インドの月探査衛星チャンドラヤーン1、EPOXI衛星(エポキシ。旧名称ディープインパクト)、それと土星探査機カッシーニという、3つの衛星が搭載していた機器の観測により、月の表面に水の分子が存在していることが明らかになりました。
この観測結果は、25日発売のアメリカの科学誌「サイエンス」に掲載されます。
この研究には、チャンドラヤーン1が搭載していた月面鉱物マッピング装置(M3: Moon Mineralogy Mapper)という装置、カッシーニが搭載している可視光・赤外マッピングスペクトロメータ(VIMS)、そしてEPOXI衛星の高解像度赤外線スペクトロメーターから得られたデータが利用されています。
これらの観測データにより、月の極地域に、水分子、およびヒドロキシ基(OH基ともいう)が存在していることが確認されました。この分子がどのようにできているかについては、今後の研究により解明されることになります。
NASA本部の惑星科学部長のジム・グリーン氏は次のように述べています。「月の水(氷)は、いってみれば月の科学者にとっての聖水のようなものだ。この大発見は、すばらしい創意と忍耐力、そして、NASAとインド宇宙機関(ISRO)との国際協力により生み出されたものだ。」
上図は、M3による観測結果を表しています。左側はM3による近赤外線領域のマッピングです。右側は、同じ領域において、水分子およびヒドロキシ基(OH基)が見いだされた場所を表したものです。この場所は小さなクレーターと相関が高いことから、クレーターが形成されるプロセスとこの水分子・ヒドロキシ基の生成に関係があることが伺えます。
チャンドラヤーン1衛星に搭載されたM3が観測を始めてから、観測チームは、水分子およびヒドロキシ基によると思われるスペクトルの吸収パターンが観測結果に表れていることを発見しました。
M3の主任研究者である、ブラウン大学のカーリ・ピータース教授は、「このような吸収パターンは、ケイ酸塩鉱物であれば通常、含水鉱物であることを意味している。『月に水がある』という場合、私たちは月に湖や海、ましてや水たまりがあるといっているのではない。月に水がある、というのは、月に水の分子とヒドロキシ基(OH基)が存在しており、それらは月の表面数ミリメートルの岩と砂とが関係している、という意味である。」と述べています。
上の図でもわかるように、M3のチームは、月の広い領域で、水分子が存在していることを発見しました。しかし実際には、水は月の高緯度地域により多く存在しているとのことです。水分子、およびヒドロキシ基は、カッシーニが地球にフライバイ(スイングバイ)した1999年に、月を観測した際に兆候をみつけていましたが、論文にはなっていませんでした。
カッシーニのVIMS、およびチャンドラヤーン1のM3の両方の観測チームに属している、アメリカ地質調査所デンバー支所の研究者ロジャー・クラーク氏は、「カッシーニのVIMSのデータとM3のデータは非常によく似ている。水分子とヒドロキシ基の両方がみつかっている。どのくらいの量なのかということについてはよくわからないが、おそらく月の砂の中には1000ppm(注)くらいの水分子は含まれているのではないか。だとすると、月表層の土を1トン処理すると、約32オンス(900グラム)の水が得られるだろう。」と述べています。
なお、この発見を確かめるため、ハートレイ第2彗星へと飛行していたEPOXI衛星は、この7月に急遽月へフライバイし、その観測の結果、VIMSとM3による発見を確認できただけでなく、さらにそれを強固にすることができました。
「より広いスペクトル領域、及び観測領域で月の北極地域について観測を実施した結果、水分子及びヒドロキシ基について、温度、緯度、組成、日時の関数で分布を捉えることができるようになった。私たちの観測により、間違いなく、こういった分子が月の表面に存在していることが明らかになったし、月の一日のあるタイミングでは、月の表面はある程度水和した状態である(水分子を多く含む)ことがわかった。」(EPOXI衛星の副主任研究者で、M3観測チームの、ジェシカ・サンシャイン メリーランド大学研究員)
(編集長注)
ピータース教授も述べているように、今回の月表面の水の発見は、月の表面が水に富むような環境であることがみつかったというわけではありません。あくまでもごく少量の水分子が月の表面に存在しているということです。また、鉱物にはヒドロキシ基(OH基)がついているものも多くあり、おそらくは太陽風や宇宙線などとの反応により、月面鉱物の一部が変成してこういった基を持つようになったものと思われます。
また、特にヒドロキシ基は鉱物と結びついた形で存在しているため、それを水分子として利用するためには、熱するなどの処理が必要となります。また砂に吸着している水分子も、熱して取り出さなければなりません。
従って、これらの「水」を利用するということは、現状では大変困難であると思われます。
いずれにせよ、科学的には大変興味深い発見であることから、今後、この成因や分布についての研究が進むことが期待されます。
(注)
1000ppm(ピー・ピー・エム、parts per million)とは、100万分の1の単位で数えて1000ということで、この場合には100万分の1の1000倍、すなわち1000分の1という試算です。
・NASAのプレスリリース (英語)
http://www.nasa.gov/home/hqnews/2009/sep/HQ_09-222_Moon_Water_Molecules.html
・上記写真の説明 (NASA: 英語)
http://www.nasa.gov/topics/moonmars/features/clark3.html
・チャンドラヤーン1 (月探査情報ステーション)
http://moon.jaxa.jp/ja/history/Chandrayaan-1/
・カッシーニ/ホイヘンス (月探査情報ステーション)
http://moon.jaxa.jp/ja/pex_world/cassini/
・ディープインパクト (月探査情報ステーション)
※現在の探査機名称はEPOXI(エポキシ)となっています。
http://moon.jaxa.jp/ja/pex_world/DeepImpact/
(追記)10月9日、「水酸基」を「ヒドロキシ基」に変更しました。化学分野における現在の名称に倣ったものです。