NASAが進める小惑星探査フレームワーク「小惑星イニシアチブ」、その中の大きな柱として位置づけられている、小惑星捕獲・回収・有人探査計画(アーム…ARM: Asteorid Redirect Mission)が、アメリカ2017年度予算が確定していないことにより数ヶ月程度の遅れを生じる可能性があるとのことです。アメリカのスペース・ニューズ(SPACENEWS)が報じています。

小惑星表面で岩をつかむアーム探査機

小惑星表面で岩をつかみ、サンプル回収を試みるアーム探査機の想像図 (Photo: NASA)

アームは、小惑星イニシアチブの中核をなすものです。まず無人探査機が地球周辺の小惑星(地球近傍小惑星)に飛行、大きさ数メートルサイズの岩石を採取します。その後、小惑星の軌道を変える実験を行ったあと、岩を抱えたまま地球-月付近の軌道(月遷移軌道)へ移動します。この段階で地球から有人宇宙船(おそらくはオライオン宇宙船)を打ち上げ、月遷移軌道上でドッキングし、小惑星(の岩)を調べ、一部は持ち帰るという計画です。
もともとは小惑星をまるごと(!)持ち帰ろうという野心的な計画だったのですが、それですと技術的に非常に難しく、また予算もかかることもあり、現在ではこのような形に落ち着いています。
それでも当初予定より進行が遅れているようで、議会ではARM計画について懐疑的な意見もあるということは以前お伝えした通りです。

11日、アリゾナ州ツーソンで開催されたNASAの小天体アセスメントグループ(SBAG: Small Bodies Assessment Group)の会議ではこのスケジュールについて話し合われた模様です。

ARMのプログラムディレクターのミシェル・ゲイツ氏は、NASAがARM探査機の主要部分であるロボット部分について、当初予定されていた3月から5月に契約を延期したと述べています。同様に、搭載機器の開発についても、それを選定するグループの立ち上げを4月から6月に延期したとのことです。
ゲイツ氏によれば、この遅れは2017年10月のNASA予算の継続決議に基づくものです。この「継続決議」(CR: Continuing Resolution)とは、いってみれば「暫定予算」ともいえるべきもので、歳出のための法案が可決されていない場合にとりあえず前年度と同じ形での支出を可能にする、というものです。ゲイツ氏はこれが4月28日まで続くとし、それより先に重要な決定を延期しなければならないと述べています。
今回のスケジュール修正により、主要部分の契約などは、ARMに対しての予算が正式に確保される段階か、あるいは継続決議がより延長されて、曲がりなりにも予算が確保できるようになってからでないと本格的な開発段階に入れないことが明らかになりました。
ただし、ARM全体スケジュールへの影響は大きくはなく、予定している2021年の打ち上げに向けて支障はないとのことです。

また、ゲイツ氏はこの件に関連して、ARM計画が今後どうなるかについては言及していません。上でも述べたように議会での懐疑論もありますし、産業界もARMが将来キャンセルされるのではないかという見方を徐々に強めているようです。さらに、まもなく就任するトランプ次期政権下で、この計画が継続されるのかどうかも不透明です。そもそも共和党は伝統的に月回帰の傾向がありますし、トランプ次期政権がアメリカの宇宙開発についてどのような施策を持っているのか、今はまだはっきりとはしていません。多くのアメリカの宇宙関係者はいわば様子見をしているという状況で、それがまた不安感を煽る元になっているようです。

また、この記事ではヨーロッパの小惑星サンプルリターン計画AIM(Asteroid Impact Missionのことを指しています)についても触れられています。上記のツーソンの会議ではこのことが話題になりました。ヨーロッパでも予算がヨーロッパ宇宙機関(ESA)から十分に得られないため、全体的に縮小させる方向で計画を練り直すことが明らかになりました。12月にスイスで開催された説明会で、計画に対して十分な予算を支出するということにならなかったようです。
ESAのAIMのマネージャーのイアン・カーネリ氏は、2019年の打ち上げに向けての開発費用として最低1億500万ユーロ(日本円にして約128億円)の費用が必要と説明したのですが、会議で得られた額はその3分の2に当たる7000万ユーロ(日本円で約85億円)だったそうです。
予算が削減された理由としては、国際宇宙ステーション(ISS)の資金拠出が必要になったことが挙げられているそうです。2024年までISSを維持するための予算のために、AIMがいわば「犠牲」になった形です。

AIMはヨーロッパが打ち上げる小惑星探査計画です。行き先は小惑星ディディモス(Didymos)で、2020年に打ち上げられる予定です。小惑星の詳細な観測に加え、NASAが開発した装置である二重小惑星軌道変更テスト(DART: Double Asteroid Redirection Test)で小惑星の軌道変更実験を実施します。いってみればヨーロッパ版のARMともいえなくもありません。
ただ、予算が減ってしまっては別のことを考える必要があります。カーネリ氏は、AIMの計画縮小版を現在検討しているとのことで、その名前は…AIMlight(「エイムライト」)と呼ばれています(なんかビールみたいですが)。現在計画されているAIMの半分の重量の探査機を想定していて、当然のことながらより小型のロケットで打ち上げる、あるいは別のロケット打ち上げへの相乗りの形での打ち上げを考えているようです。しかし、軽くしなければならないということで、エイムライトでは機器はカメラたった1つだけになる可能性があります。さらに小惑星における観測期間も短縮されるとカーネリ氏は述べています。
AIMが全体構想実現のためには2億5000万ユーロ(日本円で約305億円)必要とされるのに対し、エイムライトでは1億5000万ユーロ(日本円で約183億円)にとどまるとのことです。確保できた予算よりもう少し費用が必要ではありますが、不可能な額ではないと思います。
カーネリ氏は、エイムライトについては6月までにミッション案を提出できると述べています。

このように、ヨーロッパとアメリカの小惑星探査計画がどちらも非常に不透明な状況に置かれているというのは、私たち日本にとっても決して望ましいことではありません。ただ、ARMについては次期政権発足後の宇宙政策なども見極める必要がありますし、議会内の動向にも振り回される可能性がありますから(共和党が多数を占める議会での宇宙政策の扱われ方にも気をつけなければいけません)、しばらくはミッションが不安定な状態に置かれる可能性が出てきそうです。
そして、ARMがもし「キャンセル」という最悪の事態になった場合、それを柱の1つとしている小惑星イニシアチブ自体にも大きな変更が及ぶ可能性があります。
思えば、ここのところアメリカの宇宙計画は、政権が変わるたびに大きな変更を余儀なくされてきました。ブッシュ(子)政権が打ち上げた「新宇宙政策」(VSE)、そしてそれを具現化した「コンステレーション計画」は、予算の肥大化やスケジュール遅延などによってオバマ政権下でキャンセルされました。そしてオバマ政権で新たに打ち出されたのが、小惑星有人探査ミッションとしての「小惑星イニシアチブ」だったのです。
コンステレーション計画も小惑星イニシアチブも、アメリカ宇宙開発の究極の目標である火星探査に向けた計画です。ただ、コンステレーション計画が月を経由して火星に向かうという形なのに対し、小惑星イニシアチブは小惑星を有人火星探査のテスト場所にするという考え方にしています。
このように、政権が変わるごとにミッションが揺れているアメリカの宇宙政策、とりわけ大型の月・惑星探査計画が、次期トランプ政権下でまた変更ということになる可能性もありますが、このようなことの繰り返しは結局はミッションに投資する資源の無駄につながる恐れがあるのではないかという危惧を私(編集長)は持っています。そして、将来的には他国、とりわけ中国の宇宙開発における優位、あるいはリードを許す可能性もあります。

トランプ氏の大統領就任まであと1週間。混沌とした状況の中で、いま私たちができることは、情報をしっかりと集めること、そして月・惑星探査推進の声を上げることのようです。