純民間資金での月面到達を目指すローバー「ハクト」(HAKUTO)を開発している株式会社ispaceは、23日、このハクトのプロジェクトのオフィシャルパートナーとして、日本の大手通信会社であるKDDI株式会社を迎えると発表しました。そして、新たに「au×HAKUTO MOON CHALLENGE」というプロジェクトを始動、主にハクトの通信技術について、技術面からのサポートを行うことになりました。なお、パートナーとしてのプロジェクトへの資金提供も含むということです。

au × HAKUTO MOON CHALLENGE

au × HAKUTO MOON CHALLENGEのロゴ

改めてハクトについて振り返りますが、ハクトは、はじめて純民間資金で月面に探査機を送り届け、500メートル以上走行し、月面から高精細な映像・画像を地球に送信してきたチームに対して賞金を授与するという、「グーグル・ルナーXプライズ」(GLXP)という技術競争に参加しているチームです。
GLXPは現在16チームがチャレンジしており、その中でもハクトは技術力が高く認められており、昨年1月に実施された「中間賞」(マイルストーン賞)において、技術的に高いと認められた上位5チームの1つとなっています。

今回KDDIをパートナーに迎えた理由としては、月面での通信、そして月面からの通信という点でKDDIの技術的サポートを得るということがあります。
上述の通り、GLXPでは月面に着陸したあと500メートル走行し、さらに地球へ高精度の写真・動画を送信してくるという規定があります。このため、まず月面でローバーと着陸機との通信が必要になります。さらには地球と月(平均距離38万キロ)の送信が必要になります。しかも、ローバーはわずか4キロというもので、送信側に巨大なアンテナや高出力装置があるわけではありません。従って、地上側設備の性能や、限られた通信速度で確実に映像・画像を送るための画像・映像の圧縮技術を必要とします。こういった技術を持っているKDDIが今回パートナーに加わったことで、ハクトの性能が一段とアップすることが期待されます。

23日に東京都内で開かれた発表会では、KDDIの田中孝司社長、ispaceの袴田武史代表が出席し、このパートナーシップについて発表しました。
最初に壇上に立った田中社長は、au (KDDI)と月との関係について解説しました。KDDIは、その前身であるKDDが衛星通信を日本ではじめて1963年に実施し、アメリカとの衛星通信で最初に送られてきた映像がケネディ大統領暗殺事件のニュースであったというエピソードはあまりにも有名です。
このように、50年以上にわたる宇宙通信のノウハウを、今回のハクトのプロジェクトで大いに活用したいというのが今回のパートナーシップの目的だったとのことです。
田中社長は、「技術者にはもっと夢を追いかけてほしい」という言葉と共に今回のプロジェクトの意義を強調しました。

続いて壇上に登場した袴田代表は、これまでのハクトの歴史、技術的なチャレンジ、そしてプロジェクトの概要を述べたあと、「世界が不安定さを増す中で、次世代を指し示すようなチャレンジを行っていきたい。このプロジェクトがまさにそのようなチャレンジになるだろう。」とその意義を強調しました。
実際、一番のりチームには賞金が与えられるとはいえ、実際の開発にかかる経費の方が賞金よりははるかに上回るというのがGXLPの現実です。それでもこれだけのチームが挑んでいるというのは、将来にわたり宇宙開発を民間の点で持続的に開発する、というXプライズ財団のテーマ設定があるからです。月面に行くのがゴールではなく、その技術や経験を活かし、持続的な民間宇宙開発が続いていくということが重要です。遡ればそのようなチャレンジは、やはり技術競争として行われた大西洋横断飛行が挙げられます。リンドバーグが大西洋横断飛行を達成したことで、航空機技術が飛躍的に進み、現代の航空機社会が実現しました。同じようなことが月飛行、あるいは宇宙開発でも起こるかも知れない(起こさなければならない)というのがGLXPの目的になります。

続いて、会場ではローバーの走行デモンストレーションが行われました。
ローバーは重さがわずか4キログラムで、現在月面で活動している中国の「嫦娥3号」のローバー「玉兎」が100キログラムを超えるものであることを考えると、非常に軽量であることが若利ます。また、開発コストを抑えることを目的に、一般的に宇宙機に使われる宇宙用部品ではなく、民生品を数多く利用していることが特徴です。

デモンストレーション中のローバー

走行実演を行うハクトのローバー。中央に大きなauのロゴが入っていることがわかる。(生中継映像からのキャプチャ画像)

田中社長はこの点について、「低コストでの宇宙進出を推進する」という技術的な目的についても言及しました。民生品の活用が大幅に進むことは、将来の宇宙進出へのハードルを大きく下げることにつながるというものです。

また田中社長は、このプロジェクトにおけるauの役割として2つの点を挙げました。

  1. 月面における通信技術の開発
  2. 月と地球との通信技術の開発

まず1.について述べていきましょう。月面で着陸船とローバー間で通信を行う場合、舞い上げられた砂などが電波を妨害する可能性があります。特に月面の砂は乾いているため、このような通信障害を発生させる可能性が高いことが心配されます。
さらに通信用の機器についても、月面上の極端な温度差(例えば昼はプラス100度、夜はマイナス100度)という環境では、地球のものではとても耐えられません。
このような過酷な月面環境での通信を想定した試験はすでに開始されています。KDDIは参加にKDDI研究所を持っていますが、この研究所の無響室内では、月面環境を想定した電波通信試験をすでに実施しているとのことです。

KDDI研究所における試験の様子

KDDI研究所における試験の様子 (KDDIプレスリリースより)

また地球と月との通信ですが、使用できる周波数帯が限られることなどから、大容量での通信は行えません。かつて月探査を行っていたJAXAの探査機「かぐや」では、8Mbpsという通信を行って大量のデータを地球に届けましたが、今回の通信はせいぜい100kbps、想定では数十kbpsにもなってしまうということです。これは数世代前の携帯電話の通信速度にも等しい速度で、この速度で高精度の(GLXPの規定では「ハイビジョン画質」とされています)映像・画像を送信するのはそのままでは不可能です。
そこで登場するのが画像圧縮技術です。実は、KDDI研究所は特許を持つほどの画像圧縮技術を保有しており、今回はこの技術も投入されるようです。画像の圧縮・展開にはH.264という技術(最近ではMP4などでも一般的に使われています)が使われますが、その圧縮のためのチップをローバー上に搭載、効率よく画像圧縮を行えるようにします。ただもちろん、そのチップも月面の過酷な環境に耐える必要があります。
田中社長によると「月はモノトーンの世界であり、画像圧縮で効果を得るためにはかなり厳しい環境。また、送信側のリソースが少ないため、受信側での復元、ノイズ除去などの手当を考えていくことが必要だ。」と述べ、この挑戦が技術的にも高度なことを明らかにしました。
つまり、これはハクトだけの挑戦ではなく、KDDIにとっても大きな技術的な挑戦となるわけです。

このあと、応援のビデオメッセージが2本流れました。
1本は…そうです、auといえばCMでおなじみの「かぐちゃん」、その役を演じる有村佳純さんからのメッセージです。夢のあるプロジェクトを応援するという内容でした。
もう1本は、宇宙飛行士の山崎直子さんからのもので、宇宙へ行ったことがある者してハクトのチャレンジを応援するというものでした。

最後に、田中社長と袴田代表が、お互いのプロジェクトにかける思いをプロジェクトフラッグに書き込むというイベントが壇上で行われました。

プロジェクトフラッグにメッセージを書き込む田中社長と袴田代表

プロジェクトフラッグにメッセージを書き込む田中社長(右)と袴田代表(左) (生中継映像より)

プロジェクトフラッグに、田中社長は「ちょっと月面、走ってきます」、袴田代表は「夢みたいを現実に。」と書き記しました。

2人のメッセージが書き込まれたプロジェクトフラッグ2人のメッセージが書き込まれたプロジェクトフラッグ

2人のメッセージが書き込まれたプロジェクトフラッグ(生中継映像より)

このプロジェクトフラッグは、来年(2017年)の打ち上げの際、打ち上げ場に飾られるとのことです。
最後に、田中社長と袴田代表が壇上でしっかりと握手し、発表イベントは終了しました。

壇上でしっかりと握手する田中社長と袴田代表

壇上でしっかりと握手する田中社長と袴田代表 (生中継映像より)

ハクトは私も応援し、また部分的に参加しているともいえるプロジェクトですが、今回これだけ大きな技術的(そして経済的な)支援を得たことで、他のチームに対し一気に有利な立場になったのではないかと思います。と同時に、オールジャパンの体制ができてきたことで、まさに日本人の手で「月への一番乗り」が果たせるのではないかという期待もぐんと高まってきます。

と同時に、田中社長がおっしゃるように、あたらしい(技術的な)ブレークスルーはチャレンジをすることで生まれてくるのだと思います。KDDIのような大きな会社が、このようなチャレンジに積極的に関わるということは大変うれしいことであり、今後日本の宇宙開発が、このような面からも活性化していくことを強く願っています。