昨日(6月28日付)に、大手メディア各社が、「日本が日本人宇宙飛行士を月へ送る」という記事を一斉に報じています。
そのリンクは記事最下段をご覧いただくとして、内容としましては、2025年以降に、日本人宇宙飛行士を月へ送り込むというものです。
ただし、その際に日本が独自の有人宇宙船の開発は行わず、国際共同で行われる(であろう)有人月面探査計画に日本も参入し、その枠組みの中で日本人宇宙飛行士を月へ送る、という形になっています。
今回の発表は、28日に開催された「日本の宇宙探査の方向性について話し合う文部科学省の委員会」(NHKによる)の中で発表されたものです。この委員会は、文部科学省の中にある科学技術・学術審議会の研究計画・評価分科会の下にある宇宙開発利用部会の「第20回国際宇宙ステーション・国際宇宙探査小委員会」です(大変長いですが、官公庁では委員会がこのくらいの階層構造になっていることは珍しくありません)。内閣府の宇宙政策委員会とは別に動いている模様です。
本委員会の資料はまだ公開されていないため詳細は不明ですが、各種報道を総合すると、「日本人の月への道」は次のようになります。
- 2019年に打ち上げ予定の「スリム」(SLIM)探査機の技術を活用し、月面における有人移動技術などの開発を目指す。
- 水や空気の浄化、宇宙船防護技術などを確立し、各国基地へ提供
- 2025年以降(一部報道では2030年)をめどに日本人宇宙飛行士を月へ送る。
まだかなり荒削りな案ですが、今後このあたりは詳細化されていくでしょう。
さて、今回一種唐突に出てきた感がある「日本人を月へ送る」案ですが、この内容を理解するキーワードが2つあります。「ポストISS」と「ISEF2」です。
「ポストISS」とは、国際宇宙ステーション(ISS)の運用が終了したあと、国際的に実施される宇宙探査計画のことです。「ポスト」は「〜の後」という意味ですから、ストレートに訳すと「ISSのあと」という意味です。
ISSは2024年までは各国が資金を拠出して運営することが決まっています。しかし、その後の運営についてはまだ何も決まっていません。一部では民間譲渡などのプランも出ていますが、この時点でかなり老朽化しているであろうISSをこれ以上維持するのかどうかについては各国の意見はかなり分かれているようで、少なくとも現在のようなモデルで2024年以降もISSが維持されるかどうかはわかりません。
そんな中で、国際的にISSのあとどこを探査すべきなのか、という議論が盛んに行われています。最終的な目標は有人火星探査になりそうなのですが、そのためのステップとして有人月面基地を構築するという案はかなり有力視されています。
こういった国際共同の探査計画は、各国の宇宙機関が加入するISECG(国際宇宙探査協働グループ)の中で議論されています。このグループは宇宙機関がメンバーということで、もちろん、日本のJAXAもメンバーです。
この議論の枠組みの中で、日本が協力し、かつ日本の存在感を示すことができるミッションが、今回提示された「日本人を月へ送る」構想なのです。2025年以降となっているのは、ISSのミッション終了後ということが前提になっているからです。
もう1つのISEF2ですが、これは来年日本で開催される、宇宙探査に関する大規模国際会議です。
ISEF2は日本語名では「第2回国際宇宙探査フォーラム」となっており、文部科学省によると、2018年3月3日(土)から東京都内で開催されるとのことです。これは先ほどのISECGの関係者が一同に集い、将来の国際共同宇宙探査について検討する場となります。もちろん、日本で開催されるのははじめてです。
このような場で、(おそらくは)議長国である(になる)日本が存在感ある提案を示せる、あるいは国際的に受け入れられるポストISSミッションの提案をしていく中で、「有人月探査」という解が出てきたものと思われます。
各紙記事にもありましたが、現時点で日本はこの計画に際し、新たな有人宇宙船の開発を行わない予定となっています。この方針は、日本が独自の有人宇宙船開発を行わず、アメリカのスペースシャトルに宇宙飛行士を搭乗させる形で進めた1990〜2000年代の宇宙開発を踏襲したものと考えられます。
しかし、この方針は、途中でスペースシャトルの事故によって(つまり、外的要因によって)大きく狂わされた上に、最終的にはスペースシャトルの引退という事態になり、現在ではロシアの宇宙船による飛行という形を取らざるを得なくなっています。つまり、乗り物を相手に頼ると、相手の都合で計画が振り回されることが多いということになるわけです。
その意味で、いずれ、あるいはこのタイミングで国内でも有人宇宙船を開発すべきではないかという議論が出てくることは予想されます。
実は、JAXAには以前から有人月探査の構想がありました。
JAXAが2005年に公表した「JAXA長期ビジョン」は、20年先、すなわち2025年までにJAXAが行うべきことを指し示したものです。
この中には、「月の探査と利用」という一項が設けられ、次のように書かれています(26ページ)。
【背景と目的】
我が国は、月探査に関しては従来より月探査技術の取得を進めており、地球に最も近い天体である月への探査を、地球外天体へ人類の活動領域を拡大する第一歩と位置づけ、月がどのようなものであり、どのように利用できるかを知るため、1998年に世界に先駆けて月面の詳細観測を行う月周回衛星(SELENE)計画に着手した。
国際的に月の本格的な探査が行われようとしている状況において、これまで培ってきた実績と技術を活かし、月を探査し、利用の可能性を探っていくことは、我が国にとって以下のような大きな意味を持つ。
- 人類のフロンティア拡大への貢献
フロンティアの拡大は、人類に新たな知見、技術、生存圏の獲得をもたらす。地球周回軌道につづく次なるフロンティアは月あるいは月以遠と目されており、月の探査と利用への展開に向けた取組みは、月のみならず、将来の太陽系探査にも活用できうるものとなる。- 先端技術への挑戦による国際的地位の確保
月探査において先端技術に挑戦し成果を上げることが、科学技術創造立国を掲げる我が国の国際社会における地位の確保に不可欠である。これにより、産業界の技術力の強化を図るとともに、次世代の新しい宇宙利用や発展の可能性を広げることとなる。- 月の起源・進化の解明と応用月は地球型惑星のもつ内部成層構造、惑星の原材料物質、初期進化の過程、衝突クレータなどに代表される惑星の表層進化年代や惑星地質などを知るうえで最適な天体であり、太陽系探査の一部となる。これらの科学的知見は月の利用可能性を探査するうえでの先導的役割を担う。
その後、アメリカにおける月探査計画(コンステレーション計画)の進展に伴い、日本でも有人月探査実施の雰囲気が高まり、2009年には内閣府に「月探査に関する懇談会」(以下「月探査懇談会」)が設置されます。ここでは有識者を交えて、将来のあるべき月探査の姿や国際協力などを探ることが進められました。
しかしその後、アメリカのコンステレーション計画は中止となり、その余波を受けた形で、月探査懇談会もいつの間にかなくなってしまいます。
また、無人探査についても、JAXA長期ビジョンに示されていたようにSELENE(セレーネ、のちの「かぐや」)が2007年に打ち上げられ、日本が大きな存在感を示すことにはなったのですが、その後の計画では他国に大きく水を開けられることになってしまいました。日本と1ヶ月違いで周回衛星を打ち上げた中国はその後、2013年に半世紀近くぶりの無人月着陸を実施、自らが「月探査第2段階」を開くことになりました。インドも2009年に「チャンドラヤーン1」を打ち上げ、来年(2018年第1四半期)にも着陸・ローバー探査機「チャンドラヤーン2」を打ち上げる予定です。日本は小さな無人探査機「スリム」を2019年に打ち上げるのがやっとという段階です。
多くの記事では、技術的な課題(その機関までに各種技術が開発できるのか)や予算面での課題(有人宇宙船を開発しないとしても膨大となる技術開発費)が指摘されていますが、それだけではなく、いままでの日本の(有人)月探査検討の歴史を踏まえた上で、日本としてどのような流れで有人月探査へと結びつけるのが適当なのか、他国の動向に対して日本としてどのように対応すべきなのかを早急に議論すべきではないかと思います。
月着陸計画が「かぐや」計画当時の1990年代後半から20年経ってようやく実現する(それも縮小した形で)というような状況の一方で、有人月探査を検討するというのは、海外からみてやや唐突な、あるいはアンバランスな提案ではないかとみられるかもしれません。
一方で、実は日本では将来の有人月探査をにらんだ技術開発は、細々とではありますが同じく1990年代後半から進められてきました。
例えば、月面は14日間の昼と14日間の夜があります。夜の間は太陽光が射さないため、月面はマイナス100度まで冷え、さらに太陽電池による発電もできなくなります。これを克服するため、昼間のうちに水を電気分解して水素と酸素に分け、夜間はその水素と酸素を結びつけて電力を得る「再生型燃料電池」というシステムがあります。燃料電池は熱も出すので、夜間保温にも最適です。このような技術検討は日本でもかなり進められています。
これらの技術開発をより加速し、世界に示せるようなやり方も必要かと思います。
また、もし有人月探査を実現するとなれば、現在の日本の月・惑星探査に関する枠組み(10年1回程度の中規模ミッション、数年1回程度の小規模ミッション)の枠が変更、ないしは廃止されることがないようにすべきです。このような基礎的な技術は体力となって有人月探査に貢献することになるわけですし、こういったミッションを通して若手技術者が育成されていけば、将来の有人火星探査にも日本が十分に貢献できることになります。間違っても日本の宇宙開発、あるいは月・惑星探査のリソースすべてを有人月探査に振り分ける、といったことをしてはなりません。
今後文部科学省、あるいは内閣府、宇宙政策委員会などでこの有人月探査構想についての検討が具体化してくると思います。政府の検討を見守るとともに、迅速な情報公開(宇宙政策委員会の資料は数ヶ月経ってネットにアップロードされるという現状で、また非公開で実施されています。このような状況は甚だ遺憾です)を強く希望します。
- NHKの記事
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170628/k10011033541000.html - 読売新聞の記事
http://www.yomiuri.co.jp/science/20170628-OYT1T50076.html?from=ytop_ylist - 朝日新聞の記事
http://www.asahi.com/articles/ASK6X7235K6XULBJ010.html?iref=comtop_list_pol_n01 - 毎日新聞の記事
http://www.sankei.com/life/news/170628/lif1706280067-n1.html
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/071/kaisai/1387013.htm
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/01/1381592.htm
http://www.jaxa.jp/press/2005/04/20050406_sac_vision_j.html
https://moonstation.jp/challenge/lex/slim