昨年7月に木星周回軌道に入り、観測を続けていたジュノー。それ以前に木星を観測していたガリレオ探査機と比べると、小型でまたミッションの目的が地味なこともあり、あまり注目を浴びてこなかった探査機(失礼)でもあります。しかしこのほどNASAが発表した成果では、木星の新たな、そしてダイナミックな姿が明らかになりました。ジュノーは私たちがこれまで知ることのなかった、全く新しい木星の姿を、私たちにもたらしてくれたのです。
「私たちはこのような初期的な発見について非常に興奮している。なぜ木星がこれほどまでに魅力的なのか、木星を理解する上で、今回の発見は大きな役に立つだろう。木星までは(ジュノーは)長い旅路だったが、これらの初期的な発見によって、その旅が価値あるものであることを示すことができた。」と、NASA本部のジュノー計画の幹部、ダイアン・ブラウン氏は述べています。
それだけの発見であることは、上の写真をみれば一目瞭然かと思います。木星の南極の様子を捉えた写真ですが、この中には地球くらいのサイズもあり、おそらく木星の大気の奥深くにまで影響を及ぼしている巨大な台風(大気の渦)が写っています。また、これらの台風が互いに接近しながら回転している様子が鮮明に捉えられています。
また、木星の磁場(太陽系の惑星の中で最も強力な磁場を持っています)については、その磁力の源は、これまで考えられていたよりもより浅いところにあるのではないかということも明らかになりました。
今回の発見は、2本の論文として今週発行の科学雑誌『サイエンス』に掲載されるほか、専門誌『地球物理学研究レター』(Geophysical Research Letters)(編集長注: Geophysical Research Lettersは地球物理学や惑星科学の専門誌で、GRLと略称されるほど馴染みのあるものです。「レター」とは手紙のことではなく、専門分野では、論文の一種ではありますが、より短めに最新の発見を報告するようなスタイルの論文のことをいいます)には44編もの大量の論文が掲載されることになっています。
「木星でのミッションが始まって以来、木星は私たちに、(直球ではなく)カーブを投げてきている。そのことは理解していたのだが、今回の場合はそれだけではなく、ナックルボールにスライダー、さらには豪速球まで飛び出してきた。あまりにもいろいろなことがあるので、私たちはちょっと立ち止まったうえで、全く新たな木星の姿というものを考えなければいけないという段階にいると思われる。」(ジュノー計画の主任科学者、サウスウェスト研究所のスコット・ボルトン氏)
野球に例えられてしまっていますが、いってみれば木星は、単なる直球勝負の投手ではなく、ありとあらゆるクセ球を投げられる、かなり「奥の深い」投手である、ということがいえるのではないかと思います。
先ほど述べた渦(台風)についても、ボルトン氏はやや戸惑い気味です。
「(この大気の渦=台風が)どのように形成されたのか、私たちもかなりその成因に関して頭を抱えてしまっているところだ。私たちはいま、これが実は非常にダイナミックな動きで、ちょうどいま進行中の部分を見ていて、来年同じ場所を撮影したらすっかり変わってしまっているのか、あるいは逆にこれこそが木星大気の日常の(定常的な)姿であり、こういった渦(台風)が互いに回りながら存在していると考えなければならないのか、どちらかの選択を迫られている。」(ボルトン氏)
もう1つの発見は、ジュノーに搭載されたMWR(マイクロ波放射計)という機器のデータからもたらされました。このMWRという装置は、木星の大気が放射する非常に長い波長の光(というよりはすでにマイクロ波の領域に入っているので電波ですが)を捉え、木星大気の温度を知ることができます。また、単に表面、つまり大気最上部の温度だけではなく、奥の方の温度も捉えられるというのが特徴です。
このMWRのデータによると、木星を特徴づけている、横方向に走る縞模様の部分というのは実に不思議な大気の動きをしていることがわかりました。赤道部ではこの縞模様の部分は大気の下方向に沈み込むような動きを見せているのに対し、他の緯度の部分では上昇してくるような動きをしていることがわかってきました。
MWRが主に捉えるのは、木星の大気中にあるアンモニアの雲です。このことから、このデータによって、アンモニアの量は木星の大気中では非常に変化が激しく、また大気を数百キロメートル下降していくにつれてアンモニアの量が増えているということが予想されます。
また、磁場についても新しい発見がもたらされました。
木星は強力な磁場を持っています。もちろん、太陽系のすべての天体の中で最も強力な磁場を持つ天体といえます。
ジュノーが搭載している磁力計(MAG)による測定の結果、磁場についてはこれまでのモデルによる計算に比べて若干強いこと、さらに形がいびつであることもわかりました。MAGデータによる測定値では、予想された値である7.766ガウス(0.7766ミリテスラ)を大きく超えた値を観測しており、これは地球上の磁場の最も強い値の10倍程度に相当するものです。
「ジュノーは、これまでのどの探査機よりも詳しく、かつ接近して磁場についての調査を行ってくれた。これまでの観測で、木星の磁場は意外にでこぼこした形状を持っていることが明らかになった。そして、ある場所では非常に磁場が強く、他の場所ではそうではないこともわかってきている。このような不均一な磁場の分布は、そおらくは表面に近いところ、木星の中心部にある金属水素でできた核の上の層でのダイナモ作用(編集長注: ダイナモとは「発電機」の意味で、この層の流動により電流が流れ、それが磁場を引き起こしていると考えられる。地球の磁場は外核の流動によって発生していると考えられている)が原因ではないかと考えられる。ジュノーが木星付近を飛行するたびに、木星のダイナモがどのように機能しているのかをより深く知ることができている。」(ジュノー計画の副主任科学者で、磁力計測担当の、NASAゴダード宇宙飛行センター所属の科学者、ジャック・コナーニー氏)
さらに、ジュノーは極地域の磁場の調査も行い、木星に存在するオーロラの起源についての調査も行っています。地球と同じように、木星の両極(南極と北極)にはオーロラが出現します。それが地球と同じように、磁場と太陽風との相互作用によってできるものなのかを調べるというのもジュノーの需要な役割です。
オーロラは、太陽風として太陽からやってくる電気を帯びた粒子(荷電粒子)が磁場の作用によって両極に集まり、この極にある大気の分子と衝突することによって発生します。どの大気の分子と衝突するかによって発行する色が異なります。
ジュノーの初期的な観測では、このオーロラ生成のメカニズムは、地球のものと異なっているようなのです。
ジュノーは2011年8月5日に打ち上げられ、2016年7月4日(アメリカ独立記念日。日本時間では翌5日)に木星周回軌道へ投入されました。そして、木星を周回しながら観測を続けています。ジュノーの軌道は極軌道(木星の自転と垂直な方向に飛ぶ軌道。両方の極の上空を飛行する)で、ほとんどの場合は軌道は木星からかなり離れたところになっています。
しかし53日に1回、北極から南極へと飛行する軌道に入ります。このときがまさに観測の大チャンスとなります。ジュノーには8つの機器と、基本的には広報用途となっているカメラ「ジュノーカム」が搭載されており、冒頭の木星の美しい絵はこのジュノーカムによる画像です。もっとも、今回の画像は、広報用途という部分を超えて科学的にも大きな意義があるものではないかと編集長としては考えています。
今回論文となったデータは、最初のデータ収集軌道(2016年8月27日)で得られたデータを解析したものです。データ収集軌道1回の飛行ごとに数メガバイトのデータを集めています。そして、そのデータが集まると…
「53日毎に、我々は大興奮の渦に包まれ、そのあと木星の科学によって冷静にさせられ、いずれにしても毎回、何か新しい発見がある。」(ボルトン氏)
科学者たちが新しいデータをみて大興奮する様子というのは、編集長自身経験がありますのでよくわかります。そして、その後冷静さを取り戻してそのデータに向き合わなければならないということも確かなのです。
さらに注目すべきなのは、今度の7月11日だそうです。
「7月11日には、誰もが知ってる木星の有名な場所…大赤斑の真上をジュノーが飛行することになる。この巨大な赤い渦の奥底で何が起こっているのを知ることができるとすれば、それはジュノーであり、雲を貫いて観測するジュノーの科学機器だ。」(ボルトン氏)
木星は過去の探査でいろいろなことがわかっているとはいえ、まだまだ私たちの知らない世界は多数あったということなのです。今回の成果は「初期」発見に過ぎません。今後、ジュノーがすでに得たデータの解析により、そしてこれから得るデータの解析により、私たちはまだみぬ木星の世界を新たにすることでしょう。
7月11日の「大赤斑上空飛行」をはじめ、まだまだおもしろいことが詰まっていそうなジュノーの探査、今後が楽しみです。
最後に、ジュノーが捉えた美しい木星の姿の映像(Vimeo)を、ぜひご覧下さい。人類がはじめてこれだけ間近にみる、木星の姿です。
- NASAのプレスリリース