2019年7月20日は、人類がはじめて月に降り立ってからちょうど50年となる節目の日でした。日本で、世界で、数多くのアポロ関連の記事や番組が発行、放送されました(編集長=寺薗もその一部に関わっております)。
しかし、アポロといえば、やはり「行っていない」という言葉が出てきてしまうのも残念ながら事実です。最近でもやや少なくなったとはいえ、「アポロは実は月に行っていないのではないか」という疑惑、いわゆる「アポロ疑惑」を信じてしまっている方をよくみかけます。アポロ月着陸50周年と共に、そのような疑惑がまた再燃してしまっていることもまた、事実です。
そんな中、オーストラリア国立大学(ANU)の研究者が、アポロ計画で採取された月の石について語り、このアポロ疑惑を完全否定しました。
この方は、ANUの地球科学研究科に所属するトレボール・アイルランド教授です。
アポロ計画では、11号から17号(13号を除く)にかけて6回にわたって月面着陸を行い、合計で約380キログラムにもわたる月のサンプル(石や砂)が地球に持ち帰られました。これらのサンプルは世界中の研究所に配られ、地質学者や鉱物学者による分析が行われました。もちろん、日本にもサンプルが到着しています。その結果、地球の岩石とのいろいろな違いが明らかになっています。
現在でも、サンプルはアメリカ・テキサス州ヒューストンにあるジョンソン宇宙センターの地球外物質保管施設で厳重に保管されており、必要とあれば研究者に配布する体制が整っています。
しかし、「アポロが月に行っていない」と主張する人たちは、当然のことながら、この持ち帰られた月の石も「地球上の石である」「捏造されたものである」と主張しています。特に、アポロから持ち帰られた石の中で、月の海と呼ばれる部分の岩石が玄武岩で、地球上の火山でよくみられる岩だったことが、その主張にさらに拍車をかけているようです。
しかし、彼の主張は明快です。
「もし月の石を研究室で作ろうとすれば、とんでもない失敗に終わるだろう。そして、そのために必要なお金は、おそらくNASAが人間を月に往復させる以上のものになってしまうだろう。月の砂は地球上でみるものとは全く違うものだ。月の表面にあったときに、(太陽風などで運ばれてきた)イオンが砂に衝突している跡がみられる。また、その組成も月固有のものである。」
それでもまだ信じない「疑惑論者」の方の中には、「いや、実際に月に行って砂は持ち帰ってきた。但しそれは無人探査機によって行われたのであり、アポロはやっぱり月に行っていないのだ」と、抵抗(?)する方もいらっしゃるでしょう。確かに、旧ソ連は無人探査機で月の砂のサンプルを採取して地球へ送り届けてきていますし、アメリカもアポロ以前に何機もの無人探査機を月に打ち上げています。
こういった「意見」についても、教授は辛辣です。
「アポロ計画では380キログラムものサンプルを持ち帰ってきている。こんなに大量の月のサンプルを地球に持ち帰るのは、21人の宇宙飛行士を月に往復させるのと同じくらい難しいことだ(編集長注: アポロ計画では3人の宇宙飛行士が月に向かい、2人が月面に降り、1人が月を周回しています。13号は月着陸には失敗しましたが、月を周回して地球に戻ってきています)。そのうち6回のミッションで月着陸を実施した。それ以来ずっと、アポロの月のサンプルの解析を行っているが、今に至っても私たちを驚かせることがあるのだ。」
アイルランド教授自身は、1969年にアポロ11号がはじめて地球に持ち帰った月のサンプルの分析チームには入っていませんでしたが、オーストラリア国立大学の他の研究者、ロス・テイラー、ビル・コンプストン、テッド・リングウッド、ジョン・ロブリング各氏が解析に従事しました。アイルランド教授は彼らのもとで解析や月のサンプルについての指導を受け、彼らの仕事の重要性、そして解析を実施していたときのワクワクするような時について、今でもよく覚えています。
「誰もが、月着陸においてオーストラリアが重要な役割を担っていたことを知っていた。月からの電波を中継したのはオーストラリアにあるアンテナだ(編集長注: アポロ11号の月着陸の映像は、オーストラリアのパークス天文台にあるアンテナによって受信され、全世界に配信されました。このエピソードは、1991年公開の映画『月のひつじ』で詳しく描かれています)。しかし、ANUの科学者が成し遂げた偉大な仕事は、多くの人がはじめて聞く話だろう。」
「ロス(・テイラー氏)には、アポロ11号でニール・アームストロング船長が採取した月のサンプルがNASAのチームから届けられた。そのサンプルの分析によって、月が初期段階に全休にわたって溶融していたことが確認されたのだ。」
「ビル(・コンプストン氏)の解析により、月の岩石が非常に古いことが判明した。地球上のどの岩石よりも古い、ということが。」
「テッド(・リングウッド氏)とジョン(・ロブリング氏)は、地球上でみつかっていない新しい好物をつきのサンプルから見つけ出した。」
ロス・テイラー氏は現在ANUの名誉教授で93歳。しかし、今でも地球外の岩石に興味を抱き続けています。そんな彼がアポロでのサンプル解析に出会えたのは、一生に一度あるかないかのチャンスだった、と振り返ります。地球の空気や水などと遮断するためのボックスと、試料を操作するための大きなグルーブ、そして武装した警備員がいる非常に厳しいセキュリティを、今でも思い出すといいます。
「私は朝7時から夜中の3時まで働き、その結果を翌日開催される記者会見で発表していた。それほど、世界的に私たちの発見に関する関心が高かったということだ。解析にどんなミスがあっても私たちの評判は台無しになってしまう。ある記者会見の直前、私は結果に大きな間違いがあることを発見して、それを訂正した。まさに間一髪。科学者にとっては本当に刺激的なときだった。」
テイラー名誉教授にはさらに劇的な思い出があります。ジョンソン宇宙センターで、月サンプルを入れた容器が落下してしまい、危うく地球の空気に触れて汚染され、仕事が台無しになってしまいそうになったことがあったのです。
「そのときはあわてて、分析をしていた岩から離れるために、隔離装置から離れてトイレに隠れたよ。あの日はホント心臓がドキドキしたなぁ。まいったよ。」
日本でも月の岩石の分析が行われていますし、世界中でこのような岩石の分析が行われました。この分析結果は、アポロ11号の着陸の翌年、1970年1月にヒューストンで開催された「月科学会議」(LSC)で発表されました。そしてこのLSCが発展し、その後の惑星探査の発表も加えられて現在に至っているのが、LPSC、月惑星科学会議という大きな学会です。今では毎年3月、ヒューストン、といいますか、その北隣の街であるザ・ウッドランズというところで開催され、2000人以上の科学者が月・惑星探査の成果や将来計画について議論します。今年は50回目の会議ということで大いに盛り上がりました。
アポロの月の石の分析には、いろいろなドラマがありました。オーストラリアは意外ではありますが、アポロとのつながりが深い国だったのです。そして、サンプルの真実とドラマの前では、行っている・行ってないという議論はまさにどうでもいい小さな議論のように思えてくることでしょう。
- オーストラリア国立大学の記事
https://moonstation.jp/challenge/lex/apollo
※いわゆる「アポロ疑惑」を解説したコーナーです。
https://moonstation.jp/discover/popular/story03