これまでお伝えしてきた通り、マーズ・エクスプロレーション・ローバーのうちの1台「スピリット」については、砂地に車輪をとられて動けなくなり、数ヶ月にわたって脱出の試みが続けられてきました。NASAはこのほど、「スピリット」を動かすことをあきらめ、代わりにこの動けなくなった地点で静止観測点として活用することにしたと発表しました。
今後数週間かけて、ローバーの位置を調整し、これからやってくる火星の冬を乗り切れるようにする予定です。もし「スピリット」が火星の冬をうまく越せれば、この場所でさらにいろいろな科学的発見を成し遂げることができると思われます。従って、探査自体はこれで終わりではなく、今後数ヶ月、あるいは数年にわたって続けることになります。
NASA本部の火星探査プログラム長のダグ・マッキストン氏は、「『スピリット』は死んではいない。長い長い生涯の中で、新しい段階に入ったのだ。昨年、私たちは、この愛するローバーがひょっとすると脱出できないかも知れないと述べた。いま、この場所は、ローバーにとって最後に安らかに生きていくのにちょうどふさわしい場所だろう。」と述べています。
10ヶ月前に、「スピリット」は、いま「ホームプレート」と呼ばれている低い丘の西側の麓の脇を南に向けて走っていました。しかし、車輪の一部が壊れており、残った車輪も砂地にとられて動けなくなってしまいました。
ローバー技術者チームは、この状態を何とか打開しようと、動作する5つの車輪をつかっての脱出プランを作成しました。このため、NASAジェット推進研究所(JPL)にある砂箱でテストローバーを使った実験を行ったり、モデル計算などを行ったりしました。しかし、車輪が1つ動かない、という事実が、こういった試みの足を引っ張ることになりました。
「スピリット」が動かなくなって以来の脱出への挑戦で、最近はよい成果も出始めるようになってきました。しかし、冬が近づいているため、動力源となる太陽光が減るという大きな制約が出てきました。今のところ「スピリット」がいる場所はちょうど秋のまっただ中で、冬が始まるのは今年の5月くらいになります。ローバー技術者チームでは、残った車輪によって行えるローバーの動作を、ローバーの傾きを変えることに注力させる方向で検討中です。いま、ローバーは南に少し傾いた状態になっていますが、冬の太陽は北の空に出てきます。そこで、傾きを少し北側に変えることで、太陽光を少しでも得ることができると期待できるわけです。
JPLでローバの操縦を行っているアシュリー・ストロープ氏は、「ローバーの後ろ側を傾けるか、左側を傾けるか、あるいはその両方が必要になる。後輪を少しわだちから外し、バックして少しだけ乗り上げるような形にする。必要なら、さらに右前方の車輪を、わだちにはめるか穴を掘って下げるかすることによって、右前が下がるようにすることもできるだろう。」と語っています。
いまの「スピリット」の傾きでは、地球と通信が確保できるだけの十分な電力容量を、火星の冬の時期に得ることはできません。傾きを数度変えるだけでこの状況は改善でき、数日後とではありますが、通信が可能となります。
いちばん問題なのは、その冬の時期、温度が極端に下がることです。「『スピリット』の太陽電池によって生み出されるエネルギーは、ローバで最も重要な電子機器を保温するために使う。電源をオンにしておく必要もあるし、ヒーターを入れておくことも必要だ。」(JPLのマーズ・エクスプロレーション・ローバーのプロジェクトマネージャーであるジョン・カラス氏)
しかし、静止したままでも「スピリット」はいろいろな科学的観測が可能だ、と、コーネル大学研究員でローバーの主任科学者であるスティーブ・スクワイヤーズ氏は述べています。「ローバーが動き続けている間はできなかった、静止しているからこそできるいろいろな科学的な観測がある。動けなくなったことが、探査終了を意味するわけではない。ただ単に静止観測点に変わったというだけなのだ。」
この静止観測点と化した「スピリット」で計画されている観測としては、火星の自転速度の変化を精密に観測することにより、火星内部のコア(核)についての情報を得るというものがあります。このためには、「スピリット」が発する電波を精密に何ヶ月もモニターする必要があり、その観測結果を使って、数センチ単位で火星の位置(自転)の変化を数センチ単位で観測することが可能になります。
「もし『スピリット』の観測によって、火星の核が固体なのか液体なのかがわかれば、非常に面白いと思う…これまでローバーによって得られた知識とはまるで異なるからだ。」(スクワイヤーズ氏)
また、「スピリット」が装備しているロボットアームによって、ローバ付近の土壌の分析を行うこともできます。土壌は水による影響を受けているかも知れません。また、風の動きや大気観測なども、静止観測点としての「スピリット」が行える観測です。
・NASAのプレスリリース (英語)
  http://www.nasa.gov/home/hqnews/2010/jan/HQ_10-024_Spirit.html
・マーズ・エクスプロレーション・ローバー (月探査情報ステーション)
  http://moon.jaxa.jp/ja/mars/exploration/MER/