1971年にアポロ14号で月面に着陸し、月面での活動を行った宇宙飛行士、エドガー・ミッチェルさんが、2月4日(アメリカ現地時間)、フロリダ州ウェスト・パーム・ビーチで亡くなりました。85歳でした。何という偶然なのか、2月5日はちょうど彼が月面に到達して45年になる日でした。

エドガー・ミッチェル宇宙飛行士

エドガー・ミッチェル宇宙飛行士 (Photo: NASA)

ミッチェル宇宙飛行士は1930年9月17日、テキサス州ヒアフォードに生まれましたが、地元としてはニューメキシコ州アーテシアということになります。カーネギー・メロン大学の工業管理学部を1952年に卒業、さらに海軍大学院を1961年に卒業、マサチューセッツ工科大学(MIT)で航空宇宙工学の博士号を1964年に取得します。
1966年にはNASAの宇宙飛行士として選抜され、アポロ9号ではサポートクルーとして従事、またアポロ10号の月着陸船のバックアップパイロットにも選ばれました(ご存知の通り、アポロ10号は月の周りを回って帰ってくることがミッションであったため、仮にここで本メンバーに選ばれていたとしても月に降りることはありませんでした)。
当時アポロ計画を中心的に推進していたアメリカ・テキサス州ヒューストンのジョンソン宇宙センターで、彼は月着陸船の開発に積極的に関与し、大事故を起こしたアポロ13号では、地上で月着陸船を利用した帰還方法を検討、結果として無事宇宙飛行士たちを帰還させることに成功するという大きな役割を果たしています。

そして、この長い下積みの上に、彼の出番がようやくやってくることになります。
アポロ14号では、その月着陸船の知識、そして航空宇宙工学に関する深い見識を買われ、メンバーに抜擢されます。月着陸船アンタレスを操縦し、1971年2月5日、月面のフラ・マウロ高地に着陸します。船長のアラン・シェパード宇宙飛行士と共に、月面で科学機器の設置や岩石の採集など、数多くの活動を行いました。

月面のエドガー・ミッチェル宇宙飛行士

アポロ14号で月面にアメリカ国旗を立て、その横に立つエドガー・ミッチェル宇宙飛行士。撮影はアラン・シェパード船長。 (Photo: NASA)

この14号で2人はいろいろな記録を打ち立てます。最長の月面移動距離、月面から持ち帰った最大のサンプル量(約43キログラム)、最長活動時間(33時間などです。また、14号でははじめて月面からのカラーでのテレビ中継も行われました。
ただ、ミッチェル宇宙飛行士にとっては、このアポロ14号での月面ミッションが、最初で最後の宇宙飛行となりました。

彼はNASAを引退(同時に海軍も退役)後、1973年には「純粋理性研究所」(the Institute of Noetic Sciences」を設立、人間の内面について研究するようになります。1984年には宇宙探検家協会の共同設立者となり、また「宇宙飛行の体験を共有する国際組織」のメンバーともなります。この組織は宇宙飛行による人間のコンディションについての理解を深めることが目的でした。
宇宙飛行士を引退してからは、彼はこういった人間の精神面に傾倒するようになる一方、霊やUFOといったやや非科学的な領域にも進出するようになります。彼が月面で受けた刺激と大いなる体験が、彼をそのような思いに駆り立ててしまったのでしょうか。

NASAの1997年のインタビューでは、このように述べています。「ケネディ(大統領)が有人月探査計画について述べてから、私はこの計画にものすごく参加したくなった。山の向こうに行ってそれを見、知るだけの価値があるということだ。そして私は探査に、教育に、そして発見に全てを捧げることにした。それが私を前進させる力なのだ。」

続けて、こうも述べています。「私にとって、それ(宇宙飛行)は私自身の沈黙であった。私はそれから何を学ぶことができるのか。私たちはそれから何を知ったのか。それはすごく重要なことである。なぜなら、そのような挑戦をしようということは、私たち自身、そして私たちがいるこの宇宙を知ろうということであり、そして私たちはそれをまだ知らないのだ。いまだにそれを知ろうと、もがいているのだ。」

また、彼の本『<a target=”_blank” href=”http://www.amazon.co.jp/gp/search/ref=as_li_qf_sp_sr_tl?ie=UTF8& amp;camp=247&creative=1211&index=aps&keywords=%E6%9C%88%E9 %9D%A2%E4%B8%8A%E3%81%AE%E6%80%9D%E7%B4%A2&linkCode=ur2& tag=moonstation00-22″>月面上の思索</a><img src=”https://ir-jp.amazon-adsystem.com/e/ir?t=moonstation00-22&l=ur2&o=9″ width=”1″ height=”1″ border=”0″ alt=”” style=”border:none !important; margin:0px !important;” />』(原題: The Way of the Explorer)では、このように書いています。「私たちの宇宙飛行士としての存在、そして宇宙そのものの存在は、決して偶然ではなく、何らかの知的な過程が働いたものなのであろう。」

彼はアポロ以降、深い思索の境地に入っていったようにみえます。ただ、それがUFOや例と行った形でのみ知られてしまっている面が多いようにみえます。彼自身が追求していたのは、私たちは一体何者なのか、そして宇宙は何なのかという、深い深い自身への問いかけだったのかも知れません。

NASAのチャールズ・ボールデン長官は、ミッチェル宇宙飛行士の死去に際し、以下のようなメッセージを発表しました。

「NASA全体を代表し、本日ここに、エドガー・ミッチェル宇宙飛行士のご家族、ご友人に対し、心からお悔やみを申し上げます。アポロ14号の宇宙飛行士として、そして世界で12人しかいない『月を歩いた男』の1人として、彼は私たちの地球を宇宙からみる視点がどう変わるのか、ということを教えてくれたのです。
ミッチェル宇宙飛行士は、月から見た私たちの星、地球を、このように詩的な言葉で表現してくれました。『突然、月の縁の向こう側から、遠くに、大いなる威厳を持ってゆっくりと、白くそして青く輝く地球が上ってきた。光に満ち、細やかで、スカイブルーの球は薄い渦を巻く白い雲に覆われ、黒く謎に満ちた深く暗い海の中から、小さな真珠のようにゆっくりと上ってきた。それは、私たちの故郷、私たちの地球というものを理解できた、瞬間というものを超える時のようだった。」
彼は探査の力を信じ、ケネディ大統領の、アメリカ人を1960年代に月に送るという壮大な計画を体現した人間でした。彼は宇宙計画における偉大な先駆者の1人であり、彼らの肩の上に、今の私たちがいるのです。」

また、アポロ計画(アポロ11号)で同じく月に降り立ったバズ・オルドリン宇宙飛行士も、ツイッターで追悼のメッセージを寄せており、『ちょうどアポロ14号の着陸から45年を迎えようという前夜に、私たちは偉大なパイオニアを失った。」と哀悼の気持ちを述べています。

現在国際宇宙ステーションに滞在しているスコット・ケリー宇宙飛行士も、同じくツイッターで「真のパイオニアが亡くなったことを悲しく思う」と述べています。

アポロ計画から間もなく半世紀。4年前にはアポロ11号のニール・アームストロング宇宙飛行士もこの世を去っています。次第にアポロが歴史の彼方に小さくなりつつあるような中で、私たちももう一度、この探査がなんであったのか、そして宇宙に行くとはどのような意味なのかということをかみしめたいと思います。
エドガー・ミッチェル宇宙飛行士のご冥福を心よりお祈りいたします。