NASAが昨年打ち上げ、現在も月の周りを周回している月探査機「グレイル」のデータを元に、このほど詳細な月の重力場の地図が完成しました。この「詳細」という文字は、これまで得られた地球以外の天体の中でももっとも詳しい重力場の地図という意味であり、事実上、月は天体の中でもっとも詳細に重力場が調べられた天体であるということになります。
重力場は、月の内部構造、あるいは地下の構造を明らかにします。地下、あるいは月内部の物質によってどれだけ引っ張られているか、という値が「重力」だからです。粗い重力マップでは、引っ張られている物質の重さを粗くしか特定できませんが、重力の地図が細かくなると、月内部のどのあたりにどのような重さの物質があるかを詳しく知ることができるようになります。
科学者がこれを元に、月の起源や進化を研究することもでき、月についての理解がより深まることになります。さらにいえば、月だけでなく地球の起源、さらには月や地球のような岩石質の惑星の誕生や進化を知る上でも重要な地図であるということがいえます。

「グレイル」のデータを元にした月の重力図

「グレイル」のデータを元にした月の重力図

上の図は、NASAから発表された重力図の一部です。この図は、重力異常の一種「ブーゲー異常」を示しています(ただ、NASA発表の図でも場所が書いてありませんので、これら3つの図がどこを中心に投影しているかはわかりません)。ブーゲー異常は、測定された重力から、地表の起伏の影響を取り除いて残った重力異常で、地表の影響が取り除かれていることから、地下、あるいは月内部の物質による重力の異常を反映していることになります。赤いところほど重力が大きいところ、青いところほど小さいところとなります。
この重力図は、探査機の基本探査期間において得られたデータを元に作成されたもので(現在は延長探査期間に入っています)、これらの重力図については、科学雑誌「サイエンス」に3本の論文が投稿されています。
この図について、グレイル探査の主任研究者であるマサチューセッツ工科大学のマリア・ズーバー教授は、「月の重力場はまるで袋をかぶっているかのようだ」と述べています。その真意はというと、「重力が顕著に変化している場所をみてみると、そこは必ず大きな地形の変化がある場所であることがわかる…例えば、クレーターや谷、あるいは山といった場所だ」ということなのです。
ズーバー教授によると、月の重力場は、過去に起きた大規模な衝突の跡をはっきりと残しているということです。さらに、重力場の図から、月内部に大きな亀裂があり、近く深部、さらにはおそらくはマントルにまで達しているということがわかってきたようです。このような衝突の痕跡が、今回の重力場の図ではっきりとわかるようになりました。

さらに、今回の探査により、月の高地の全体的な密度が、従来知られていた値よりもかなり小さいことが分かってきました。全体密度が小さいという結果は、アポロ17号をはじめとするアポロ探査により得られた岩石の分析結果とも一致しています。つまり、アポロが持ち帰ってきたサンプルは、着陸点付近だけの物質を代表していたのではなく、意外にも月(の高地)全体の物質を代表していたということがいえるわけです。
グレイルの共同研究者で、パリ地球物理学研究所のマーク・ウィーゾレック氏は、月の地殻の平均的な厚さを34〜43キロメートルと見積もっています。これは、従来よりも10〜20キロメートルほど薄い値となります。「この地殻の厚さから判断すると、月を構成する物質は全体として地球の岩石と類似したものと考えられる。これは、誕生間もない地球に小天体が衝突し、その破片から月ができたという、いわゆる『巨大衝突説』を支持する内容となっている。」(ウィーゾレック氏)

グレイルは、同じ形をした2つの探査機から構成されるという、極めて珍しい「双子探査機」です。この2つの探査機が月の上空を飛行すると、月の重力の影響によりお互いの距離が変化します。2機の探査機は互いにマイクロ波で通信しあっており、互いの距離を極めて精密に測定します。重力が変化するような場所にさしかかると、互いの探査機がより強く(あるいはより弱く)引っ張られ、互いの距離が変化します。この距離の変化をマイクロ波通信で検出し、重力場地図の作成につなげるわけです。

今回の重力場地図の作成にあたっては、より局所的な構造をみるため、単なる重力の値ではなく、その傾き(差)を活用しています。グレイル探査の招聘研究者であるコロラド鉱物学校のジェフ・アンドリュース・ハンナ氏によると、今回の重力場の地図の作成により、月の上に直線的で長い重力異常がいくつか発見されました。長さは数百キロメートルにも及び、互いに表面で交差したりしています。
おそらくこのような直線的な重力異常は、月内部からの物質上昇(岩脈)の存在を示しているのではないかと同氏は語っています。岩脈というのは、地球上でもみかけるものですが、地層の間の割れ目に溶岩など地下からの物質が上昇してできるものです。

非常に薄くまた垂直に上昇してきた溶岩が月の各所に存在していることを、今回の重力場の図は示していることになります。岩脈は月の地形の特徴の中でももっとも古いものであり、この岩脈を分析することで、月のもっとも初期の歴史を解明できるかも知れないと、同氏は語っています。
今回はまず月の重力場の地図が公表されましたが、これはまだ基本探査期間の結果の一部です。そして現在も2機の探査機は探査を続けています。この延長探査期間は12月17日までで、探査期間の終了が近づくと、探査機はより低い高度に軌道を移すことになっています。
軌道が低いところを飛行すればそれだけ重力に対する感度も増すのですが、その分探査機の軌道も不安定になりますので、最終的に探査を終了することを念頭に置いた措置といえます。日本の月探査機「かぐや」も、延長探査期間の終わり頃には、最初の高度100キロの軌道から高さをうんと下げて、20〜30キロメートルの高さの軌道を飛行したりしました。
なお、現在の探査機の軌道は高度55キロの軌道です。