宇宙線というのは、宇宙空間や太陽から降ってくる、高いエネルギーを持った粒子(陽子やヘリウムの原子核など)です。
地球では、宇宙線は地球の磁場や大気に遮られるため、地上まで届くことはほとんどありませんが、月では大気がないため、宇宙線がたくさん飛び込んできます。

今のところ、宇宙線が体に悪い影響を及ぼしたという報告はありません。しかし、宇宙線が人間の体の中に入ると、ちょうど放射線を浴びたような形になり、遺伝子などに悪い影響を与えることが心配されます。
そのため、宇宙船が月の周りでどのくらいの量飛んでいるかを調べることは、将来、人間が長期にわたって月の表面で生活するために欠かせないデータです。

宇宙線など、いわゆる放射線が人間に与える影響を表わす単位として、Sv(シーベルト)というものがあります。これは、放射線がどのくらい人間に吸収されるかを、放射線の種類ごとに表わした上で、それを合計したものと考えて下さい。
まず、日常生活を送る上でどのくらいの放射線を浴びているかをみてみることにします。

地上で受ける放射線 0.35mSv/年
岩石から受ける放射線 0.40mSv/年
食物から受ける放射線 0.35mSv/年
空気中のラドンなどから   1.3mSv/年

(mSvはミリシーベルト。1000mSv=1Sv)

では、宇宙における平均的な放射線の量ですが、

地球周辺の軌道
(スペースシャトルが飛ぶような高さ=300キロくらい)
  45〜360mSv/年
100〜500mSv/年
火星   70〜300mSv/年

月の表面で1年間に受ける宇宙線(放射線)の量は、地上の300〜1400倍にも達することがわかります。
こう聞くとたいへん恐ろしいように感じますが、NASAが定めている安全性のガイドラインでは、一生に浴びる放射線の量が4Sv (4000mSv)を超えないようにすることになっています。これを単純に当てはめますと、人生を80年とすれば、1年間に50mSv以上の放射線を浴びないようにすれば大丈夫ということになります。
この量は、月面では1ヶ月〜半年くらい、何も対策をせずに宇宙線(放射線)を浴び続ける場合になります。

大量の宇宙線(放射線)が人体に有害なことは間違いありませんので、何らかの対策をとる必要があります。次のような対策が考えられています。

○ 滞在期間を短くする
長くいればいただけ宇宙線を浴びることになりますから、滞在期間をなるべく短くするように、宇宙飛行士の滞在スケジュールを上手に組むことが必要です。

○ 太陽フレアの時期の飛行を避ける
太陽フレアとは、太陽活動が盛んな時期に、太陽の表面で起こる爆発現象のことです。これが起こると、大量の粒子(通常の100〜10000倍)が降り注ぐことになります。時間は数分から長くても数日と短いのですが、量がものすごいため、影響が大きいことになります。
太陽活動が盛んな時期にはなるべく宇宙飛行を避け、もしそれができないようであれば、フレアが発生したらなるべく早く、宇宙線からの遮蔽が効いた部屋(あとで触れますが、月の表面なら地下深く)へ逃れるようにすることも対策になるでしょう。

○ 遮蔽材を使う
宇宙線(放射線)をさえぎる物質のことを、「遮蔽材」(しゃへいざい)といいます。このような物質を使えば、宇宙船から身を守ることができます。
この遮蔽材としてもっとも手軽で効果的なものは、月の砂です。月の砂を5メートルの厚さで積み重ねれば、地球の大気とほぼ同じ程度の遮蔽効果が期待できます。
ですから、月面基地などは地下に作るか、上に砂をかなりの程度盛り上げるようにすれば、宇宙線の影響をかなりの程度防ぐことができます。また、このような厚い砂の防護壁は、隕石などからも身を守る効果があります。
砂を盛り上げることができない場合には、なるべく厚くて密度が高い遮蔽材を設けることが必要です。宇宙船などでは、例えば人間がいる場所(居住区)の周りに、貨物や食料、燃料などを配置して、それを遮蔽材として使うようにすることができます。

今のところ、人間に対して宇宙線がどのような影響を与えるか、といったことについては、十分なデータがありません。また、月の周辺の宇宙線がどのくらいあるかということについても、詳しいデータはあまり得られていません。
「かぐや」では、このような月の環境を調べるための装置として、プラズマ観測機器や粒子線計測器などが搭載されました。また、ルナー・リコネサンス・オービターでは、放射線影響測定用宇宙望遠鏡という装置が搭載されています。この中には、人体の組織を模したプラスチック片が搭載されており、放射線の影響をより詳細に調べることができるようになっています。
今後、人間が長い間月面に滞在するようになるためには、宇宙線の人間への影響を詳細に調べることが必要になるでしょう。


■参考資料

  • 「宇宙開発、21世紀の将来像」宇宙開発事業団(1993)

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