大変興味深いニュースが入ってきました。NASAが計画している次期月着陸機「リソースプロスペクター」(RPM: Resource Prospector Mission)の製造を、台湾の研究所に委託したということです。ちょっと古いですが、7月19日付の台北タイムズが報じています。

RPMは、NASAが月の極地域(おそらくは南極地域)に着陸させ、月の資源、とりわけ水の存在を直に確認しようとするミッションです。当初は2019年打ち上げとされていましたが、現在では2020年前半になりそうです。
さて、このミッションについて、このほど台湾に本拠を置く中山科学研究院(Chungsan Institute of Science and Technology)が製造を受託したとのことです。
中山科学研究院が製造委託されたのは、RPMの着陸機、ローバーとのことです。もちろん、台湾にとってははじめてのNASAとの共同プロジェクトであり、また月・惑星探査機の製造もはじめてのこととなります。

中山科学研究院の国際プロジェクト局長である韓國璋氏は、「台湾は電子部品や宇宙機の補助装置などについては製造の実績があるが、衛星そのものの製造となるとはじめての経験となる。したがって、これまで宇宙機製造に関しては経験が非常に少ない。NASAのリソースプロスペクターの製造の請負により、台湾は世界的な航空宇宙産業のサプライチェーンに乗るための切符を得たことになる。」とその意義を語っています。
なお、製造請負費は約15億台湾ドル(約4億6840万アメリカドル、日本円にして約48億円)となります。

韓氏はまた、「今回は台湾にとってはじめての月着陸ミッションとなる。月着陸機は軌道の修正や姿勢・速度の制御、目標地点に正確に着陸させる技術など様々な要素が必要となる。その全てが難しい要求である。」と述べています。また、過酷な月、あるいは月面環境で耐えられる部品を調達し、試験することも必要となります。

過去、中山科学研究院は、国際宇宙ステーション(ISS)で使用するアルファ磁場スペクトロメーターの製造を行ったことがあります。この装置は、宇宙船を調べることで反物質の痕跡を探ることが目的でした。装置自体は1トンもある大きなものです(ISSですから1トンくらいあっても「どうということはない」ということは確かですが)。2011年の設置以来、トラブルなく稼働し続けています。

「本研究院の宇宙用コンピューターは、NASAがこれまでに調達したものの中でもっとも信頼性が高いものであり、NASAが(月探査を目指している)韓国ではなく、台湾を製造先に選んだのもそのような理由があるのではないか。」(韓氏)

なお、RPMの実機は2018年には完成し、その後アメリカに引き渡されたあと各種試験を実施し、2020年代前半の打ち上げを目指す模様です。

さて、このニュースの大変興味深いところは、まずNASAが探査機をまるごと発注するという異例の手段に出たということです。
ただ、このような方式はここのところいろいろな探査でも行われています。例えばJAXAでも、小型の地球観測系探査機をベンチャー企業のアクセルスペースへ全面委託するという話があります。発注側としては、仮に共同で開発する形を取らなかったとしても、仕様がきっちりと満たされていれば問題はないという考え方ができますし、受注側としても、共同開発で発生する煩わしいインターフェースの問題(例えば、両者の間で情報をやりとりするために余計な時間が必要になったり、人員をそのために割かれたりすることで、開発に時間がかかったり、コストを押し上げたりする)を避けることができます。今後、月・惑星探査機のような、これまでは特殊なものと考えられてきた探査機についても、このような形で全面外注により製造されてくることが増えてくるのではないでしょうか。

もう1つ、これはより日本に関係したことですが、今回の外注先に台湾が選ばれたというのは非常に興味深く、また日本にとってショックだということです。
以前(2015年6月)、月探査情報ステーショブログにおいて、「日本、2020年代初頭にも月南極への着陸探査を実行か」という記事を書きました。実はこのとき、この着陸機はRPMであり、日本もそれに協力する(共同開発する)という情報が入っていたのですが、私の方でその情報が確実なのかどうかという検証ができず、その点を記事にすることを見送ったという経緯があります。
日本としては、おそらくスリム(SLIM)を2019年に打ち上げたあと、日本・アメリカ共同での月着陸機をRPMとして打ち上げる、という計画を持っていたのかもしれません。本来スリムは2018年打ち上げでしたから、2020年頃にRPMが打ち上げられる予定であれば日本に委託してもよかったはずです。

RPMの開発元に日本ではなく台湾が選ばれた理由について、この新聞記事では読み取れないのですが、このあたり、日本がもう少し月探査に力を入れ、かつ継続的な月探査(例えばセレーネ(SELENE)後継機としてのセレーネB/セレーネ2計画)を着実に実行していれば、高度な技術力と経験で契約を勝ち取れた可能性もあったのではないかと考えられます。
もともとセレーネB/セレーネ2が遅れたのは「予算がない」という理由でしたが、もし上記のような事情があるのであれば、予算がないため開発が遅れてしまったため、開発案件を取り逃がすという本末転倒のような事態になっていたともいえるでしょう。それが事実かどうかはわかりませんが、日本としては「取れる案件をとれなかった」ということをもう少し真剣に受け止めるべきではないでしょうか。

さらに、その先にあるのは「月探査機が次第にコモディティ(一般品)化している」という事実です。
台湾はこれまで自国製の月・惑星探査機を打ち上げたことがありません。にもかかわらずNASAが発注したということは、その技術に関する信頼性を見込んだということでもあり、一方では未経験であっても十分に作れると考えたということになります。
政治的な理由で中国に委託できないとしても、未経験の国が月探査機を作るということは、月探査機がそれだけ、技術的に一定の能力がある国であればどこででも作れる存在になってきていることを示すものだといえます。
例えば、来年が期限となっている月着陸レース「グーグル・ルナーXプライズ」は、民間企業が月探査機を開発し、打ち上げ、月面にローバーを走らせるというものです。ここで培われた技術や開発ノウハウは今後、その会社の資産となり、将来的にその会社が月着陸機の製作を受託するということも大いに考えられます。
また、このグーグル・ルナーXプライズにも参加しているアメリカのベンチャー企業ムーン・エクスプレスが先日、アメリカ政府から月探査の許可を受けたという記事を本ブログでも配信しましたが、月着陸に関してはもう民間企業が技術競争力を競う領域に入ってきている、ということが今回の記事でも裏付けられたことになります。
この時点で、日本が2019年に打ち上げるとされるスリム計画の意義はどのように位置づけられるのか、JAXAとしてももう一度真剣に考えていくことが必要でしょう。と同時に、あまりにも歩みが遅すぎた月探査の流れを反省し、日本として月探査をどのように捉えていくべきか、急ぎ再考していくことが必要ではないでしょうか。その結論が「JAXA抜きでの月探査」ということになったとしても。