ロシアは月探査を復興させようとしています。その点については以前、本ブログの記事でも情報をお伝えしたところです。その動きが次第に本格的になっている…という可能性を示す記事が、ロシアの宇宙開発情報を伝えるサイト、スプートニク・ニュース(英語版)に掲載されていました。
それによりますと、ロシア宇宙科学研究所はこのほど、ロシアの報道機関ガゼータRU(Gazeta.ru)に対し、開発中の月探査機の独占取材を許可しました。もしこれが成功すれば、1976年に「最後の」ロシア…旧ソ連の月探査機「ルナ24号」が月に向かって以来、実に40年ぶりにロシア製の探査機が月へと送り込まれることになります。

ロシア宇宙科学研究所で惑星核物理学(どのような専門なのかはわかりませんが、原語では nuclear planetology となっています。惑星間の原子力ロケットなどでの移動の研究の可能性もあります)を専攻するウラジスラフ・トレチャコフ氏によりますと、「過去、ロシアが月からのサンプルリターンを実施した計画と今回の計画との大きな違いは、探査機に搭載される観測機器による直接探査であり(サンプルリターンではない)、またさらに、かつて旧ソ連のローバー『ルノホート』のみが達成している、月の夜(14日間)を生き残ることができるということである。さらにいえば、今回ははじめての極地域ミッションであり、ロシア・旧ソ連を含む世界が未だかつて行ったことのないミッションになる。」と述べています。
スプートニク・ニュース(おそらくガゼータRUも)は、この探査機はロシアが開発を進め、かつ何度も打ち上げが延期されてきた「ルナ・グローブ」であり、現在この機体は、モスクワ郊外にある都市ジューコフスキーで開催されている国際航空ショーで展示されているとのことです。また、大きさは人間ほどなのだそうです。
また、この探査機は2016年に月の南極付近にあるボゴスラフスキー・クレーター付近に着陸(ロシア人の名前がついているクレーターに着陸するのはさすがロシアです)、4台搭載されているテレビカメラ(と原文にはありますがおそらくは観測用カメラ及びスペクトロメーターと考えられます)により直ちに観測が開始され、さらに2台のカメラが搭載された月面掘削用ツールを監視、さらに2台のカメラはその動作が問題ないかどうかを確認するのに使われるとのことでうs.

南極地域ということで、14日間続く月の夜には極端に温度が下がります。その温度はマイナス153度と見積もられ、また日が当たる時間帯には123度にもなると思われます。この温度差と極端な低温、高温(とりわけ低温)から探査機を守るため、ルナ・グローブ探査機には放射性元素を利用した熱源が搭載されます(プルトニウム238を使用する、月・惑星探査では一般的に使用するもののようです)。

掘削装置には赤外線スペクトロメーターが搭載され、探査機に搭載されているレーザー質量分析計及び中性子線・ガンマ線スペクトロメーターに試料を運び込み、より詳しい分析を行うとも述べています。
また、月のごく薄い大気の組成を測定する装置や、チリの速度や大きさ、エネルギー(衝突エネルギーでしょうか)を測定するためのセラミック製の板も搭載していくようです。
また、ベルナドスキー地球化学・分析科学研究所で開発された、月の土の熱的な性質を測定する装置(熱流量計でしょうか?ただそれなら化学とはあまり関係なさそうなので、遠赤外線などを測定する装置かも知れません)も搭載されるとのことです。

以上をまとめますと、このようになります。

  • ロシアは現在、「ルナ・グローブ」の打ち上げ用機体の開発をほぼ完了し、早ければ2016年にも打ち上げる予定である。
  • 本機はカメラ、赤外線スペクトロメーター、レーザー質量分析計、中性子・ガンマ線スペクトロメーター、大気分析装置、チリ分析用の板、土壌測定装置を(少なくとも)搭載する。
  • 着陸場所は月の南極地域。実施すれば世界初の極地域着陸ミッションとなる。
  • 熱源及びエネルギー源は原子力電池。
  • あくまでその場分析で、サンプルリターンではない。ローバーが搭載されるかどうかは不明だが、記事にないことを考えると可能性は低い。
  • 大きさは人間の身長ほど(おそらく1〜2メートルくらい)。
ルナ・グローブ探査機

今回報道されたルナ・グローブ探査機の想像図 (Photo: Sputnik News)

さて、これについて少し分析していきましょう。
まず、「ルナ・グローブ」という名前についてです。先にも挙げた、ロシアの新しい月探査計画によれば、ロシアの月探査はこれから先、往年の「ルナ」シリーズの名前を関したものになり、新たにルナ25号、ルナ26号…と続いていくとのことでした。従って、私としてはルナ・グローブの名前は消えたものと思っていたのですが、ここに来て復活しているというのは不思議です。
またこの記事では、ルナ25号は2016年に打ち上げられ、しかもそれは月着陸の実証機だというところで、かなり今回の記事の内容と一致しています(ただ、実証機にしては科学的な測定装置を積み過ぎている感があります)。
これをどう解釈すればいいのでしょうか。1つは開発名が「ルナ・グローブ」であり、打ち上げまでにはこの名前が整理されて「ルナ25号」となる可能性です。もう1つは、こちらはあくまでルナ・グローブであり、ルナ25号は別途開発されており、別の機体だという考え方です。何しろルナ・グローブは2000年代から話題に上っている探査機でしたので、ようやくその開発が終結したとすれば、今回のような形になっているのも辻褄が合います。ただ、ただでさえ苦しいロシアの宇宙開発事業を考えると、月着陸機を2機同時に開発するということはあまり考えられません。従って、前者の、これが「ルナ25号=ルナ・グローブ」だという説の方がありうる話なのではないかと思います。

次に、ルナ・グローブの中身についてです。
そもそも、ルナ・グローブは着陸機ではなく、周回機と、ペネトレーターと呼ばれる、月面に激突することで測定器を送り込む装置の2種類(さらにこれに、探査機を周回軌道に入れるモジュール)からなるとされてきました。
従って、今回記事で伝えられている探査機の内容とは全く異なる探査機の構成です。
そこで考えられるのが、もう1つ伝えられていたロシアの月着陸機です。その名は「ルナ・レズールス」。この探査機の名前も、2010年くらいから何回か浮上していたのですが、最近ではあまり話題に上らなくなってきました。また、一時はこのルナ・レズールスがインドの次期月探査機「チャンドラヤーン2」に搭載される月着陸機(ロシアが提供するといわれてきました)なのではないかといわれていましたが、その後このチャンドラヤーン2の着陸機はインドが自主開発することになったとされ、いつの間にかルナ・レズールスの話はどこかへいってしまっていました。
今回の探査の内容を考えると、ルナ・レズールス(の機体)である可能性が高く、名前だけがスライドしてルナ・グローブになっている可能性が考えられます。

3つめは、このルナ・グローブ(やや紛らわしいですが)が行おうとしている月極地域着陸探査です。
実は、アメリカも同様の月南極への着陸探査を計画しており、この名前は「リソースプロスペクター」(RPM: Resource Prospector Mission)となっています。こちらの方、早ければ2019年に打ち上げ予定とされていますが、もしロシアがこのルナ・グローブ探査を実施しますと、月南極探査はそれに先立って3年早く実施されることになります。
南極を含め、月の極地域は、将来の月面基地候補地の1つとされています。月極地域のクレーター内部の「永久影」といわれる領域には水が存在するとされ、月面基地での使用が期待されています。一方、永久に日が当たり続ける領域もあり、ここでは太陽光発電による電力産出が可能です。
つまり、永久に日が当たる領域から電力を送ってもらい、永久影の近くに(保温条件が整えばその中でも構いません)基地を作るというのはかなり現実的な案です。アメリカは「シャックルトン・クレーター」をその候補地として挙げています。
ここで、先のロシアの新しい月探査計画を思い出してみます。ロシアが目指す月探査の究極的な目標は、2030年代に(有人)月面基地を構築することです。そのためには、候補となりうる月の極地域の状況をよく調べておく必要があります。ましてや、ライバルとなるアメリカが同じような発想、同じようなミッションを持っているとなると、その機先を制することが必要でしょう。そのためにやや急いだ可能性も否定できません。
なお、2019年のRPMについては、日本も何らかの形で協力するという可能性が出ています。

以上、かなり不確定な部分が多いのですが、確実にいえるのは、ロシアが月探査に関し何らかの動きをはじめている、ということです。これまでのように延期に延期を重ねる状況とは違い、打ち上げに向けた具体的な話が出てき始めたということは、近いうちに何らかの動きがあることを期待してよいでしょう。
また、2016年であれば、現在急ピッチで建設が進められている極東の新宇宙基地、ボストーチヌイも一部完成します。ここを利用して月探査機を打ち上げるというシナリオも考えられますし、政権の浮揚を目指す(というか、常に心がけている)プーチン政権としても、きわめて対外的に宣伝しやすく、ロシアの威信を世界に知らしめることができる探査として、力を入れているのかも知れません。

ただ、いかんせん情報が少ないだけでなく、場合によってはロシア国内でも、例えばロシア連邦宇宙局とロシア宇宙科学研究所とで情報が食い違っている、といった可能性は考えられます。もちろん、報道するメディアの側での情報のズレという可能性もあるでしょう。また、ロシア語での情報発信が多いことから、対外的に情報が伝わっていないということも、混乱を招く原因かも知れません。
ついに動き出したロシアの月探査計画。月探査情報ステーションでも、今後重点的に情報を収集し、お伝えしていきます。

  • スプートニク・ニュースの記事 
[英語] http://sputniknews.com/russia/20150828/1026297351.html
  • ルナ・グローブ (月探査情報ステーション)
    https://moonstation.jp/ja/history/Luna-Glob/