トランプ次期政権始動まであと2週間を切りました。ここのところトランプ氏は「ツイッター攻勢」で自動車業界をきりきりまいさせていたり、政権着任前にもかかわらずもはや世界を支配しているかのような勢いです。
さて、このサイトは月・惑星探査を主題にしていますから、当然トランプ次期政権の月・惑星探査に向けた姿勢を追いかけています。いろいろな記事を総合すると、いまのところトランプ次期政権の宇宙開発の目標は深宇宙(火星より先)にあるようで、そこに新たな目標を打ち立てる可能性が高いということです。また、伝統的に共和党の傾向である「月に戻る」可能性もかなり高いようです。いまオバマ政権が進めている小惑星有人探査が凍結、ないしはキャンセルになるか可能性も否定できません。

とはいっても、トランプ次期政権の宇宙政策がなかなか読めないということも確かです。そのような中で、ジしっかりとトランプ次期政権の宇宙政策を見守っていく必要がある」ということになります。・アトランティック誌に掲載されたデビッド・ブラウン氏の記事「Trump Might Be Thinking About a Moon Base」(トランプ次期政権は月面基地について考えているかも)を少しご紹介しましょう。ちなみに副題は「Here’s why that’s a bad idea.」(なぜそれが悪い考えなのかを示そう)ということで、その点も気をつけてみていくことが必要です。

まず記事の冒頭で、ブラウン氏は歴史家のダグラス・ブリンクリー氏の話を引用しています。トランプ氏がNASAにどのような姿勢を見せていたのか、ということでいえば、彼は「正直いってNASAは素晴らしい」「しかし、問題もあり、それを直すことが必要だ」というところにあるとみています。
また、トランプ氏のアドバイザーを務めるギングリッジ元下院議長が長年月面基地賛成派だったことも影響していると述べています。現時点でのNASAの政権移行チームメンバーの中には月面基地支持派も入っているとのことです。

ブラウン氏は、月面基地の「意義」について、月の資源が重要との認識を示しています。とりわけ彼が注目するのはヘリウム3です。月面には110万トンのヘリウム3が眠っており、これによる核融合発電を使えば、たった40トンでアメリカの年間の総発電量をまかなえる(言い方を変えれば、アメリカの総発電量を27500年まかなえる)とのことです。ただし気をつけなければならないのは、ヘリウム3を利用した核融合技術はまだ実用化されていないということです。核融合技術もまだ人類は手にしているとはいえず、実験段階に過ぎません。現在実用化されようとしている核融合技術では、ヘリウム3を利用した核融合は温度が非常に高く(10億度)、現在の技術ではとても実用になりません。
また記事では、月面が天体観測などのプラットホームとしても使用できる可能性も指摘しています。

さて、「エクスプロア・マーズ」という、火星有人探査を推進する非営利団体の創設者兼CEOのクリス・カーベリー氏は、月面基地を作ることによって火星有人探査に遅れが生じるのではないかと懸念しているということです。月には水などの資源が少ないのに対し、火星には二酸化炭素も酸素も水も窒素もある、つまり、「月には基地を作れるが、火星は植民地化できる」という点をもっと考えるべきだと述べています。
一方で火星探査については議会があまり乗り気ではないことをカーベリー氏は指摘しています(編集長からするとそうは思えないのですが、火星探査推進の団体からみればそうなのでしょう)。さらに宇宙開発企業も火星探査については消極的と述べています(これまた、編集長からすればスペースXの例などもあるのでそうとも思えないのですが、カーベリー氏はスペースXも消極的な側に入れています)。

さて、ブラウン氏は、いま月に最も熱心なのはヨーロッパであり、その代表がヨーロッパ宇宙機関(ESA)の代表、ヤン・ベーナー氏だと述べています。ベーナー氏は月面基地構想を熱心に推進しており、国際宇宙ステーションのあとの国際プロジェクトを月に設定したいようですが、現時点では予算不足のようです。
予算を満たすためにはNASAと組む必要が(多分)あるが、NASAはどちらかというと火星に熱心。その間でやはり争いがあると、ブラウン氏は述べています。

さて、月面基地を作るにはどのくらいの規模の予算が必要になるでしょうか。この点について、アメリカ惑星協会のキャシー・ドレイナー氏は、おそらくはアポロ計画(もちろん、現時点の予算規模に換算して)並の予算が必要になると述べています。つまり、国際協力で行わない限り、月面基地は建てられないということです。
一方、アメリカの現時点での有人探査計画では、月面基地は特に入っていませんが、「地球-月軌道」は依然として重要な目標です。オバマ政権が実現に熱心な小惑星探査プログラム「小惑星イニシアチブ」では、小惑星から持ち帰った岩を地球-月軌道付近まで持ち帰り、そこに有人宇宙船を打ち上げ探査するという構想になっています。
最近ではこの有人小惑星探査プログラム(ARM)は、火星探査に向けたテストとしても位置づけられています。

一方、カーベリー氏は、アポロ計画はどのように宇宙計画を立ててはいけないかの見本であり、長期的な目標の欠如こそが、アポロ計画の最大の問題だったと述べています。つまり、アポロ計画の基本的な目標はソ連に勝つことであり、ひとたびそれが達成されてしまうと、アポロ計画の存在意義は急速に失われていきました。長期にわたって持続可能な目標を掲げなければ、月面基地構築への世論の支持は得られない、というのがカーベリー氏の意見です。編集長もこの点は非常に重要かと思っています。
上記のように、「火星探査の前哨基地」として月を設定したとしても、世論の関心がそこで止まってしまえば月基地より先に進むことはない、ということになるのです。つまり、長期にわたる目標をどう設定し、どう持続させるかが重要だというのです。

では、次期政権はどのように将来的な宇宙計画を考えるでしょうか。NASAの現状をみる限り、月と火星両方に行く予算はありません。ブラウン氏は、国際宇宙ステーションの教訓として、例えば月面基地や火星植民地のような「建造物」を作ること自体は「安上がり」であるが、それを維持し、運用していくコストこそが膨大であるという点を指摘しています。例えばNASAの予算の20パーセントが国際宇宙ステーションの維持・管理に使われています。月面基地を作ればおそらく同じことが起こり、その維持費のために将来的な火星探査の予算がなくなってしまう可能性をブラウン氏は指摘しています。
ドレイナー氏は、その将来的な目標を「月火星か」だと述べています。「月、そして火星」ではないということです。月に行ったあと火星に行くのであれば、月面基地を放棄してしまうオプションも考えねばならないということでしょう。つまり、火星を重視するのであれば、月面基地というアイディアは一時的なものに過ぎず、そこに投資をするということは将来的な運用コストなども含めて火星探査の障害になる、という考え方のようです。

私(編集長)自身は記事を読んで、確かになるほどと思える面はありました。とりわけ、月面基地についての維持・管理といった側面は忘れられやすく、そのための費用を工面することを最初から考えなければ、アポロ計画のような「いっときの花火」で終わってしまうということも十分に考えなければなりません。
一方で、トランプ次期政権は、有人火星探査よりもさらに遠く、深宇宙(おそらくは木星または土星の衛星)への有人探査を打ち出す、という情報もあります。そうしますと、月面基地で言ってきたことが、今度は火星基地でも起きることになります。逆に、国際宇宙ステーションのあとの月面基地という構想で、月面基地構築後国際宇宙ステーションは放棄されるかどうかといわれると、私としては怪しいと思います。いまの国際宇宙ステーションは放棄されるかも知れませんが、必ずまた同じようなものは作るでしょうし、そうなれば維持費はかかります。

結局、人類の宇宙進出には少なからずコストがかかるわけで、そのコストをアメリカ一国が負担するのか、全世界で負担するのか、全世界で負担するならどのような枠組みで負担するのか、といった点を議論していくことが重要でしょう。ただ、それを、どちらかというと「内向き」のトランプ次期政権が主導できるかといえば、私としては否定的です。さらにいえばそこで日本が議論の主導権をとれれば非常に面白いと思うのですが、これもまたあまり期待できないかも知れません。

このように、トランプ次期政権がどのような宇宙政策、とりわけアメリカが堅持している究極の目標「有人火星探査」についてどのような形での反応を示すのかが興味深いところです。また、月に戻るのかどうかという点についても今後、政権移行チーム、さらに体制が一新されるであろうNASAなどでも議論が進んでいくことでしょう。ただ、現在はさらにここに、民間宇宙企業という新たなプレーヤーも入ってきます。それが議論をさらに複雑にしていくことになるでしょう。
こうして、結論は毎回似てしまうのですが、「しっかりとトランプ次期政権の宇宙政策を見守っていく必要がある」ということになります。