火星への「片道切符での」有人飛行を目指すというプロジェクト「マーズ・ワン」ですが、その実現性にさらに疑問符がつくニュースが入ってきました。そもそもの火星到着を予定していた2026年から到着予定が5年遅れとなり、2031年になるという発表があったとのことです。phys.orgやMarsdaily.comなどが伝えています。

マーズ・ワン計画における火星居住イメージ

マーズ・ワン計画における火星表面での居住イメージ (© Mars One Project)

マーズ・ワン計画は、イギリスとオランダにまたがる団体が進める有人火星飛行プロジェクトです(実際には、イギリスの実施企業とオランダの財団が連携して進めています)。その大きな特徴は「片道切符の旅」であることにあります。
つまり、マーズ・ワンにおける火星飛行では、人間は火星に行ったまま帰ってこないことになります。火星に到着した選ばれた人たちは、そこに居住し、自給自足(もちろんそれしかできませんが)して生活し、火星表面で一生を終えることになります。
ほかのすべての火星有人探査・飛行計画が火星に行って帰ってくる(普通はそれが当然ですが)を目指しているのに対し、マーズ・ワンの特徴はすべてこの「火星片道切符の旅」であることに尽きます。

マーズ・ワンは、その飛行がある種「死を前提とした旅」(地球には帰って来られませんし、火星表面で天寿を全うできる保証はありません)であることから、倫理的な面での批判が数多くあります(私=編集長自身もそのような点からこのミッションには批判的です)。
さらに問題なのは、この計画を支える財政面の問題です。そもそも、片道で人間を飛行させるのは、技術的な問題や財政的な問題もあって「片道なら技術的にも成り立つし、経済的にも安く済む」という発想から来ているわけですが、それでももちろん莫大な費用が必要です。ところが、マーズ・ワン財団は、この莫大な費用の捻出方法として、例えば飛行メンバーの選出過程をリアリティ番組として放映し、その放映権料でまかなう、といった現実離れしたアイディアを出しています。とてもこれでは火星有人飛行のための(片道であろうと)資金をまかなえるとは思えず、実際にマーズ・ワンの選考に応募した人からも「詐欺である」という言葉まで使った批判の声が出る始末です。
それでも、世界140カ国から約20万人がこの計画に応募、現在はその中から100人を選考したところです。なおその中には日本人も含まれています。

ただ、今回の新たな話により、逆にマーズ・ワンが「まだ生き延びていた」ことがわかったという皮肉な結果になったことも事実です。

今回マーズ・ワン財団が明らかにした今後のスケジュールは、以下のような形になります。なお、このスケジュールが、「現下の財政的な状況に即して」(プレスリリース原語では”adjusted to its new financial strategy”)となっている点に留意しておく必要があります。

  • 2017年…現在100人にまで絞りこまれている最終選考者について、飛行に即した形の4人からなる3〜4のグループにまで(つまり、十数人に)さらに絞り込む作業を行う。また、新たな募集を実施する。
  • 2022年…無人実証機を火星へ送り込む。無人実証機は、NASAが2007年に打ち上げた着陸機「フェニックス」と同じプラットホームを使用し、同じ製作企業(ロッキード・マーチン)に委託する。
  • 2024年…火星周回通信衛星打ち上げ
  • 2026年…火星基地設営地点に設定された場所にローバーを送り込む
  • 2029年…火星基地設営に必要なハードウェア、及び2機目のローバーを送り込む。2機のローバーは基地設営作業を実施する。生命維持システムの整備、水製造装置の整備を実施。
  • 2031年…最初のメンバーが火星へと向かう。4人のクルーで7ヶ月間の飛行を予定。
  • 2032年…最初のメンバーが火星着陸。次のクルーメンバーのための機器整備。
  • 2034年…次のメンバー(4人のクルー)の火星到着。その次のクルーメンバーのための機器整備。

なお、2022年に打ち上げるとしている無人実証機ですが、こちらもそもそも打ち上げを2018年に予定していたので、これも4年遅れとなります。
こちらについても、もともと打ち上げ実績のあるハードウェアで製造するので開発期間については何とかなるかも知れませんが、そのための資金が果たしてあるのかはわかりません。

あくまで編集長(寺薗)の個人的な意見ですが、マーズ・ワンは、火星有人飛行に対して安全という点を考慮していない点で、その後に続く火星有人飛行に対して悪影響を及ぼすのではないかという懸念を持っています。さらにいえば計画自体も不安定であることは、現時点でも火星有人飛行に悪い印象を与えかねません。
いくら応募者が片道切符の旅であることを承知しているといっても、それが倫理的、あるいは打ち上げ国などの法律に照らして許されることなのかは大きな疑問です。
探査、とりわけ有人探査は「安全に人間を元の場所=地球へ返す」ことが大前提であり、そのために各国の宇宙機関や企業は精力的に技術開発に取り組んでいます。それを無視して「なら片道で」というのはあまりにも安易な考え方にみえるのは私だけでしょうか。その安易さが世界の宇宙開発へ悪影響を及ぼす可能性についても、マーズ・ワン財団は十分に説明責任を果たして欲しいと思います。

そして、このような形で「財政的な問題で」計画が延びたということは、かねてからいわれてきたマーズ・ワンの財政的な問題が改めてクローズアップされたことにほかなりません。すでにクルーを選定し、動き出している計画であるだけに、実施主体のマーズ・ワン財団は財政面の懸念を払拭できる詳細かつ具体的な説明を行うことが必要だと思います。

  • phys.orgの記事