JAXAとCNESによるMMX協力関係の署名式。左から在日フランス大使館のポール=ベルトラン・バレッツ公使、左から2番めはCNESのジャン=イヴ・ル・ガル総裁、右から2番めはJAXAの奥村直樹理事長、右は文部科学省、田中正朗研究開発局長。

2017年4月10日、JAXA東京事務所にて、JAXAとCNES(フランス国立宇宙研究センター)による、火星衛星サンプルリターンミッション(MMX)の検討を共同で行うための署名式が執り行われました。

MMXミッションについて説明する川勝康弘准教授

MMXミッションについて、JAXA宇宙科学研究所の川勝康弘准教授より説明。

CNESのMMXスタディマネージャ、パスカール・シャザルノエル博士

来日されたCNESのMMXスタディマネージャ、パスカール・シャザルノエル博士。

 

CNES側提供を検討している、MMX近赤外分光計PIを務めるフランス宇宙天体物理学研究所(IAS)のジャン=ピエール・ビブリング博士

CNES側提供を検討している、MMX近赤外分光計主任研究者(PI)を務めるフランス宇宙天体物理学研究所(IAS)のジャン=ピエール・ビブリング博士。MMXによる火星の衛星探査ミッションへの強い意欲を語った。

 

MMXミッションの理学を担当するJAXA宇宙科学研究所の藤本正樹教授

MMXミッションの理学を担当するJAXA宇宙科学研究所の藤本正樹教授。仏側IASのビブリング博士らとの協力関係を作ってきた。

火星衛星サンプルリターンミッション(MMX)は、火星の衛星「フォボス」または「デイモス」の表面から物質を採取し、地球に持ち帰るという意欲的なミッションです。現在は2014年9月に探査機の打ち上げ、2019年9月に地球帰還を目指して検討が進められています。

JAXAとCNESの協力関係は、次の3つの点に関するものです。

  • フランスによる近赤外分光計(MacrOmega)の開発・提供
  • 火星の衛星に到達するための軌道の検討(フライトダイナミクス)
  • 『はやぶさ2』搭載の『MASCOT』のような小型着陸機の搭載可能性の検討

JAXAの奥村直樹理事長は、MMXのミッションについて「大変挑戦的なミッションで誇り思う」と述べました。来日したCNESのジャン=イヴ・ル・ガル総裁は、旧NASDA(宇宙開発事業団)や水星探査機「ベピ・コロンボ」などこれまでの日本とヨーロッパの協力関係に触れ、「火星は宇宙のパイオニアを引きつけ、どの国も探査に強い意欲を持っている」と日仏協力による火星の衛星探査に期待を示しました。
続く、JAXA宇宙科学研究所の川勝康弘准教授、ミッションの理学を主導する藤本正樹教授らによるミッション説明でMMXの目指す探査について詳細な説明が行われました。

川勝准教授によると、火星は地球型惑星領域のいちばん外側にあり、火星を周回する2つの衛星は火星がなければ小惑星と認識されていたといいます。皆様も火星の外側、木星との間に「小惑星帯」があることはご存知かと思いますが、多くの科学者は、火星の2つの衛星の起源はその小惑星帯ではないかとにらんでいます。2つの衛星は、過去に火星にもっと水や大気があった時代に、太陽系のもっと外側の領域から水を運んできた「カプセル」の名残りではないかというのです。

火星は、地球のような固体の惑星の存在する領域の一番外側の入り口にあり、水が運ばれてきた課程を解明するために重要な惑星です。そして、2つの衛星直径23キロメートルのフォボスと直径12キロメートルのデイモスが火星の衛星となっている理由として、2つ説があります。ひとつは、「捕獲小惑星説」。火星よりももっと遠方にあった小惑星の軌道が何らかの原因で変わり、火星の近辺に来てその重力に捕まって衛星になったというもの。この場合、MMXが衛星のサンプルを取ることで、水輸送カプセルの一部を手に入れることができます。

もうひとつは、「巨大衝突説」。火星で大きな天体の衝突が生じ、バラバラの破片が火星の軌道で集まって衛星になったというものです。この場合、MMXは火星に水を運んできたカプセルの破片や、火星そのものの破片を一緒に入手することができます。

火星の起源に迫るミッションであるだけでなく、地球と火星を往復し、探査機がほかの惑星圏に入って、かつ帰ってくるというミッションは史上初になります。「20g以上のサンプルを取得したい」と川勝准教授は意欲を見せました。

今回の署名式にあたり、フランスからMMX スタディーマネージャとなるCNESのパスカール・シャザルノエル博士と、MMX 近赤外分光計の主任研究者(PI)となるフランス宇宙天体物理学研究所(IAS)ジャン=ピエール・ビブリング博士が来日されました。

CNES側の発表によると、現在は検討段階であるMMXのミッションは、2024年の打ち上げに向けて2017年末までに正式なプロジェクト化を予定しているといいます。これに向けて、シャザルノエル博士のコメントではJAXAとCNES間で2度にあwたる対面ミーティングを行っているといいます。また、CNESの研究部門、トゥルーズ宇宙センターがMMXのフライトダイナミクス関係検討に協力するとのことです。

そして、今回の署名式で強い印象を残したのが、IASのビブリング博士。MMXへの搭載を検討している近赤外分光計を「マクロメガ」(MacrOmega)といいますが、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)の火星探査機「マーズ・エクスプレス」には“OMEGA”という近赤外分光計が搭載されており、過去に火星の表面にあった水の痕跡を留める鉱物の特定にも活躍しています。

OMEGAをさらに小型化したと考えられるマクロメガですが、ビブリング博士によれば「MMXへ搭載されれば、はじめての探査機搭載となる超小型の機器。感度が非常に高く、探査機は火星の衛星に対して低速度で周回するため、感度を10倍~100倍に上げることができる。衛星全体を探査でき、精度は数メートルまで上げることができる。氷や水分を含んだ物質を特定でき、これまでフォボスには観測例がないものの、炭素があればその特定も可能かもしれない」といいます。現在も活躍中のマーズ・エクスプレスで実績を上げた観測機器をさらに高精度化、小型化して搭載できるとすれば、フランス側のMMXへの期待のほどもうかがえるというものです。さらに、マクロメガはMMXが火星の衛星からサンプルを採取するにあたり、高解像度画像を撮影して着陸地点の決定にも利用できる」と重要な役割を担うのではないかとコメントしました。

これまでにない、日本とフランスがが協力するミッションとなりますが、日本はこれまでに火星探査機「のぞみ」で火星の軌道投入に失敗しており、火星に到達できれば日本初のミッションとなります。達成にあたってのハードルについて、川勝准教授は「いくつもの難しいシーケンスが連続している。火星へ行くだけでも、まず衛星とのランデブーがある。火星の軌道に入れるところがまずハードルとなる。成功率は2分の1かもしれない」とその難しさについてコメントしました。

これまでMMXのミッションについて公表された資料によれば、火星の衛星フォボス、またはデイモスは「はやぶさ」が探査を行った小惑星イトカワ(さしわたし545メートル)よりは大きいものの、火星に比べて非常に小さく、衛星の周囲を周回する軌道に入ることは難しいといいます。そのため、MMX探査機は、実際には火星を周回する軌道に入りつつ、衛星の周囲を巡っているように見える「疑似周回軌道」という軌道を組み立てるのだといいます。こうした、これまで例のない軌道を計画することも、MMXミッションの挑戦的な側面なのです。

一方、火星の2つの衛星フォボスとデイモスを目指した探査は、これまであまり例がありません。NASAのマリナー9号、バイキング探査機、ESAのマーズ・エクスプレスなどが火星探査の際に画像撮影などの衛星の探査を行ったほか、直接に火星の衛星を目指した計画として、旧ソ連の「フォボス」計画(「フォボス88」計画と呼ばれることもあります)、「フォボス・グルント」計画がありました。このうち、2011年のフォボス・グルント探査機は打ち上げ失敗により火星へ向かうことができませんでした。実際に衛星までたどり着いたのは、1988年のフォボス計画のみになります。ただ、このフォボス計画では、衛星までたどり着いた時点で交信途絶となり、探査が行えませんでした。

その旧ソ連のフォボス計画ですが、ビブリング博士によると、旧ソ連が主導し、14カ国の国際協力によって行われたフォボス計画は、「2つのミッションを同時進行した探査計画。フォボス1は火星への航行中に失われた。これは計算機の問題によるもので、コマンド送信の問題により探査機の安定性を喪失したと見られている。2機めのフォボス2は1989年に火星の軌道に到達することができた。2か月の運用でき、フォボスへ数メートルにまで接近しデータの送信もできた。だが、フォボスへの観測機器投下のミッションを目前にバッテリー充電に入ってしまった。1989年3月29日、巨大な太陽フレアで発生した高エネルギー粒子のため、搭載コンピュータの機能喪失し、ミッション途中の事故によって失われてしった」と予期せぬ探査中の事故があったといいます。

日仏は過去のこうした困難な経験を経て、火星の衛星探査に挑戦します。現在の検討内容によれば、MMX探査機は2024年9月にH3-24Lロケットで打ち上げられ、往路に約1年、火星圏への到着は2025年8月を検討しています。3年間、火星の周囲で観測を行い、2028年8月には火星を離脱、2019年の9月に地球へ帰還し、火星の衛星のサンプルを届けることを目指しています。もちろん今後変わりうる可能性はあります。

MMXについては、正直世界の関心があまり高いともいえませんが、内容をみると非常に野心的なミッションです。
また、「はやぶさ」や「はやぶさ2」での探査の実績も活かされる一方で、フランスとの国際協力という点でいえば、「はやぶさ2」のローバー、マスコットの例もあります(こちらは正式にはドイツ・フランス共同です)。また、フランスは地球物理学系の探査にも強く、以前月に地震計を搭載した探査機を打ち上げる計画では、フランス(CNES)が開発した地震計を搭載するということも検討されていました。
科学者同士の交流も強く(実際編集長(寺薗)も、特に月の自身関連ではフランスの科学者の皆さんともやり取りをしてきました)、MMXは国際協力としては非常にいいチームになるのではないかと期待されます。

一方で、国際協力は、国をまたぐプロジェクトとなるだけに、お互いの事情などが影響しあってミッションに影を落とすことがあることも指摘しておかなければなりません。ただ、宇宙研はこれまでも科学探査での国際協力を数多く実施してきているだけに、おそらくこういった点をうまく克服し、スケジュール(今回かなり詳細なスケジュールが出ました)通りの打ち上げ、そしてミッションの成功に繋げられるかと思います。
今後、MMXは本格的な開発に入ってくると思いますが、各段階における詳細な情報公開をJAXA、及びCNESにはお願いしたいところです。

【おことわり】火星の衛星について、書籍やメディア報道では「フォボスとダイモス」と書かれているケースが多いかと思いますが、月探査情報ステーションにおいては、衛星名称の慣例を尊重し「フォボスとデイモス」と表記しております。