韓国が月探査を来年(2016年)から本格検討し、2018年にも打ち上げることを目指すという記事が、中央日報日本語版に掲載されています。
中央日報の記事に掲載されている写真では、探査機自体は大きさが1.4メートル、高さが2.3メートル、両翼に設置されている太陽電池パネルを開いた状態での長さは7.5メートルとなっています。この大きさは、日本の月探査衛星「かぐや」の3メートル×3メートル×4メートルよりは小さいですが、「はやぶさ2」の1メートル×1.25メートル×1.6メートルよりは若干大きな寸法になっています。また、探査機全体は八角形をしていることもわかります。
記事によると、韓国の先進的な科学技術を主導するために朴槿恵(パク・クネ)政権で設置された未来創造科学部(「部」は韓国では日本の「省」に当たります)の宇宙開発振興実務委員会において、月探査1段階開発計画案が決定、議決されたとのことです。また同時に、開発予算として月探査機開発予算200億ウォン(日本円で約20億円)を確保したと述べています。ただ、これが次年度の予算なのかどうかは不明です。
さて、この記事には「1段階目標」とありますが、これは要は「第1段階の月探査の目標」ということが記事を読むと明らかになってきます。韓国としてはまず、2018年までに月探査機1号機を打ち上げ、これを「1段階目標」として設定したようです。
この1号機は550キログラム級。重さとしては「はやぶさ」よりは大きく、「はやぶさ2」より小さいという形です。いずれにしても科学衛星としては中型の下クラスの大きさです。
実施を担うのは韓国の航空宇宙技術の開発を担う韓国航空宇宙研究院(KARI)で、ここが中心となり、従来は検討のために設置されていた団体を改組し、月探査機を本格的に開発するための「月探査事業団」を新規に設置するということです。
計画は、2018年に1号機、そして2020年の2号機は、韓国国産のロケットによる打ち上げを目指すとのことです。
また、未来創造科学部とNASAとの技術協力により、追跡技術や深宇宙航法、データ処理システムなどを開発するとしています。2020年に打ち上げられる2号機は月着陸船とのことで、記事によるとそのための原子力電池(恐らく、14日間の月の夜を越すための「越夜技術」のために使用するのでしょう)やロケットの開発を進めるとのことです。李第1次官は声明で、「月探査はこれまでの衛星開発と羅老号打ち上げなどの宇宙開発経験を通じて確保した技術を基に推進するプロジェクトで、韓国の優秀な科学技術力を見せることができる良い機会と考える。月探査に対する積極的な支持と応援をお願いしたい」と述べていると記事では書いています。
一方、記事ではこの月探査計画の実現を疑問視する声も紹介されています。
まずはなんといっても時間です。2018年まではあと2年しかありません。また、予算も、当初は約410億ウォン(約42億円)を見込んでいたものが一度100億ウォン(約10億円)に減らされ、国会審議を経て20億ウォンに復活したという経緯があります。一度増えたとはいえ、果たして時間が足りない中、20億ウォンでの月探査機開発が可能なのかという声を紹介しています。
なお、韓国政府としては3年間月探査機に1978億ウォン(202億円)をかけるとしていますが、これは国会における審議が必要です。
私(編集長)も、この計画には大きな疑問を持っています。
そもそも、韓国の宇宙開発技術はそこまで成熟しているとはいえません。国産衛星は地球開発衛星を何機か打ち上げた経験があるものの、地球周りの環境と圧倒的に違う深宇宙に対応する技術は、NASAと協定を結んですぐに手に入れられる、あるいは自分のものにできる(NASAが技術を提供してくれれば、ですが。私はその可能性は薄いとみています。なにせ深宇宙技術は極めて重要な国防技術ともつながりますので)というのはかなり無理な話かと思います。
また、開発期間の短さも問題でしょう。あと2年で果たして月探査衛星を開発できるかというと大いに疑問です。確かに、インドは火星探査機「マンガルヤーン」を2年で開発できました。しかし、インド宇宙機関(ISRO)は技術者2万人を擁する大集団です。KARIがそこまで大きいということはありません。しかも、インドは1980年代から宇宙開発技術を着実に積み重ねて、ようやくマンガルヤーンの成功にたどり着きました。韓国が一足飛びに「月」というのはどうしても無理があるように思えてなりません。
予算についても、2016年度の予算が20億にも関わらず、3年間の計画が200億円(これは、1機の月・惑星探査機の開発予算としては安い方です)というのはかなり無謀です。基礎開発段階にお金をしっかりかけておかなければ、いざ打ち上げとなって各所に故障や不具合が多発することが目に見えています。
そして、2020年の国産ロケットでの打ち上げとなるさらに問題点が多くみられます。そもそも開発状況もあまり伝わってきていません。新型のロケットは何機か打ち上げて安定してようやく評価できるものとなるようですが、このままいくと打ち上げロケット(おそらくKSLV-IIになるのではないかと思います)は開発初期の段階でいきなり月探査という「重責」を担わされることになりかねません。宇宙開発計画としてはちょっと乱暴な印象を受けます。
さらに、月探査の目的も今ひとつはっきりしません。次官の言葉にあった「韓国の優秀な科学技術力を見せることができる」というだけで、果たして経済的な苦境が伝えられる韓国国民を納得させることができるでしょうか。科学技術力を見せるということであればよりいろいろな方向性がある、あるいは基礎科学力をつけるための様々な施策を本来は検討すべきなのではないでしょうか。
私は、韓国の月探査は、中国と日本に挟まれた韓国としてのアイデンティティを保つための計画ではないかと考えています。日本は2007年に月探査機「かぐや」を打ち上げ、アポロ以来の大型月探査を成し遂げました。中国は着実に月探査を実施しています。中国の月探査の目的は、月面の資源探査ともいわれていますが、国威発揚がもっとも大きなポイントではないかと思っています。
このような「宇宙大国」に挟まれた韓国として自らのアイデンティティを保つため、月探査というあえて大きな冒険へ出たのかも知れません。
しかし、あまりにも無理な計画はやがて必ずどこかでほころびをあらわすことになります。そうならないよう、実現の可能性なども含め、韓国政府やKARIには慎重な計画進行が求められていると考えます。