JAXAは31日、2023年度に打ち上げられる予定の月探査機スリム(SLIM)について、打ち上げ時期を8月以降に設定すると発表しました。3月に発生したH3ロケット試験機1号機の打ち上げ失敗と、その後の原因究明を受けた措置です。

月に着陸したスリム探査機の想像図

月に着陸したスリム探査機の想像図 (© 池下章裕)

SLIMはJAXAが開発している月着陸機です。月面の狙った場所にピタリと着陸する「ピンポイント着陸」を行うことを主軸に、月面の鉱物組成を調べる「マルチバンド分光カメラ」を搭載し、科学・工学両面での月探査を目指します。

31日にJAXAが発表したプレスリリースによると、SLIMの打ち上げ時期はそもそも宇宙基本計画の工程表においては2023年度はじめ頃を想定していたものの(具体的な月については示されていません)、月・太陽・地球の位置関係により打ち上げ時期に制約が生じるとのことです。

ここに発生したのが、3月7日のH3ロケット試験機1号機の打ち上げ失敗です。
現在その原因については調査が進められていますが、その過程で出てきたのが、点火しなかった第2段ロケットの電源系です。
これまでの原因調査で、機体側から第2段エンジンに着火指示が送られており、それを第2段側が受信しているにも関わらず、電源系統に異常が発生し、信号が正常に処理されなかったことがわかっています。このあたりは、かなり専門的になりますが、3月16日に開催された宇宙開発利用に係る調査・安全有識者会合においてJAXAが発表した

[PDF] 資料に詳細が書かれています。

問題は、H3ロケットの第2段エンジンが、実はH-IIAロケット(実際にはそれ以前)から使われているエンジンの改良型であるということです。
H-IIAは第2段ロケットがLE-5Bというエンジンです。H3ロケットの第2段に使われているエンジンは、LE-5Bに改良を加えたLE-5B-3というエンジンです。
H3ロケットの失敗の原因はまだ不明ですが、電源系統の異常ということになると、既存のH-IIAロケット(のLE-5Bエンジン)にも同じ問題が潜んでいる可能性があります。先ほどの資料の15ページめ(PDFファイルとしては16ページ)にも、「H-IIA2段エンジンの搭載機器について詳細に影響を評価し、次の打上げに臨む。」との一文が載せられています。
今回の打ち上げ延期は、この事故原因の究明に絡み、H-IIAについても調査を行うことの一環とみられます。

JAXAとしては、今回の打ち上げがそもそも5月に予定されていたことから、3月からその準備に入るところ、原因究明状況を踏まえて延期したとプレスリリースで述べています。8月以降は、次の月軌道投入可能時期を踏まえたものです。
もっとも、SLIMの打ち上げの詳細についてはJAXAからは今まで特にアナウンスが出されたことはなく、あくまで「2023年度」が公式の情報(上記の「はじめ頃」というのもあくまで「頃」であって、月を明記しているわけではありません)です。その意味では打ち上げ時期の変更がないとはいえます。

SLIMの打ち上げはこれまでも延期の連続でした。そもそも2019年度に打ち上げ予定だったのですが、天文衛星XRISM(クリズム)と一緒にH-IIAロケットで打ち上げられることになり2021年度に延期、そしてXRISMの開発遅れによってこれが2022年度に延期になり、さらにH3ロケットの打ち上げ優先のために2023年度(の早期)に延期、そして今回です。
それぞれ事情が異なるとはいえ、ここまで延期が繰り返されるのは、特に月探査に関わってきた人間としてはどうなのかという思いはあります。

ただ、ロケットがしっかりと開発され、不具合の原因が究明されて解決されなければ、それに搭載されていく探査機としてはどうしようもありません。まずは原因究明が早期に進み(でもしっかりと解決され)、SLIMの打ち上げにつなげられることを祈りたいと思います。