団体「火星協会」(Mars Society)のロバート・ズブリン理事長は、費用は10億ドル〜20億ドル(日本円で900億円〜1800億円)に達するとしています。

それでも、すでに計画に向けて動きはあります。技術開発などのパートナーシップ協定を、パラゴン宇宙開発(Paragon Space Development Corporation)、応用防衛ソリューション(Applied Defense Solutions)、宇宙探査技術(Space Exploration Engineering Corporation)の3社と締結したほか、NASAのエームズ研究センターとも協力協定を結び、開発に必要となる技術の提供などを受けることになっています。

この計画についてはさまざまな意見が出ています。財団の最高技術責任者(CTO)であり、パラゴン宇宙開発の代表取締役でもあるタバー・マッカラム氏は、この計画は「十分実現可能」であり、「リスクについては専門家がしっかりと検証しており、スケジュールが非常に厳しい点についてもそれに見合うだけの価値があるという判断である。宇宙船などの開発についても既存技術の組み合わせで十分実現可能であり、それらの技術はすでに実証済みでもある。」と述べています。
とはいうものの、火星行きの宇宙船を一から作り上げるということについては懐疑的な声もあります。宇宙開発の専門家であるジョン・ログズドン氏は、今回の有人飛行計画については「不可能ではないが、実現は困難だろう」(not impossible, but implausible)と述べ、実現に疑問を示しています。特に資金面や技術面での困難を指摘し、さらに乗組員については「一旦打ち上がってしまったら戻ることができない」(地球近傍のように、何かあってもすぐに脱出するなどの手段を取ることができない)と危惧しています。

一方、NASAはこの計画を歓迎しているようです。「アメリカの民間宇宙飛行の大胆さを表すものであり、また民間探検家の勇気ある精神を示すものである」との声明を発表しています。

今回の計画が実現するかどうか、もうあと5年を切っているだけに非常に心配な点もありますが、実現すれば民間初の火星飛行(そして月より遠いところへの人類としての初飛行)という非常に大きな業績になるだけに、その成否に今後も注目していく必要があります。