■NASAの新たな小惑星探査は、次世代を切り開く重要なステップ
これまで小惑星にはあまり乗り気ではなかったようにみえるNASAが、本格的に小惑星探査に乗り出します。そして、それは世界をリードするような、有人小惑星探査となります。
2013年、NASAは新しい小惑星探査計画「小惑星イニシアチブ」を発表しました。発表の際に、小惑星を捕獲、持ち帰るという計画が派手に報道されたため、小惑星イニシアチブはそのような目的であると考える人が多いようですが、実際はこのあとに述べるようにもっと広範囲にわたっており、さらにNASAの宇宙計画の重要なステップともなっています。
現在、アメリカの宇宙計画における究極の目標は、人間を火星に飛行させること(有人火星探査)で、その実現は2030年代なかばとされています。2000年代に発表された「コンステレーション計画」では、まず月面基地を構築、宇宙飛行士の輸送を行い、この月面基地を利用して有人火星探査を実施する計画でした。しかし、コンステレーション計画は次々に問題が発生し、2009年、オバマ政権下でこの計画は正式に中止されました。
一方、究極の目標としての有人火星探査はそのまま残り、現時点での宇宙開発と有人火星探査をつなげるミッションが必要になってしまいました。この大きなステップとして浮上してきたのが、小惑星イニシアチブなのです。
小惑星イニシアチブでは、小惑星に宇宙飛行士を送り込むという(小惑星有人探査)世界ではじめての挑戦を行う一方で、地球に近づく小惑星の監視をも実施し、世界の安全・安心・安定にも役立つ宇宙探査を実施しようとしています。
しかも小惑星イニシアチブは、NASAだけではなく、企業、大学、研究機関、さらにはアマチュア天文家など一般の人たちの協力をも得る非常に幅広い計画となっています。まさにアメリカの総力をあげて進めるこの計画は、アメリカが火星に向けて、月ではなく小惑星をステップとして進めることを意味しています。そしてそれはアメリカの宇宙開発の再生、世界最先端の座の維持を視野に入れた、まさしく宇宙開発における主導権(イニシアチブ)をとるための計画でもあるのです。

■小惑星の一部を捕獲し、世界初の小惑星有人探査を目指す「アーム計画」
小惑星イニシアチブは、大きく分けて2つの計画からなります。小惑星の一部を捕獲・移送して地球近傍で有人探査を行う計画「アーム」(ARM: Asteroid Redirect Mission)と、「小惑星グランドチャレンジ」と名付けられている、地球に危険をもたらす小惑星を発見・監視する計画です。
アーム計画では、まず小惑星に無人の探査機を送り込み、小惑星の表面からサンプルを採取します。サンプルは、表面の大きさ数メートルサイズの岩が想定されています。ロボットアームで岩をつかんだあとは、小惑星の軌道を変えるための実験を実施したあと、地球と月との間(月遷移軌道)へとサンプルを持ってきます。
この段階で、地球から宇宙飛行士を乗せたNASAの新世代有人宇宙船(オライオン宇宙船)が発射され、小惑星の岩を抱えた無人宇宙船とドッキング、現地調査やサンプル回収などを行ったあと、地球へ帰還するというシナリオです。
当初は先頭に袋状の構造物を装着した無人宇宙船が大きさ数十メートルクラスの小惑星をまるごと包み込んだ上で軌道から離し、月遷移軌道に持ってくるというシナリオでした。しかし、技術的な問題点などからこのシナリオは放棄され、現在ではより「穏やかな」内容となっています。
有人探査と無人探査を組み合わせ、大胆な「小惑星捕獲と有人探査との組み合わせ」という計画は、発表時点で世界中から大きな注目を集めました。ただ、現時点ではまだ技術的には完全ではなく、NASAはこの計画の実現に向けて、産業界や学術界、さらには広く一般からもアイディアを求め、有用な探査方法を練る予定にしています。
計画では、この小惑星捕獲・有人探査は早ければ無人探査機を2017年に打ち上げ、有人探査は2022年に実行する計画とされていますが、計画は遅れており、現時点でのめどは全く立っていません。

■小惑星監視を産学官、国際的な枠組みで行う「小惑星グランドチャレンジ」
一方、小惑星グランドチャレンジは、何らかの探査計画ではなく、小惑星、とりわけ地球に近いところに軌道を持つ小惑星「地球近傍小惑星」を監視する計画です。
地球近傍小惑星は、地球に衝突し巨大な被害をもたらす危険性があることが以前から指摘されてきました。小惑星グランドチャレンジでは、この地球近傍小惑星のうち、地球に危害を加える可能性がある小惑星(PHA: Potentially Hazarous Asteroids)についての監視を軸とします。
これらの小惑星をまず監視し、その軌道を常にモニターします。この監視はNASAだけではなく、大学や研究機関、さらにはアマチュア天文家の協力も得て、広いスケールで実施されます。国際的な協力関係も念頭に置いているようです。これにより、PHAをなるべく早く発見し、軌道を確定、逐一監視していくことを計画しています。
もちろん、この監視の過程では、小惑星捕獲計画の目標に適するような小惑星を発見することもできるでしょう。そういった意味で、小惑星グランドチャレンジは、小惑星捕獲計画とも密接に関連しています。
その先の段階としては、発見したPHAの危険を取り除くことも考えられています。例えば、小惑星の軌道を変更し、地球に衝突しないようにするということです。実はこのような技術は、アーム計画で使われる技術とも関連しています。上でも述べましたが、小惑星グランドチャレンジは、監視を主とするものの、アーム探査とも密接につながっていて、相互に助けあいながら進められていく計画となっています。
さらにこの2つの計画に関連する形で、既存の小惑星探査計画もつながりが出てきています。とりわけ、地球近傍小惑星からサンプルを持ち帰る計画であるオサイレス・レックスは、この計画に重要な役割を果たすものとして再定義され、期待されています。
現在、小惑星グランドチャレンジについては、小惑星の地球衝突への危険についての啓発活動に重点が置かれています。

■将来の有人火星探査にもつながる、NASAの重要計画
小惑星イニシアチブは、このように、いろいろな計画の要素が絡みあう、あるいは要素を絡み合わせることで、相互の進展を促し、ひいては技術的に大きな進歩を得ることを狙っています。
また、現在のアメリカの宇宙計画では民間部門の力が日に日に強まっていますが、小惑星イニシアチブではこういった民間部門(宇宙産業)の力も十分に取り入れ、その技術発展を促すと共に、得られた技術を企業にフィードバックすることで、その企業の技術をも進めていくという、いわば「相互に利益を得られる関係」(ウィン・ウィンの関係)を築くことを目指しています。これは、過去の月・惑星探査計画にみられなかった大きな特徴です。
とりわけアメリカでは、すでに小惑星の資源探査を行う専業企業が2社も設立されており、また小惑星をはじめとする天体の資源に興味を抱く企業も少なくありません。こういった企業にとっては、小惑星イニシアチブによって得られた技術的、科学的な成果はそのまま企業活動にフィードバックできます。一方で、資源開発のために企業が開発した(しようとしている)技術…例えば、小惑星の軌道変更、資源があるかどうかを探査するための遠隔探査(リモートセンシング)技術などは、そのまま小惑星イニシアチブにも応用できます。
さらにNASAにとっては、小惑星の有人探査を実施することで、究極の目標である有人火星探査に必要な基礎的な技術を得ることができます。確かに、地球近傍の軌道に比べて火星は非常に遠く、日数などの観点からは大きな違いがあります。しかし、現在開発されているオライオン宇宙船、さらにはそれを打ち上げるためのSLS(宇宙輸送システム)という打ち上げロケットシステムの開発などの目標点となるだけでなく、その技術を十分に試し、有人火星探査に向けて改良を加えるというのにもいい機会といえます。
このように、小惑星イニシアチブは、絶妙なタイミングで絶妙に練り上げられたプログラムであり、アメリカの宇宙開発での優位をひき続き保とうというアメリカの強い意志の現れであるといえるのです。

しかし一方で、計画を疑問視する声があることも確かです。中止となったコンステレーション計画と同様、小惑星イニシアチブ、とりわけアーム計画については計画の遅れや予算超過が目立ってきています。科学者や技術者の中にも、計画の実現性について疑問視する声があることは確かです。
さらに、この計画が本当に将来の有人火星探査計画に寄与するのかどうかについても、科学者や技術者の間では意見が分かれており、最終的な意思決定を行うアメリカ政府の中でも否定的な意見がみられます。
このため、例えば大統領選挙による大統領交代などの重要時期に計画の見直しが行われる可能性も否定できません。計画の進捗については注意してみていくことが必要でしょう。