先日「開発中止説」が流れた、中国初のサンプルリターン機嫦娥5号ですが、現在開発は順調に進んでいるようです。この開発の状況について、アメリカの宇宙開発情報サイトspace.comがリポートしています。

中国の月探査は、周回機探査→着陸探査→サンプルリターン探査という形で進めるという方針になっています。この方針自体は月・惑星探査としては非常に順当であり、また中国の月探査がしっかりとした計画の上に成り立っていることを示します。さらに、各段階ではバックアップ用の機体を必ず確保し、何かがあった際にもそれを次に打ち上げることで成果を得ると同時に、もし前の探査機が成功した場合には、さらに次の探査機でチャレンジを行うことも考えています。
例えば、2007年の嫦娥1号のバックアップ機であった嫦娥2号(2010年打ち上げ)は、月周回探査を終えたあと、深宇宙探査へと方向性を変え、小惑星トータティスの探査を行いました。現在も探査を続けています。
先日月着陸を行った嫦娥3号にもバックアップ機体があり、おそらくは2015年頃に、嫦娥4号として打ち上げられるとみられています。

さて、着陸という第2段階に入った中国の月探査ですが、その次の「第3段階」であるサンプルリターンに挑むのが、2017年に打ち上げられる予定とされている嫦娥5号です。
中国国防国家科学技術産業院(China’s State Administration of Science, Technology and Industry for National Defence)のスポークスマンであるウー・ジージアン(Wu Zhijian)氏は、16日の記者会見で、嫦娥5号の開発が順調に進んでいることを明らかにしました。

中国・新華社通信の報道によりますと、2015年に打ち上げられるとされている嫦娥4号は、嫦娥3号と同様、月着陸を目指しますが、新たにサンプルリターンに必要な技術の獲得及び確認を目指すという目的が加わることになるそうです。
「第3段階(月サンプルリターン)の実現は、これまでの第2段階までとは違って技術的に格段に難しくなる。鍵となる技術、例えば月表面からの離陸や、月軌道上でのランデブーやドッキング、地球大気圏への再突入といった技術の開発・実証が必要になるからだ。すべて、中国にとってはじめての技術となる。」(ウー氏)

また注目すべきなのは、この月探査の次の段階(編集長注: 記事では単にnext stageとだけあり、サンプルリターンのあと=有人探査のことなのか、サンプルリターンのことを指すのかが今ひとつ明瞭ではありません)では国際協力が必要になるだろうと、ウー氏が語っていることです。これまで中国は時刻の技術での月探査にこだわってきましたから、そうだとすると大きな方針転換といえます。
ウー氏は、「中国の技術開発にも関わらず、私たちの技術はまだアメリカやロシアに比べると多くの面で遅れが目立っている。私たちはより一生懸命、そして早く働き、追いつかなければならない。」と述べています。

一方、チャイナデイリー誌の報道ですと、2015年よりも前に、大気圏再突入の試験を行うための試験機が打ち上げられるとのことです。回収用のカプセルが正しく動作するかの試験のようで、回収などの作業はゴビ砂漠の試験エリアで行われるとのことです。また、技術者は大気圏再突入システムとして、「ロケットのそり」(編集長注: 原語ではrocket sled)を使用するとのことです。

嫦娥5号の再突入カプセルは、時速4万キロもの高速で地球大気圏に突入することになります。この速度は、小惑星からサンプルを持ち帰った「はやぶさ」の帰還カプセルのスピードとほぼ同じです。中国がこれまでこのような高速での大気圏再突入を行う探査機を開発した経験はありません。

「第3段階」の月探査を指揮しているフー・ハオ(Hu Hao)氏は、同じくチャイナデイリー紙の取材に対し、嫦娥5号の帰還カプセルを試験するための宇宙機の開発を行っており、地球に月の物質を無事安全に持ち帰ることに自信を持っていると話しています。

フー氏によると、嫦娥5号の探査計画は独特のものとなりそうです。月周回軌道に入ると、探査機は月に着陸してサンプルを回収するモジュールと、上空で待機しているモジュールの2つに分かれます。着陸・回収を行うモジュールは月着陸後にサンプル回収を実施、さらに上昇モジュールがサンプルを持ったまま月表面から離陸し、上空で待機しているモジュールとドッキングします。そして両者が合体したあと、最終的に再突入カプセルが地球大気圏に突入し、サンプルを持ち帰ることになります。このような探査のため、嫦娥5号ではランデブー、ドッキングの技術が重要になると、フー氏は述べています。

中国科学院国立天文台の台長であるヤン・ジュン (Yan Jun)氏は、回収するサンプルは月表面だけではなく、その下の部分…深さ2メートル部分のものもあるとしています。

アメリカの月・惑星研究所の所長で、長年月・惑星探査に携わってきたポール・スプーディス氏は、着陸しサンプルを回収する地点については、科学的に最大の成果を得るためにも、念を入れて検討する必要があると述べています。
スプーディス氏は、「科学的に言えば、サンプルリターンに価値があるのは、その周辺の岩石相(岩石の成り立ちなど)がよくわかっている場合だけだ。」と述べています。回収されるサンプルは、その由来や地域全体の岩石との関係がよくわかるようなものでなければならないということです。

回収されるサンプルの候補としては、比較的若い年代の溶岩や、同じく比較的新しい年代にできたクレーター(例えば、コペルニクス・クレーター)の衝突によって溶けた岩石などが考えられると、スプーディス氏は述べています。
「由来がよくわからない地層から回収されるサンプルにはあまり意味がない。なぜなら、そのサンプルによりその地域がどのような岩石で成り立っているのかを知ることができないからだ。」(スプーディス氏)

スプーディス氏によれば、回収対象として考えられる地点には次のような場所があるとのことです。

  • フラムスチード・クレーター…おそらくは10億年よりも最近の、月でも最も新しい溶岩流が存在する。
  • コペルニクス・クレーターの底…同じく比較的新しい段階(10億年くらい)でできたクレーターであると考えられており、回収することによってクレーター生成年代を決定できるほか、この地域の地下構造を解明できる。
  • 熱の入り江…マントル由来と考えられるくらい物質が存在するほか、火砕性の物質が存在する。場合によっては揮発性物質(おそらくは太陽風期限)が存在するかも知れない。

NASAジョンソン宇宙センターで地球外物質管理センター所長を務めている惑星科学者のカールトン・アレン氏は、中国が月の新しいサンプルを地球に持ち帰るというのはよいニュースだと述べています。
「どの国であっても新しい宇宙への一歩を歓迎する。もちろん、中国の月着陸とローバー走行もだ。」(アレン氏)
アレン氏はさらに、「月着陸は、重要かつ困難な目標に向かって努力している科学者や技術者たちが、ある一定の技術力に到達したことを示すものである。月からサンプルを回収し地球に持ち帰るということについては、より困難な事業となるはずであるが、より高度な宇宙プログラムへ進んだことを示す証ともいえるであろう。」と述べています。

アレン氏によれば、地球外からのサンプルは探査における「グラウンドトゥルース」、すなわち実際に持ち帰って示される証拠であり、特に地質学的な理解を大幅に広げるものであるとしています。
「現時点では、私たちが持っているのは、アポロの6回の探査によって得られた岩石と、旧ソ連のルナ探査機が持ち帰ったサンプルで、これらは詳細な分析がなされている。従って、全く新しい場所からサンプルが持ち帰られるのであれば大歓迎だ。月からのサンプル回収が慎重に行われ、そのままの状態で無事地球に持ち帰られ、その分析が最高の科学者チームによって実施されるのであれば、私たちの月、そしてその環境について、まったく新たな知識がもたらされることであろう。」

(編集長注)嫦娥5号の開発については、一時中止説も流れましたが、この記事をみる限りでは開発が順調に行われていると共に、その探査の内容も一部明らかになってきています。
ただ、記事は中国側の発表とチャイナデイリー紙の取材が主となっており、あとはアメリカの科学者からのコメント(期待を寄せるもの)となっていますので、実際のところどの程度開発が進んでいるのか、特に2015年以前に実施されるという(おそらくは宇宙での)高速帰還実験がどのようなものであるかということも明らかではありません。
中国の月探査計画については、嫦娥3号の時点でかなりオープンになってきており、いろいろな情報が入りやすくなっています。今後、第3段階とされるサンプルリターン計画についても、より多くの情報が得られることを期待したいと思います。