ここのところ月探査に強い意欲をみせていたロシアですが、どうも逆風が吹き始めたようです。2015年12月29日付のタス通信によりますと、ロシアはこのほど、今後10年間の月探査関連予算を大幅に削減するとの決定を下した模様です。

これによると、ロシア連邦宇宙局(この報道の時点ではロシア連邦宇宙局ですが、2016年1月1日よりロシアの宇宙機関は再編され、民間企業と政府の機関を合わせた「ロスコスモス」となっています)がまとめた2016年〜2025年の宇宙開発計画案では、月探査関連の言及が全く削除されてしまっているとのことです。なお、最初にこれを伝えたのはイズベスチア紙だということです。

イズベスチアによると、「ロスコスモスが政府に審査のため提出した資料によると、将来的なロシアの宇宙関連研究の充実と引き換えに、月探査計画を諦めるという決定がなされていることが明らかになった。」ということです。
同じくロスコスモス(これはロシア連邦宇宙局としてのロスコスモスであり、2016年1月1日からの新・ロスコスモスとは異なります)が2015年4月に提出した文書によると、月着陸船(さらには離陸)の開発、月を周回する「月ステーション」の構築、月面基地の構築、さらには将来の有人探査に備えた宇宙服などを含めた各種装置の開発などが謳われていました。今回はこれらがバッサリと削除されたようです。ただ、月へ到達できる性能を持つ宇宙船の開発については、今後の宇宙輸送システムの可能性を見越して開発を続行するとのことです。

実際、ロシアはこれまでも月探査について意欲を持ってきていました。そもそもロシアは月探査計画として「ルナ・グローブ」と「ルナ・れず留守」という2つの計画を持っており、前者は月周回、後者は月着陸計画とされていました。この2つの計画を統合・発展させる形で、2014年には往年の月探査計画の名前「ルナ」を冠した計画を復活させました。
この計画では、1976年に24号で終了したルナ計画を引き継ぐ形で新たにルナ25号からの月探査を実施、周回機や着陸探査などを随時実施し、29号までの無人探査を計画していました。さらに、2030年ころをメドにロシア独自の月面基地を設営、宇宙飛行士を送り込むという大胆な計画をも発表していました。昨年9月には、その第1号機となるルナ25号(おそらくは「ルナ・グローブ」と同一と思われます)の打ち上げは2016年に行われるという記事まで出ており、「ロシアがふたたび月へ本気をみせた」と思われていました。
しかし、今回の報道はそれとは全く逆の内容で、ロシアは少なくとも月探査について急ブレーキを踏み、一切の計画をキャンセル、あるいは凍結するという内容になっています。

このあたりの理由ですが、まず考えられるのが、各種報道でも明らかなロシア経済の急減速です。
ウクライナ紛争に絡むヨーロッパやアメリカからの経済制裁に加え、同じくウクライナ紛争やシリアへの軍事介入による軍事費負担、そしてなんといっても急降下した石油価格による国家収入の激減により、ロシア経済はかなり危機的な状況にあるとみられています。
一方、そういったロシアが外貨を稼ぐことができる数少ない産業が宇宙産業です。しかし、ここのところ主力のプロトンロケットが何機も失敗するなど、技術力の低下はあらわになってきました。また、国際宇宙ステーションへの人員輸送についても、アメリカが新型宇宙船の開発を官民ともに進めており、2017年以降はそちらに移行する可能性も出てきています。そもそもアメリカが宇宙開発において「ロシア離れ」を進めていることは明らかであり、この点での収入も激減することが考えられます。
さらに、ロシアの宇宙開発は、1990年代初頭の旧ソ連崩壊以来、あるいはその前あたりから技術的な面での衰退が進んでいます。典型的な例が火星探査機「フォボス・グルント」の失敗で、政治的な圧力にさらされた上に、無理な開発期間で打ち上げを強行したために搭載プログラムの不具合を見抜けず、それが探査機を動作停止に陥らせた原因になったとのことです。技術不足に加え、強い政治の圧力という点が問題になりました。

ロシアはこのような状況を打開すべく、冒頭で述べた通り、宇宙機関や宇宙企業の再編を計画しています。これまでは国家機関としてロシア連邦宇宙局が、民間企業として数多くの会社があるという状態でしたが、2015年8月にはまずこの民間企業が統合されて国営企業である「統一ロケット・宇宙会社」(URSC)を発足させ、さらに2016年1月からはURSCとロシア連邦宇宙局を統合した国営企業のロスコスモス社を発足させます。今後、ロシアの宇宙開発はこの国営企業が全面的に担うことになります。
この過程で、おそらく限られたリソース(技術者や予算など)をどこに振り向けるべきか、という議論がなされたのではないでしょうか。その結果が、今回の「月探査のキャンセル、あるいは凍結」という決定ではなかったのかと思われます。

この報道が正しければ、今後のロシアの月探査は一転して不透明、というより後退することになります。これまで割と「派手な」宣伝を繰り広げていただけに、この落差は大きなものがあります。また、宇宙大国としての挟持をある意味かなぐり捨ててでも宇宙産業の再構築を目指さなければならなくなっているという点で、ロシアの宇宙開発の凋落はかなり大変な状況になっていることが推測されます。
個人的には、何らかの形でロシアの月探査が(多少計画削減があったとしても)復活することを臨みたいですが、現状をみる限りこれは望み薄なのではないかという気もしております。少なくとも今後とも、ロシアの月・惑星探査計画の状況をしっかりとウォッチしていくことが必要でしょう。