この1月4日(日本時間)で、着陸から6年目を迎え、まだ活動を続けているマーズ・エクスプロレーション・ローバー「スピリット」ですが、これからやってくる火星の冬の季節に向けて、いよいよもってその先に不安を抱かせる状況となっています。
「スピリット」が火星に着陸したのは、アメリカ太平洋標準時で2004年1月3日午後8時35分(日本時間で1月4日午後1時35分)でした。双子のローバである「オポチュニティ」はその少し後、同じくアメリカ東部時間で1月24日午後9時5分(日本時間1月25日午後2時5分)に火星に着陸、その後、活動を開始しました。当初想定されていた活動期間は3ヶ月でしたが、すでにその想定されていた活動時期をはるかに超え、間もなく6年目を迎えようとしています。なお、6年は火星年でいうと約3.2火星年となります。
「スピリット」は、もう1台のローバ「オポチュニティ」が火星に湿潤な過去があったことを発見したのとは対照的に、かつて火星が高温多湿で大荒れの環境であった証拠を見いだすなど、2台揃って火星の過去の環境を探り出すことに貢献してきました。
しかし、「スピリット」は砂地にローバーの車輪をとられているだけでなく、その車輪にも不調が発生しており、移動の自由を完全に奪われた状態になっています。さらにこの状態のため、太陽電池パネルを太陽の方に向け、必要な電力を得られない可能性が出てきました。こうなると、火星の寒く厳しい冬を乗り切れなくなるおそれがあります。
「スピリット」の車輪が壊れたのは9ヶ月前、緩く積もった砂の上にある固い地表上を走行しているときでした。この砂地からの脱出を試みたのですが、ローバーはかろうじて少し動かせるという程度でした。さらに、ローバに6つある車輪のうち一部が使えないということで状況はさらに悪化します。2006年以来、ローバの右前部の車輪は機能しなくなっていました。そして、右後部の車輪が約1ヶ月前から動かなくなっています。しかし、驚くべきことにこの動かなくなっていた右前部の車輪が、少しではありますが機能を回復しています。この残った4つ、ないしは5つの車輪で砂地からの脱出を試みているわけですが、最近行った脱出に向けた動作では、かえって砂地に足を取られてさらに深く沈むという結果に終わってしまっています。
「今回ミッションで最も重要なことは、動き続けられるようにすることだ。もし可能ならば。」こう語るのは、このローバー探査の主任責任者であるコーネル大学のスティーブ・スクワイヤーズ氏です。
もし動けないとすれば、次に行うべきことはローバーの方向を少し変えて、「スピリット」が車輪を動かすために必要な発電量を得られるようにすることです。「スピリット」が着陸したのは火星の南半球ですが、現在の季節は秋です。今の時期は十分な日射量が得られていますが、いまの「スピリット」の傾き…南方向に5度…は、太陽が北の空にある冬の空ではよくない事態となります。
もしこの傾きをうまく変えられなかったり、太陽電池パネルの上に降り積もる砂が少なくなるといった幸運が重ならない限り、2010年5月まで、「スピリット」が得られる日射量は減少し続け、5月、あるいはそれ以前であっても動作に必要な発電量が得られなくなるおそれがあります。
ローバの電力に関する技術者であるNASAジェット推進研究所(JPL)のジェニファー・ハーマン氏は、「いまのほこりが降り積もる状況を考えると、水平状態になった太陽電池パネルで、かろうじて火星の冬至までの電力を得ることができると考えられる。」と述べています。
現在探査チームでは、「スピリット」が砂地を脱出できないという事態に備え、例えば北側の砂地を車輪でわざと深く掘ることによってローバの傾きを変えられないか、検討を始めています。2月には、NASAではこの「スピリット」をはじめとした火星探査について、費用対効果がどのくらいあるかを評価した上で、それぞれの探査に予算配分を行う予算査定を実施する予定です。一方で、探査チームでは、「スピリット」がこのまま動かなくても科学的な探査を行えないか検討しています。
「スピリットはここに居続けたとしてもすばらしい科学的成果を出し続けられるだろう。火星の内部構造を研究したり、天候観測を行う、さらに車輪の下にある堆積物の調査だって行える。」と語っているのは、ワシントン大学セントルイス校所属で、ローバーの探査副責任者であるレイ・アービッドソン氏です。
この内部構造探査は、ローバーから発射される電波を使ったもので、この電波が火星の自転によってどう変化するかを捉えることで、火星の内部構造を知るというものです。これは、ローバーが動いていては行えない探査といえます。このような探査で、すでに大きく延長されたマーズ・エクスプロレーション・ローバーの探査に、さらに違う、あるいは新しい科学的な発見がもたらされる期待があります。
「長期にわたる自転方向の変化は、おそらく火星のコア(核)に起因するもので、その直径や密度などを知る手がかりになる。」と述べているのはJPLのウィリアム・フォークナー氏です。彼は現在、「スピリット」が静止観測点として機能する場合に向けた探査計画を練っています。「短期的な(自転方向の)変化であっても、火星のコアが液体なのか固体なのかを知る手がかりになる。」(フォークナー氏)
一方の「オポチュニティ」ですが、こちらは先日、直径が約1キロのクレーター「ビクトリア」の探査を終了し、現在はここから約11キロ離れた別のクレーター「エンデバー」へと向かっています。こちらのクレーターはビクトリアに比べるとはるかに大きく、直径が約22キロもあります。着陸以来の「オポチュニティ」の移動距離はすでに約18キロにも達し、撮影した写真の総数は13万2000点にものぼります。
(注)マーズ・エクスプロレーション・ローバーの2台が、当初予定の3ヶ月をはるかに超えて動き続けることができた理由は、火星の砂にあります。火星大気には、地表から巻き上げられた砂が大量にちりとなって漂っており、これがローバーの太陽電池パネルに降り積もることによって、やがては発電ができなくなり、太陽電池での発電ができなくなる、その所要期間が約3ヶ月と見積もられていたのです。
しかし、実際に火星に行ってみると、太陽電池パネルの上の砂は風で吹き飛ばされる、あるいは朝露により洗い落とされるなどして、想定以上には積もらないことがわかりました。これが、ローバーが6年という長期にわたる行動ができている理由です。
ただ、このように活動するためには、太陽電池が十分な発電量を得られるよう、太陽高度や位置と合わせた調整が必要となります。火星は地球からさらに離れているため、ただでさえ太陽光が少なく、冬の時期は太陽光が非常に少なくなることから、その調整は困難を要します。
今回もし冬の時期を乗り切れるだけの発電量が得られなかった場合、ローバを暖めるだけの電力が得られません。そうなるとローバーは、マイナス50度以下になる火星の冬を乗り切ることができず、機器もろとも凍結して動作不能となることでしょう。
ローバー探査チームの努力に期待したいところです。
・NASAのプレスリリース (英語)
  http://www.nasa.gov/home/hqnews/2009/dec/HQ_09-297_Mars_Rovers_Year6.html

・マーズ・エクスプロレーション・ローバー (月探査情報ステーション)
  http://moon.jaxa.jp/ja/mars/exploration/MER/