以前から月探査情報ステーションが興味を持って追いかけてきた、NASAの小惑星探査フレームワーク「小惑星イニシアチブ」。その中でも大きな柱を占めていた、小惑星捕獲計画「アーム」(ARM: Asteroid Redirect Mission)が、正式に中止となる模様です。space.comが報じています。
この「アーム計画」は、地球近くにある小惑星(地球近傍小惑星)に無人探査機を送り込み、その表面の岩を捕獲すると共に、自身のエンジンで軌道を変更する実験を実施、捕獲した岩を地球-月付近の軌道へ送り込んだあと、地球から有人宇宙船で宇宙飛行士を送り込み、ドッキングして探査、一部サンプルを地球に持ち帰る、という計画です。
そもそもの計画はより大胆で、大きさ数メートル〜数十メートルサイズの小惑星をまるごと持ち帰る(!)というものでしたが、現在では上記のようなより「マイルドな」案に落ち着いています。アーム(ARM)の「R」が「Redirect」(軌道からそらす)となっているは、この当時の大胆な発想の名残りともいえます。
この小惑星イニシアチブ計画は、オバマ政権当時の2013年にNASAが提案したものですが、それ以降、このアーム計画については検討の遅延、技術上の困難(だからこそ中身が変更になったわけですが)、科学者からの批判などにさらされてきました。
この状況はアメリカ議会も感じ取ったようで、議会では「中止すべき」という意見が多数を占める状況となりました。さらに、2018会計年度(2017年10月〜2018年9月)のNASAの予算にこの「アーム計画」検討分が上程されていないことが明らかになるなど、計画は大きな試練を迎えている、というのが最近の状況でした。
実は編集長(寺薗)自身、知人から「どうもアームは中止になるらしい」という情報を複数受け取っておりましたので、今回の記事は「やっとオフィシャルになったか」という感想です。
今回の発表は、6月13日(アメリカ現地時間)に開催された「小天体アセスメントグループ」(SBAG)という団体の会合において、アーム計画の責任者であるミシェル・ゲーツ氏が明らかにしたものです。それによると、3月にはホワイトハウスより、ミッションを終了とすべきという予算に関する方向性が示され、それに従った形で4月のNASAの予算要求ではアーム計画を予算案に盛り込まない形としたとのことです。この4月の時点での情報は先のブログのタイミングとも合います。
ゲーツ氏は、「ミッション(アーム計画)は段階的な『店じまい段階』(closeout phase)にあり、今回の計画で得られた様々な技術的な進展は、今後他のミッションに活かしてく予定だ。」と述べています。
この「今回の計画で得られた様々な技術的な進展」がどのようなものなのかをゲーツ氏および記事は詳細に記していませんが、おそらくは、この無人探査機に向けて開発された太陽光を利用した電気推進計画(かなり強力な電気推進機構とのこと)、小天体への接近・離脱技術、小惑星(の一部)の捕獲技術(おそらくこれは、将来の小惑星資源採掘などにも活かせると思われます)などが考えられます。
議会からは歓迎の声が聞かれます。テキサス州選出の共和党議員で、下院の科学技術委員会の議長であるラマー・スミス議員は、8日に行われたこの委員会の下部委員会である宇宙科学省委員会の聴聞会のあと、「前政権の意向によるよろしくない発想に基づく計画が終了を迎えるのは歓迎すべきことである。今後その代わりに、より必要とされる他の技術が、他の計画のもと開発されることを望む。」と述べています。
ラマー議員の発言は、共和党議員ということ(さらにいえばテキサス選出)ということもあり、トランプ政権の意向が働いている可能性もあります。まだトランプ政権の宇宙政策の方向性は明確には打ち出されていませんが、共和党が伝統的に「月回帰」の傾向を持つことなどを考えると、(2000年代のブッシュ政権のように)「再び月へ」という政策を打ち出すかもしれません。「NASAはそのために働け」というやや高圧的なニュアンスさえ、上記の発言からは読み取れます。
一方、NASA側としては、上で述べたように、アーム計画で開発された技術を少しでも将来のために温存したいという考えのようです。NASAのロバート・ライトフット長官代行は(現時点でまだNASAの新長官は決まっていません)、同じく8日に開催された、下院の歳出委員会の下部委員会である商取引・司法・科学小委員会の聴聞会において、上で述べた太陽光電気推進技術は2020年早期に実現できる見通しであり、NASAが提案する、地球-月遷移軌道(地球-月間の軌道)に設置する「深宇宙ゲートウェイ」への輸送手段に使えると述べています。
NASAとしては、これまで膨大な資金をつぎ込んでアーム計画を検討してきただけでなく、アーム計画を有人火星探査構想の1ステップとしてまで位置づけてきただけに、ここで大胆な変更をされてしまっては、科学者・技術者の士気がそがれるだけではなく、すべての計画の見直しによりまた余計な費用と時間がかかってしまうという考え方なのでしょう。できる限り小規模な変更、あるいは既存技術の活用方法を探ることを考えているようにみえます。
「これ(深宇宙ゲートウェイ)は、我々がアーム計画のために開発してきた技術を使えばすぐにでも開発可能だ。さらには、商業的に利用するという方向性も考えられる。」(ライトフット長官代行)
なお、小惑星イニシアチブのもう1つの柱は、地球に危険を及ぼす小惑星を発見・監視するプログラム「小惑星グランドチャレンジ」です。こちらについては、その具体的な名前は出ていないものの、「有人探査の一側面として研究を続行する」(ゲーツ氏)とのことです。ひとまずこの点は安心です。
「アーム計画において開発してきた技術は、『アームだけで使える』というものではない。より広いミッションで使用できるようなものでなければ我々は開発はしないだろう。」と、アーム計画の研究者、ダン・マザネック氏は述べています。と同時に、彼が長年(といっても4年程度ですが)関わっていたアーム計画が中止になることに、当然ではあるにしても落胆と悲しみを述べています。
「私が知る限り、アーム計画は最良のミッションの1つだと思うし、ある意味夢のあるミッションだった。アーム計画はありとあらゆる異なる種類の考え方、異なる種類の概念を集めたものであった。いつか、何らかの形で、アーム計画が形を変えて復活してくれることを望みたい。私はいまでも、このミッションは素晴らしいものだと思っている。」(マザネック氏)
マザネック氏の言葉からは、政治に翻弄された現場の悔しさが伝わってきます。
そもそもアーム計画、というか小惑星イニシアチブは、その前に計画されていた月経由の有人火星探査計画(正確には有人火星探査を念頭に置いた有人月探査計画)『コンステレーション計画」の代わりとして出てきたものでした。コンステレーション計画が、やはり同様に予算超過とスケジュール遅延で、オバマ政権になってから中止され、その後立案されたものが小惑星イニシアチブだったわけです。
もちろん、アメリカの宇宙開発における究極の目標が有人火星探査であることにはここしばらく(少なくとも21世紀になってから)変化はありません。しかし、やってはダメで潰し、やってはダメで潰し、ということを繰り返しているうちに、アメリカの宇宙開発の体力全体が落ちてきてしまっているのではないか、という危惧を編集長(寺薗)としては抱いています。
それはまた、スペースXに代表される民間宇宙企業の勃興という形で現れているともいえますが、いくら民間セクターが頑張ったとしても、国家セクター部門に元気がなかったとすれば、いずれ足を引っ張る形になってしまうでしょう。
現に小惑星イニシアチブ計画の検討には小惑星資源採掘会社が加わっており、ある意味民間へお金を回し、民間宇宙企業を支えるもととなっていました。今後もしアーム計画がなくなり、これらの企業にお金が回らなかったとしたら、巨額の開発費を必要とする小惑星(宇宙)資源開発にも暗雲が垂れ込めることになります。いくらリスクを取る国、アメリカだからといって、やはり国という究極のバックがついていないものにはなかなか資金を呼び込めないと思います。
NASAはいまのところ公式にアーム計画の中止を宣言したという情報はないですし、そうするのかどうかもわかりません。ですが、アーム計画の(さらにいえば小惑星イニシアチブの)運命がほぼ決まったいま、そして共和党政権(トランプ政権)の先がみえない中で、アメリカの宇宙開発、とりわけ月・惑星探査がどのような方向へ向かうのか、注意深くみていかなければならないと思います。アメリカの宇宙政策は、同盟国である日本にも少なからぬ影響を与えるからです。
- space.comの記事