地球に近い小惑星から岩のかけらをとってきて、月近くの軌道で宇宙飛行士たちが解析する…NASAが検討を進めているこのミッションについて、中止すべきという話が持ち上がっているということです。アメリカの宇宙関連ウェブサイト、スペースフライト・インサイダーが伝えています。
NASAが進める小惑星探査プログラムが「小惑星イニシアチブ」です。この中には、後述する小惑星捕獲・有人探査ミッション「ARM」や、地球に衝突する脅威がある小惑星を見張るためのプログラム「小惑星グランドチャレンジ」などが含まれています。今回問題になるのは、このARMです。
このARMを簡単に説明しましょう。計画当初は小惑星をまるごと袋状の探査機に詰めて持ち帰り、地球と月の間くらいのところまで持ってきて、そこで有人宇宙船とドッキング、小惑星の有人探査を行うという計画でした。現在ではこの計画が修正され、上のイラストのように、小惑星表面の大きさ数メートルくらいの石を持ち帰り、同様に地球と月の間くらいのところまで持ち帰って有人探査するという方針です。実施は2023年を予定しています。
議論が起きているのはどうやらアメリカの議会のようです。
議会下院の科学・宇宙・技術委員会で、この計画についてあまり評判がよくないというのです。3月には委員会の委員長、ラーマー・スミス議員がNASAのチャールズ・ボールデン長官に対し、この計画について「野心的ではない」(uninspiring)と表現するなど、あまりいい印象を持っていないということです。また、スミス議員は同様にこのARMの計画が遅れていることについても不満を表明しています。当初は2017年の打ち上げ予定だったのが2020年、そしてさらに2023年に延期されている状況が問題だとしています。
5月23日、議会の政府予算歳出に関する委員会でも、2017年度予算についてそのような意見が表明されています。
委員会は、この小惑星捕獲・探査ミッションにおいて開発される技術が有益であることを承知しているが、(中略)無人・有人を問わず、小惑星ミッションがはっきりと有人火星探査計画に貢献できるとは信じていない。
報告書をみる限り、NASAが有人探査計画を進めるにあたって特定のハードウェア開発を行うことに注力しているように思われる。すなわち、深宇宙における居住施設、宇宙資源の採掘及び利用、宇宙船の大気圏突入・効果・着陸・上昇技術などである。
議会は、ARMで使用される可能性がある2つの技術、太陽電池による電気推進技術、及び原子力推進技術についての予算拠出を認めています(編集長注: ARM探査機自体は太陽光発電による電気推進技術を利用することになっています。原子力推進技術は有人探査側の可能性もありますが、基本的に有人探査で使用されるロケットは現在開発中のSLS(宇宙推進システム)のもので、原子力推進ではないはずです)。
さらに驚くことに、議会は「今回の(2017年度の)NASAの予算には、無人及び有人による小惑星探査の検討を継続するための予算は含まれていない。」とまで言い切っています。
「深宇宙探査連合」(Coalition for Deep Space Exploration…深宇宙探査を推進・実施する宇宙企業などで構成される連合体)のマリー・リンネ・ディットマー専務理事は、このように述べています。
「NASAは小惑星探査計画なしでも(そこで有人宇宙技術を試すことなく)火星有人探査を実施することが可能だ。ARMのキーテクノロジーは太陽光発電による電気推進技術であり、NASAとしてはこの技術を火星への物資輸送に利用しようと考えているようだ。」
NASAのボールデン長官は、予算のヒアリングの過程で、上で述べたSLSや、NASAの商業有人輸送プログラムなどについても、何人かの議員と意見の相違があったようです。
また、予算案は上院の予算案と整合性を取る必要があります。上院にはいわば「宇宙族議員」といってもよい、リチャード・シェルビー議員やビル・ネルソン議員など、宇宙開発に関して非常に好意的な議員もいますが、下院がそうでない以上、NASAの予算はかなりシビアな状況に直面する可能性があります。
今のところ、議会のARMに対する立場は特に大きな変化はありませんが、先ほどのディットマー専務理事は、「何もコメントしないということ自体が議会の雰囲気を現している。私の印象では、上院よりもよりはっきりとした姿勢を打ち出すべきと下院が考えているようにみえる」と述べています。
NASAは現在、究極の目標として火星有人探査を掲げています。実現は2030年代なかばを目標としていますが、まだ開発すべき技術は多数あります。そのため、NASAとしては技術開発を段階的に進めていく方針です。その「戦略的な指針」としては、「近い将来において予算の範囲内において実現可能であり、またより長期的な視点では経済成長と釣り合った形で開発が可能な技術」ということになっていますが、これは議会の雰囲気とはだいぶ異なるということです。
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ちょうど今が議会における予算ヒアリングの時期ということで、このような話が出てくるというのも仕方ない面ではあるでしょう。さらにいえば、今年は大統領選挙の年でもあり、次期大統領がどのような宇宙開発計画を打ち出してくるかによって、特に小惑星探査のような中間的なミッションについては大きく変わりうるということはいえると思います。
例えば、2000年代のブッシュ政権下では、月を拠点として火星有人探査を実施するという「コンステレーション計画」が進行していました。しかし開発の遅れや予算の膨張を懸念したオバマ政権は2010年になってこの計画を中止します。
そして数年にわたって「マルチプル・パス」と呼ばれる、「どこを経由した上で火星へ向かうか」という検討を行った上で、2013年にNASAの小惑星イニシアチブを承認したという経緯があります。つまり、来年ホワイトハウスに入る大統領次第ではまた「途中経路」が変わるかも知れないという懸念はあるわけです。
ただ、間違いなくいえることは、いきなり火星有人探査に乗り出す、ということはありえないということです。火星有人探査の前には、それを打ち上げるロケット、宇宙飛行士を乗せる宇宙船、そしてそれらを支えるすべての技術を何らかの形で実証することが必要になります。現在はそれを小惑星探査…ARMで行おうとしているわけですが、議会側の理解がなかなか得られない、というのが記事の要約といえるでしょう。
一方では、このARMは将来的には小惑星の資源探査に結びつくものであり、この分野でアメリカが大きくリードしている(というか、世界で技術的な意味で乗り出している国がない)ことを考えると、議会もいずれはこういった企業の圧力を受けて態度を軟化し、どこか最終的なところで落ち着くのではないかと私(編集長)は思います。
「この時期よくある話」という感じもしないではないのですが、だからといって楽観的に構えていると、以前のような大幅予算削減を招く可能性もあります(それでなくても連邦政府の赤字は膨大な額になっています)。ようやくNASA,あるいはアメリカの宇宙開発に関する連邦政府予算が復調気味になっているいま、来年の大統領選挙、そしてその大統領の宇宙開発方針と共に、このような議会動向も常にモニターしていくことが必要です。
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