12月10日に開催されたアメリカ地球物理学連合(AGU)総会において、NASAの科学担当副長官のアラン・スターン (Alan Stern)氏は、新たに選定された探査計画は、月の内部構造、そして進化の過程を解明するものになると述べました。
この計画は、「月重力観測・内部構造研究」(The Gravity Recovery and Interior Laboratory)の頭文字をとって、「グレイル」(GRAIL)と名付けられています。グレイルの総予算は3億7500万ドル(約410億円)で、打ち上げは2011年の予定です。グレイルは対になって飛行する2機の探査機からなり、数ヶ月にわたって、月の重力場を詳細に観測する計画です。また、この探査では、これまでの月に関する長年の疑問について明らかにしていくほか、地球や他の(岩石質の)惑星がどのようにして誕生したかという点についても、科学的により進んだ理解が得られるものと期待されています。
「グレイルのすばらしい能力は、ディスカバリー計画における探査計画の選定において、高い科学的価値と、低い探査上のリスクという側面として現れた。グレイルは、地球において行われた画期的な観測手法を月に対して適用することで、将来的には火星など他の天体への波及効果も考えられる。」(アラン・スターン氏)
科学者たちは、月の重力場のデータを利用して、月の内部(地殻からコアまで)を詳細に観測することを目指しており、そのデータは月の熱的な進化をも明らかにできると考えられています。
グレイルで用いられる重力観測の手法は、2002年に打ち上げられたアメリカとドイツの共同計画の衛星「グレース」(GRACE: Gravity Recovery and Climate Experiment)で実証されたものです。グレースでは、地球内部での物質の移動(例えば、極地域の氷が溶けたり海洋の循環に変化が起こるなど)による重力の変化を捉えました。グレースと同様、グレイルの2機の探査機は1機のロケットにより打ち上げられます。
グレイルの主任科学者は、マサチューセッツ工科大学のマリア・ズーバー (Maria Zuber)博士です。グレイルのチームには多くの経験豊かな科学者、技術者が含まれており、その中でも、元NASAの宇宙飛行士であるサリー・ライド (Sally Ride)氏が、普及啓発(アウトリーチ)担当として加わっていることは注目に値します。2機の探査機に搭載されるカメラにより、学校の生徒たち、あるいは一般の人たちが探査機の観測を知ることができるようになっています。グレイルの2機の探査機には、飛行中の様子を月軌道上から記録するためのカメラが搭載されています。
グレイルは、2020年まで人間を再び月に送り込むという、NASAの有人月探査計画をサポートするものです。2008年にはNASAのルナー・リコネサンス・オービター (LRO)が打ち上げられ、月の周りを最低1年間周回観測し、将来の無人・有人による着陸探査に適した場所を探すことになっています。また、LROは月資源や、月の周囲の放射線環境なども調べることになっています。30年間の中断から目覚めて、NASAは再び月探査に踏み出しますが、LROはその第一歩となる予定です。また、LROは「エルクロス」(LCROSS: Lunar Crater Observation and Sensing Satellite)という探査機を搭載していきます。エルクロスは月の南極付近に衝突し、極地域にあるといわれる水の痕跡を探すことになっています。
NASAの科学探査担当理事で惑星部門の部長であるジム・グリーン (Jim Green)氏は、「NASAが探査を進めていくときに、月科学探査は将来の有人活動へと導くブイの役割を果たしているといえる。」と述べています。
1992年の計画開始以来、ディスカバリー計画は、科学主導、低コストで科学目的の強い太陽系探査計画として、NASAが資金を拠出して進められてきました。今回の計画は、2006年の計画募集において提出された24の計画提案から選定されたものです。提案は科学的な側面や遂行計画、技術的、管理上の問題やコストの問題などから評価されます。
グレイルはNASAのジェット推進研究所 (JPL)が管理を担当し、探査機はコロラド州デンバーのロッキード・マーチン宇宙システムが製作する予定です。
・NASAのプレスリリース (英語)
http://www.nasa.gov/home/hqnews/2007/dec/HQ_07274_Grail_Mission.html
・グレイル (月探査情報ステーション)
https://moonstation.jp/ja/history/GRAIL/