スリム探査機の構造

2018年8月現在のスリム探査機の構造
出典: 第43回宇宙開発利用部会資料『小型月着陸実証機(SLIM)の計画見直しについて』

2018年8月2日に開催された文部科学省 第43回宇宙開発利用部会にて、JAXA宇宙科学研究所が開発を進める小型月着陸実証機「スリム(SLIM: Smart Lander for Investigating Moon)」の計画見直しが報告されました。

宇宙科学研究所の國中均所長と坂井真一郎「スリム」プロジェクトマネージャーの説明によりますと、スリムは打ち上げ予定を2020年度から2021年度へ延期し、2016年に事故により運用を停止した「ASTRO-H(ひとみ)」後継機であるX線分光撮像衛星「XRISM(クリズム)」の相乗りとなり、H-IIAロケットで打ち上げる予定となりました。月での着陸地点は、月内部のマントルが露出している部分の可能性をもつ地域、「神酒(みき)の海」となります。

スリム着陸地点の「神酒の海」

スリム着陸地点として選定された「神酒の海」。地図上では、着陸地点は南緯13.5度、東経25.2度と表示されている。ベース画像はNASAのルナー・リコネサンス・オービターの画像を使用。

スリムは、本体のみで200キログラム程度の小型軽量の探査機で月への精密な着陸技術の実証を行うプロジェクトで、目標地点に100メートル以内の誤差で着陸することを目指しています。航法カメラの画像によって自ら判断しながら目標へ接近、障害物を見つけて回避しながら降りる技術を確立しようというものです。

スリム探査機は当初イプシロンロケットで打ち上げる予定でしたが、スリムがプロジェクトへ移行した2016年4月にX線天文衛星ASTRO-H(ひとみ)の機能に異常が起き、衛星を失うこととなりました。この事態を受けてスリム探査機においても開発の確実化を目指した再検討を行ったところ、探査機の質量が増加しイプシロンロケットでは打ち上げが難しくなるとのリスクが発生しました。

そこで、スリムとXRISMとをH-IIAロケットで相乗り打ち上げを行う検討を行ったというものです。XRISMは2020年の打ち上げを目指していましたが、主要なミッション機器である軟X線分光装置(SXS)検出器モジュールのNASAからの引き渡しが2019年1月予定から2019年10月に延期となりました。そのため、打ち上げは2021年度にずれ込む見通しです。

ロケット変更に伴い、スリムの探査機の構成を増強することができるようになりました。メインエンジンは1本から2本へ増強、補助スラスタも8本から12本となります。また、オプション扱いの予定であった分光カメラを組み込み予定とし、この分光カメラの機能の空間分解能を上げる予定です。分光カメラの性能が向上することで、月の表面の物質の組成をより推定しやすくなるだけでなく、表面の砂の粒径(粒の大きさ)が観測できる可能性があるといいます。この情報は、「月がどのように進化したか」を調べる手がかりとなります。

スリムの着陸予定地点はおおむね斜度15度以下となっていますが、探査機が思わぬ転倒をしてしまうことがないよう、着陸方式は最終的に寝た姿勢となる方式が採用されました。エンジンを噴射しながら降下し、着陸してから転がるというもので、「2段階着陸方式」と呼ばれています。目標が急斜面であっても着陸できる方式とされています。

スリム探査機の着陸方式

スリム探査機の着陸方式
出典:第43回宇宙開発利用部会資料『小型月着陸実証機(SLIM)の計画見直しについて』

さらに、H-IIAの打ち上げ能力に余裕があった場合には、分離する「小型プローブ」を追加で搭載することを検討しています。小型分離プローブは、スリム本体の着陸後のミッションを外から観測したり、着陸する状況を撮影する、小型プローブ自身の通信装置で地球と直接通信を行う、といった役割を持つことが考えられています。

探査機の増強により、スリムの質量は元のおよそ600キログラム(うち、推薬を除く本体部分は約130キログラム)から、全体でおよそ730キログラム(本体は約200キログラム)となりました。元の計画ではイプシロンロケットのキックステージ開発費を含めて総開発費は180.5億円でしたが、H-IIA相乗りとなったことで総開発費は148億円に抑えられています。

スリムの新しい計画では、着陸目標地点が選定されました。月探査機「かぐや」の成果から、月内部にあったマントル物質が月の表面に露出している可能性があると考えられるカンラン石の多い地域をピックアップ、地形や着陸の安全性を考慮して選定されたものです。着陸地点となる南緯13.3度、東経25.2度の地域は「神酒の海」と呼ばれています。月の「海」とは、かつて月にあった火山活動によって玄武岩質マグマが噴出した場所と考えられており、「神酒」とはギリシャ神話の神々の飲み物「ネクター」に由来します。ラテン語の地名をカナで書くと「マレ・ネクタリス」といいます。

スリム計画は、探査機の基本設計を確定する作業を進めており、2018年9月ごろには設計審査が終わる予定です。

取材・文・写真: 秋山文野

【2018年8月3日午後11時追加】内容に一部誤りがあったため、記事を一部修正しました。失礼しました。
(誤) スリムは2020年の打ち上げを目指していましたが、主要なミッション機器である…
(正) XRISMは2020年の打ち上げを目指していましたが、主要なミッション機器である