興味深いニュースが入ってきました。
現在開発中の日本の月探査衛星「スリム」について、打ち上げを1年延期すると共に、打ち上げロケットをH-IIAに変更、さらにこれを、2016年に事故で失われた天文衛星「ひとみ」との相乗り打ち上げにする、という報道が、日刊工業新聞から出ています。

月に着陸したスリム探査機の想像図

月に着陸したスリム探査機の想像図 (© 池下章裕)

スリムは、月(さらには、将来の惑星など)への高精度着陸技術を検証することを目的に開発されている月探査衛星で、イプシロンロケットにより2019年度に打ち上げられる予定となっていました。
今回、日刊工業新聞が報道した内容は、8月18日に開催された宇宙政策委員会の小委員会(どの小委員会かは不明ですが、おそらくは宇宙科学・探査小委員会かと思われます)に報告されたというもので、情報源がしっかりと明示されていることから信頼性は非常に高いと思われます。

記事によると、基本的には打ち上げ費用の削減を目指したもののようです。「ひとみ」代替機の打ち上げに合わせてスリムを搭載することによって、イプシロンロケットの打ち上げ費用(50億円と見られる)を削減できるというのが大きな理由のようです。これにより、スリムの打ち上げ時期は1年遅れ、2020年度ということになります。

今回の計画ですが、確かに相乗りさせることによってスリムの打ち上げ費用の削減にはつながりますが、ミッション自体を1年遅らせるだけでなく、打ち上げロケットを変更するということは、スリムの探査機設計や全体的なスケジュールなどの大幅な変更が必要となってきます。これらはそう簡単に変更できるものではないですし、宇宙研、あるいはJAXA内部でも相当な検討が行われてきたということでもあるでしょう。
それだけの変更を行っても打ち上げ費用を削減したいということをJAXAとして判断したということになるかとは思いますが、そもそもイプシロンロケット自体が「将来の月・惑星探査などに機動的に運用できる」ことを目的としていることを考えると、編集長の個人的な考えとしては腑に落ちない判断と思えます。
さらにいえば、スリム自体が、イプシロンロケットを利用した「中型科学探査」の第3弾として計画されたものです。こうなってくると、この「イプシロンを利用した中型科学探査」の位置づけ自体も非常に不安定なもののように思えてきます。
ひょっとすると、この「打ち上げ費用削減」以外にも何らかの要因があり、総合的な判断として今回の「1年延期+打ち上げロケット変更+相乗り」という判断が下されたのではないかと考えたいのですが、私の手元にはそれを裏付ける情報はありません。

スリム自体、当初は2018年度打ち上げであったものが、「計画を着実に実行するため」1年延期されて2019年度となり、今回ロケットの変更などを絡めてもう1年延期となりました。
打ち上げが比較的迫っている(逆にいえば、打ち上げまでの準備にそれほどの時間がない)探査に関してこうころころと変更がなされると、編集長としては現場の士気に大きな影響が出てしまうのではないかという懸念を抱かざるを得ません。

あえて積極的な見方をすれば、予算が減り続けているJAXAにおいて、相乗りにすることで「とにかくも打ち上げの機会を守る」ということもいえるかもしれませんし、そのようにすることで、最近JAXA、あるいは日本の宇宙開発政策がみせている「ムーン・シフト」、すなわち月探査への回帰ムードを保持したともいえるでしょう。
ただ、繰り返しになってしまいますが、計画の大幅な変更はミッション自体の混乱を招くことが懸念されるだけに、JAXAや宇宙研は今回の変更の理由についての説明をしっかりと行うと共に、現場の士気を下げないような最大限の努力を行うことが必要だと思います。
なお、今回の記事のもととなった宇宙政策委員会の小委員会の資料は現時点でウェブページにアップロードされていません。詳細はこの資料を待ってからということになるかと思いますので、注意してみていくことにしましょう。