昨年10月、月に激突し、その噴煙を探査することで水の痕跡をみつけた月探査機「エルクロス」ですが、この衝突の模様を解析することで、月にこれまで考えられていたよりはるかに多量の水が存在するらしいことがわかってきました。
アポロが持ち帰ってきた月の石を分析した結果では、月の石にはごくわずかな水分しか含まれていない、ということが確かめられていました。このように水(さらには揮発性物質)が少ない原因として考えられたのが、月のでき方です。
46億年前、地球が誕生した直後、原始地球に火星サイズの天体が衝突、その破片が飛び散ったあと、再度まとまってできたのが月だ、というのが、いまのところ月の成因としていちばん科学者から支持されている説でもあります。
この説に沿っていけば、衝突の際に揮発性物質(水も含めて)は大部分飛び散ってしまったので、月にはこういった揮発性の物質はごくわずかしか存在しない、ということも説明できます。
しかし、月の中にはこういった水などの揮発性の物質が存在できる場所があったのです。もっとも有力視されているのは、月の極地域の「永久影」と呼ばれる場所です。
月は地球とは違い、地軸があまり傾いていません。そのため、太陽光は月に対してほぼ真横から当たってきます。従って、極地域ではほぼ「真横」から光が当たることになります。
クレーターの縁のように盛り上がった場所があると、そこで太陽光は遮られてしまい、クレーターの底の部分には、永久に日が当たらない場所ができることになります。これが永久影です。
このような永久影には、月に衝突した彗星に含まれていた水や、太陽風によって送り込まれた水素が化学反応を起こしてできた水分などが集まっていることが考えられます。
昨年10月に行われたNASAのエルクロス探査で、月に実際にどのくらい水が存在するのかどうかが調べられました。この探査は、月に2回にわたって物体を衝突させ、その際に上がる煙を調べることで、その中に水が存在しているかどうかを調べるという、大胆なものでした。詳しくは、記事最後にある、月探査情報ステーションのページをご参照下さい。
このエルクロス探査の主任科学者であるアンソニー・コラプリート氏は、その噴煙の中に多量の「純粋な水」が存在していたことに注目しており、それらの水がどこかから運ばれてきた、あるいは何らかの化学プロセスによって水が大量にできるメカニズムが働いていたと推測しています。さらに、噴煙の中の揮発性物質の量や分布などから、水を含む揮発性物質の起源は様々で、また永久影の中では水の循環が活発に行われていると推測しています。
さて、このエルクロス探査の際にも観測を行ったのが、アメリカの月周回探査機、ルナー・リコネサンス・オービター(LRO)です。なにしろ、エルクロスは月に激突してしまいますから、自身で衝突の煙を撮影することはできません。地上(=地球上)からも観測は行われていましたが、やはりこの衝突のとき、最も近いところで目撃できたのはLROです。
LROには様々な機器が搭載されており、エルクロスの衝突の前から、極地域の詳細な調査を行っていました。月周回レーザ高度計(LOLA)は月極地域の地形を3次元で調べ、極において永久影がどのくらいの地域に存在するのかを調べるのに役立ちました。LROカメラ(LROC)は写真を撮影することで、実際に極地域にどのくらいの影があるのかを知る手がかりを与えてくれました。そして、LOLAによりクレーターの深さを測ることで、噴煙が地球からもみえるかどうか推定することができました。
また、月探査中性子測定装置(LEND)は月表面における水素の分布を調べました。水素は水の構成元素ですから、水素が多い場所は水が多い場所であると推定できます。エルクロスを衝突させる際、その衝突場所の候補地を選び出すのにこのデータが大いに活用されました。
LENDの主任研究者であるロシア・モスクワの宇宙科学研究所のイゴール・ミトロファノフ博士は、今回エルクロスが衝突したカベウスというクレーターは、月のどこよりも水が多い場所で、重量にして4パーセントにもなると語っています。
もともとエルクロスチームは、地球からの見やすさを考えてもっと北側のクレーターを衝突候補地にしていました。しかし、このLENDによる探査の結果、さらにはLROの測定機器の1つである月放射実験測定装置(DLRE)により、このカベウスクレーター周辺の温度が非常に低いこと、LOLAがこのあたりに永久影がある可能性が高いことなどを明らかにしたことで、目標地点を変更することに至ったというわけです。
このDLRE、NASAの記事では機器の最初の英単語をとって”Diviner”と呼ばれていますが、この装置は月表面のいろいろな場所での温度の測定に役立ちました。
その結果、永久影があるとされるクレーターの温度は、予想よりも低いことが明らかになりました。こういう場所では氷は十分安定に存在できますが、さらにそのことは、このような非常に温度の低い場所のまわりに、地表のすぐ下のところで氷が安定に存在する、いわば「永久凍土」のような領域が広がっていることを意味しています。
従って、このDLRE(Diviner)の研究チームでは、極地のクレーターは氷を安定して閉じこめておくのに十分な環境であるばかりではなく、他の揮発性物質、例えば二酸化硫黄や二酸化炭素、ホルムアルデヒドやアンモニア、メタノールや水銀、ナトリウムなども安定して存在できるような環境であるとしています。
UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の大学生でDLREのチームメンバーであるポール・ヘイン氏は、エルクロスが衝突するときに、DLREのデータを地上でチェックしていました。
「衝突から90秒後、DLREが搭載している赤外線領域の7つのチャンネルでデータの上昇がみられました。さらに、太陽光のチャンネルでも熱シグナルを検知しましたが、これは噴煙に太陽光が当たったものと推測されます。2時間後、波長のいちばん長い側の3つのチャンネルで信号が検知され、4時間後には、周辺の温度より高い温度を検知したチャンネルは1つだけでした。」
この測定から、科学者たちは衝突により吹き出した物質の総量についての情報を得ることができ、そして、物質の初期の温度と、噴煙が冷えていく際に氷が果たした役目について推測することができるようになりました。
このように、エルクロスの衝突に際して、LROの観測機器は様々な面でのサポートを行ってきています。
もう1つ、これまで取り上げていなかったLROの装置にライマン−アルファ線マッピング装置(LAMP)がありますが、この装置はガス中の水素分子や一酸化炭素、さらには水銀原子などを検出しています。ほかにも、少量ではありますが、ガス状のカルシウムやマグネシウムなどもみつけています。
LAMPチームは、どのような物質が噴煙の中にみつかるかどうかということについては、アポロで採集された岩石試料からある程度見当をつけていたようですが、水銀を発見したというのは予想外だったようです。
いずれにしても、このLROとエルクロスの探査により、月はこれまで考えられていたより複雑な環境を有することがわかってきました。そのことは、今後の月探査の新たな扉を開く材料になることでしょう。
・NASAの記事 (英語)
  http://www.nasa.gov/mission_pages/LRO/news/lro-lcross-impact.html
・ルナー・リコネサンス・オービター/エルクロス (月探査情報ステーション)
  https://moonstation.jp/ja/history/LRO/