インドの火星探査機の打ち上げ、中国の月探査と、このところアジアの宇宙開発競争が激しさを増してしているようですが、ついに韓国もこれに加わってくるのでしょうか。
韓国の宇宙開発を担う韓国航空宇宙研究院(KARI: Korea Aerospace Research Institute)は、このほど、韓国の月探査計画を公表しました。なんと2020年より前に、月へ周回機、ローバーなどを送り込もうという計画です。科学雑誌ネイチャーの一般記事が伝えています。

この計画は、パク・クネ(朴槿恵)大統領が公約として掲げる科学技術再生プランの1つとして計画されています。
この月探査機は、現在韓国で開発が行われているKSLV-2ロケットで打ち上げられ、10〜20キログラムの月面ローバーを着陸させ、月の鉱物・元素分布などを調べることになっています。また、周回機は高度100キロメートルを周回し、1年以上にわたって上空から月全体を調べることが計画されています。
いずれも無人探査です。縮小模型がこのほど、10月22日に記者に公開されたとのことです。

KARIが先頭となって、15の政府系研究機関が合同で立ち上げた研究チームが、2014年から本格的な技術確立などの検討を始めることになっていると、韓国の科学技術部が発表しています(編集長注: 原文ではMinistry of Scienceとなっていますが、ひょっとしますと、パク・クネ大統領が設立した、未来創造科学部(Ministry of Science, ICT and Future Planning)かも知れません。なお、「部」は日本の「省」と書かれる場合もあり、それぞれ、科学技術省、未来創造科学省という形でメディアなどで表記される場合もあります)。

パク大統領が2月に就任して以来、国家的な科学プロジェクトとして、月探査がメインに押し出される形になっています。パク大統領の指示により、当初2025年だった月着陸の目標年は2020年へと前倒しされました。KARIはすでに2010年から月探査関連の研究をスタートさせており、これまでに100億ウォン(日本円で約9億4000万円)の費用を投じています。韓国の新聞によれば、月探査を達成するためには、2020年までに合計で7000億ウォン(約660億円)の費用が必要になるとしています。(編集長注: この費用の中にロケット開発の費用が含まれているかどうかは不明です。)

もちろん韓国にとってはじめての計画であるだけに、様々な技術開発という困難な課題が待ち構えています。推進系、制御系、誘導系、さらにはロケットの制御などの技術を確立させる必要があります。
KARIの担当者はネイチャー誌に対し、NASAとの協力によってこれらの技術開発を推進させることを望んでいると語っています。
KARIの月探査・研究グループ長であるジュ・ガンヒョク氏は、NASAが近年直面している予算削減の問題について触れ、対外的な協力に前向きになってきていると述べています。その上でジュ氏は、「我々は(韓国)政府からの完全なサポートを受けていることから、NASAも我々と以前よりもはるかに強力な協力の意志を示してきている。」と述べています。

カリフォルニア州モンテレーにある海軍大学院の教員で、宇宙安全保障関連の専門家であるジェームズ・クレイ・モルツ氏は、韓国にとって、NASAとの協力は、長期的にみた場合能力開発や人材交流が重要になるだろうと考えています。なぜなら、「韓国のような中規模な国家は、全面的な宇宙開発を展開するということが(編集長注: 国力の点からみて、と思われますが)難しいから」とのことです。「ミッションを実現していく上では、月面着陸船などを含めた複雑なミッションは大きな挑戦になるだろう。しかしKARIにとっては良い経験を積むために役立つことになるだろう。」

この1月に、韓国はロシアとの共同開発で製造したKSLV-1ロケット(羅老ロケット)により、人工衛星の打ち上げに成功しています。実にこれは3回目の挑戦ではじめての成功でした。一方、この1ヶ月前に、隣の北朝鮮では銀河3号ロケットによる金明星3号衛星の打ち上げが行われています。

(編集長注)
韓国は以前から月探査を自国の宇宙開発における1つの大きな目標としてきました。それが大きく前進したのは、記事にもあるように、パク大統領が今年就任して以来、韓国の科学技術の再生を行うための大規模なプロジェクトの1つとして月探査が捉えられるようになったためと思われます。
元々韓国は自国経済があまり技術開発牽引型ではなく、独自の技術を持つことの重要性は国内外からずっと指摘され続けてきました。そのこともあり、高度な科学技術の開発を宇宙開発、それもより高い目標により実現させることが重要であると、パク大統領、あるいは韓国政府が認識しているのでしょう。
しかし、月探査はそう簡単なことではありません。そもそもまず、この計画で使うとされているKSLV-2の開発見通しも不透明な状況です。現在のところでは2018年に1段目ロケットのエンジンが完成するとされており、2020年、あるいは記事の見出しにあるような2020年より前の月探査衛星の打ち上げとなると、スケジュールとしては非常に厳しいと言わざるを得ません。
また、衛星の開発も、記事にあるように様々な技術を集めることが必要となります。しかし、集めただけではだめで、それを互いにシステムとして運用できるための技術が必要です。大抵の場合にはそれはいくつもの衛星を打ち上げることでノウハウを獲得していきます。韓国は地球観測衛星の打ち上げを何回か実施してはいますが、月探査衛星、それも周回・着陸・ローバー探査という異なる形態の探査を一度に実施するような大規模ミッションはこれまでに経験していません。従って、それまでには実戦での技術開発をしっかりと行っていくことが必要でしょう。
NASAとの協力という話も記事には出ていますが、そもそも韓国がどのような技術の提供、あるいは人材育成をNASAに期待しているのかがこれだけではよくわかりません。また、NASAはアメリカの国家組織であり、国外への技術の流出については非常に厳しい姿勢をとる国です。それは相手が同盟国であっても(例えば、日本であっても)で、技術提供については韓国が期待するほど甘くはないと私は考えます。
ここのところアジア各国では宇宙開発競争、特に月・惑星探査分野での競争が起きているように思えます。先日インドは火星探査機マンガルヤーンを打ち上げ、中国は来月に月探査機「嫦娥3号」の打ち上げを予定しているとされています。そして日本は「はやぶさ」をはじめとする月・惑星探査技術で大きく先行しています。ここに韓国も加わりたいということで、今回のような計画を出してきたのではないかというのが私の見方ではあります。しかし、どの国も無理をして技術を確立したわけではなく、10年、20年と時間をかけて宇宙開発技術を磨いた上で月・惑星探査へと挑んできたわけです。
私としては、韓国は性急な月探査計画に精力を傾けるよりも、ロケットや人工衛星といった地道なインフラ技術の開発をしっかりと実施し、その先を見据えた長期の宇宙開発計画をとっていくべきであると考えています。そうすれば、月探査を実現できるための技術的な基盤は自ずと整ってくるでしょう。