ボーイングというと飛行機の製造会社というイメージが強いと思いますが、実は宇宙分野でも非常に多くの実績を持っています。そのボーイング社から興味深い発表がありました。
ボーイング社は3日、月・火星などの深宇宙有人探査に向けた有人探査機及びその輸送システムのコンセプトを発表しました。

地球−月間の軌道上にある「ディープ・スペース・ゲートウェイ」の想像図

ボーイングが構想する「ディープ・スペース・ゲートウェイ」の想像図。地球−月間の軌道(この図では月の近辺)に宇宙飛行士が居住できるような宇宙ステーションを設置する。ここへの往復は太陽電気推進を利用した宇宙船を使用する予定。(© Boeing)

基本的には、この構想は現在NASAが検討中の「宇宙輸送システム」(SLS: Space Launch System)の発展版ということが可能でしょう。SLSでは将来、人間を月、さらには火星にまで送ることを目標としていますが、これに使うことを目的としているようです。
ボーイングのリリースでは、将来的に設けられる地球−月軌道間の基地まで、現在開発中の太陽電気推進システムで進む有人宇宙船で飛行、そこから、月面基地へ向かうということです。この「地球−月軌道間の基地」をボーイングは「ディープ・スペース・ゲートウェイ」(日本語では「深宇宙探査口」と訳せばいいでしょうか)と呼んでいます。

ボーイング社宇宙探査部門のグローバル・セールス&マーケティング部長のピート・マクグラス氏によると、SLSは有人探査機(オライオン)と無人の貨物輸送機を同時に打ち上げる能力があるため、4回の打ち上げでこの「ディープ・スペース・ゲートウェイ」を2020年初頭には完成させることができると述べています。

さらに、このディープ・スペース・ゲートウェイは有人火星探査にも応用可能で、現在国際宇宙ステーションに用いられているのと同じようなドッキングシステムを利用することで、火星周辺まで有人輸送が可能とのことです。一度火星上空に到達すれば、そこから着陸船を下ろし、火星へと人間を向かわせることができるというわけです。

火星へと向かう有人宇宙船の想像図

ボーイング社が構想する「ディープ・スペース・ゲートウェイ」を利用し、火星へと向かう有人宇宙船の想像図 (© Boeing)

なお、この宇宙船も太陽推進システムを利用するほか、宇宙飛行士が火星への長期間の飛行を過ごす、そして放射線などから防御するだけの装備を備えているということです。

興味深いのは、このリリースの中に「太陽推進システム」(SEP)という言葉が何度も出てくることです。このシステムですが、実際のところ大元を手繰っていきますと、あの「小惑星イニシアチブ」にたどり着きます。2013年にオバマ政権が発表した、小惑星に関する包括的な探査フレームワークです。
小惑星イニシアチブの売りは、「アーム」と呼ばれる、小惑星の表面から岩を持ち帰るサンプルリターン計画にあります。ところがこのアーム計画、NASAの次年度予算で承認されない見通しであるなど、ここのところ旗色がよくありません。ことによると、小惑星イニシアチブ自体が破綻する可能性も指摘され始めています。

一方、トランプ政権、すなわち共和党政権になって移行、徐々にですが月への回帰という流れもみえてきています。まだ政権がそのようなことを明言しているわけではないですが、伝統的に共和党が月回帰の傾向が強い党であることからみても、そういう方向性は自然かといえるでしょう。
そこで、小惑星イニシアチブ、さらにいえばアーム計画で残された「遺産」である太陽推進システムを活かし、かつトランプ政権が掲げる「かも知れない」月探査構想へも対応するべく、ある意味観測気球のような構想として上げたのが、この「ディープ・スペース・ゲートウェイ」なのではないかと編集長(寺薗)は睨んでいます。

すでにスペースXが2018年の月周回有人飛行を明言するなど、アメリカの民間企業の進出領域は、これまでの低軌道領域(国際宇宙ステーションなどが飛行する高度数百キロメートルの領域)から、地球−月軌道系、さらには月周辺にまで広がりつつあります。このような点をにらんで、将来的な「国策」の月飛行への布石、さらには民間宇宙飛行(ボーイングも自前の有人宇宙船「CST-100」の開発を進めています)の両方に対応できる構想が、このディープ・スペース・ゲートウェイではないかと思われます。
一方で、トランプ政権の動き、とりわけ宇宙分野への動きはまだ一向にみえてきません。果たしてアメリカがどのような宇宙政策を取っていくのか、今後も見守る必要があるでしょう。

  • ボーイングのプレスリリース