火星を周回して探査を続けているマーズ・リコネサンス・オービター(MRO)のデータを解析した結果、火星の暖かい時期に、火星表面に水が流れた跡が存在することが発見されました。
火星表面の斜面の中には、指のようにみえる地形が春の終わりから夏にかけてみえることがあります。この地形は冬になると消え、次の春になるとまた現れます。この定期的に現れる地形を、火星南半球の急斜面のいくつかで繰り返し観測を行いました。
MRO搭載の高解像度撮像装置(HiRISE=ハイライズ)の主席科学者であるアリゾナ大学のアルフレッド・マキューエン氏は、この現象を説明できるもっとも有力な説は、これが水(塩水…かん水)が流れた跡と解釈することであると述べており、この説に基づいた論文が、今週木曜日(4日)発売の科学雑誌「サイエンス」で発表される予定です。
観測される地形の特徴はまだ科学者の間でも議論が続いているところではありますが、塩水が流れた跡とする説が、他の仮説よりもよりよく地形の特徴を説明できるようです。塩水であるというのは、塩分が含まれることにより、水が凍る温度が下がる(つまり、火星の低温環境下でも、液体として流れることができる)からです。
地球の塩分ほどの海水濃度であれば、このような地形が観測された場所の温度条件下では、例え純粋な(塩分を含まない)水では凍ってしまうような温度であっても、十分に液体の形態を保って流れることが可能です。
MRO計画の科学者であるJPLのリチャード・ズーレック氏は、「今回みつかった暗い直線状の地形は、火星の斜面にみられる他の地形とは明らかに特徴が異なる。何回もの観測により、おそらく暖かい時期にはこの流体が丘の下まで流れ下っただろうということが明らかになった。」と述べています。
この地形は幅0.5〜5メートルと極めて小規模なもので、長さも数百メートルと、それほど大きな地形ではありません。過去、火星探査機はいろいろな流水地形(水が流れた地形)を発見してきましたが、それに比べてもはるかに小規模なものです。しかし、今回みつかったような小規模流水地形は、場所によっては1000以上存在します。さらに、これまでみつかった流水地形(Guille、ガリー)が北側の斜面で発見されていることが多いのに対し、今回の地形は、南向きの斜面で多くみつかっています。
下の写真は、ニュートンクレーターにみられる地形です。

ニュートンクレーターの小規模流水地形

下は、ホロウィッツクレーターの流水地形です。

ホロウィッツクレーターの流水地形

下の図は、火星表面で、今回のような流水地形がみつかった場所を示しています。下の部分の色分けは、2001マーズ・オデッセイの探査により、地下に水がある可能性の高さを示しています。青い部分ほど地下に水が多い(つまり、高緯度地域ほど水が地下に豊富に存在する)ことを、オレンジになるほど水が少ないことを示しています。白い四角は、地下にあった氷が露出しているのが発見されたクレーターです。赤い四角は、2001マーズ・オデッセイの観測による、塩化物の存在が示唆される場所。そして青い四角が、今回の流水地形発見場所となります。

小規模流水地形がみつかった場所

画像を見ると、水は春の終わり頃から秋の初め頃にかけて、この南向きの斜面を流れ下り、その際に岩だけの斜面を流れることでより長く、また黒っぽくなるようです。この地形の季節性や緯度分布、そして明るさの変化からみて、何らかの揮発性物質が関わっていることは間違いないのですが、それが何であるかを直接知るという手段はいまのところありません。
二酸化探査の霜(いわゆる「ドライアイス」)が溶けて流れるには、この環境では暖かすぎますし、場所によっては純粋な(塩分を含まない)水にとっては寒すぎてしまいます。そこで、塩水によって融点(溶ける温度)が下がった水が流れ下ったという説が有力になってきます。火星の多くの場所には塩が存在し、かつて火星には塩水が豊富に存在したと考えられています。今回の発見は、時期と場所は限られるにしても、そのような塩水の流水がいまの火星環境でも起きていることを示しているといえます。
今回、流水がみつかった場所をMRO搭載の小型観測撮像スペクトロメーターで観測したところ、水の存在は確認できませんでした。おそらく、この地形はあっという間に乾いてしまうのか、流れている場所が浅い地下の部分であるということが考えられます。
「流れている部分は、液体だから暗いというわけではない。おそらく他の原因であろう」とマキューエン氏は述べています。水の流れによって表面の粒度などが変わることがその原因ではないかと考えられます。温度が下がると表面がなぜ明るくなるのか、その理由はまだはっきりとはわかっていません。
「その点はまだミステリーではあるが、これからのMROによる観測、そして地球上での実験によって、必ず解決できると信じている。」(マキューエン氏)
今回の発見は、もっとも最近、火星の表面に流れた液体の発見ということになります。しかし、火星の中〜高緯度地域の多くの場所には、表面近くの地下に水の存在が確認されています。つい最近できたと思われる流水地形(ガリー)は、この地形ができたのが地質学的な時間スケールではつい最近であることを示しており、おそらくは水の作用がその成因ではないかと考えられます。塩水の跡と思われる痕跡が、先頃探査を行っていたフェニックスでもみつかっています。もし、今回発見された流水地形が塩水が流れた跡であると確認できれば、火星ではじめてみつかった液体の水、ということになります。
NASAのチャールズ・ボールデン長官は、「NASAの火星探査は、火星に生命が発生できるのかどうか、という究極の問いへの答えに近づこうとしている。今回の発見は、火星は将来の有人探査の目的地としてふさわしい場所だということが再確認された。」とその発見の意義を強調しています。
(写真はいずれも、(c) NASA/JPL-Caltech/Univ. of Arizona)