NASAが打ち上げた月探査機、ルナー・リコネサンス・オービター(LRO)が取得した画像を分析した結果、なんと、月が縮んでいることを示す証拠がみつかりました。これは、LROが取得した画像に写っていた崖を調べた結果わかったもので、この月の収縮は局所的というよりは全球的に起きており、地質学的な時間では比較的最近に(そしておそらく今でも)起きている現象とみられます。
皆様ご存じのように、最近の月起源説では、月は地球に小天体がぶつかり、その破片が集まって形成されたと考えられています。
この衝突の過程で、衝突による熱が発生し、誕生したばかりの月は非常に熱かったと考えられています。また、物質に含まれている微量の放射性元素が崩壊と共に熱を出して、それも月を熱くしたと考えられます。
その後、月は冷え、科学者たちは月は割と早い段階(つまり、大昔)に収縮したとは考えていました。ところが、今回の発見は、最近になってもこの収縮活動が続いていたことを示すものだったのです。

タウラス・リトロー地域にあるリー・リンカーン断層

(Photo: NASA/GSFC/ASU/Smithsonian)
上の写真は、アポロ17号の着陸点として知られる、タウラス・リトロー地域です。矢印の地点が、アポロ17号の着陸地点です。
実は、この着陸地点の周囲に、リー・リンカーン断層という断層が走っています。この断層、実はアポロ17号の探査でも調べられており、月で唯一人間が直接調べた断層でもあります。
この断層の形成年代を調べた、スミソニアン航空宇宙博物館研究員のトーマス・ワッターズ博士によると、この断層崖(円形崖。lobate scarp)を調べてみたところ、その形成年代は今から10億年くらい前だったということです。
10億年前といえば、人間の感覚からするととんでもなく前ですが、月の歴史からすれば「つい最近」です。しかも、月が地質学的に静かになったのは大体35億年とされていますから、この10億年というのは非常に新しいということがいえます。
ワッターズ博士によると、この断層の大きさから推定して、約300フィート(約90メートル)月が縮んだと推定しています。
このリー・リンカーン断層は、着陸点の西側にあります。冷えて縮む際に発生した圧縮の力でできたと考えられています。今回、LROのデータから作成したデジタル地形図を利用して解析した結果、この断層が、着陸点の北側にある「北の丘」(North Massif)にまで伸びていて、ここに露出している高地の物質をも切っていることがわかりました。断層は丘を駆け上ったあと方向を変えて、その場所にまるでベンチのような小さな段を作っています。
上の写真で見ると、北の丘から岩が落ちてきて、この段になっている部分にたまっていることがわかります。
こういった、月に発見された断崖はそれほど大きくありません。最大のものでもせいぜい300フィート(約90メートル)くらいで、伸びている距離も数マイル(約10キロ)程度です。しかし大体のものはこれよりもっと短く、高さも数十ヤード(数十メートル)と行ったところです。
研究チームは、この断層が、月にあるもっとも「新しい地形」であると考えています。というのは、今回みつかった断層が、小さなクレーターを横切っているのを発見したからです。下の写真がそれです。
拡大図をよくみると、断層がクレーターの真ん中を走り、そこで白っぽい物質をクレーターの中で持ち上げてるように上に運んでいる様子がわかります。この小さなクレーターの直径は20メートルほどで、拡大写真をみると、クレーターが半分「なくなっている」のがわかります。

断層が小さなクレーターを横切っている写真

(Photo: NASA/GSFC/ASU)
月にはクレーターがたくさんありますが、小さなクレーターは、あとに落ちてくる大きなクレーターに隠されたり、別のクレーターの破片に埋もれるなどして、あまり長い間月面でみられることはありません。そのため、小さなクレーターは、最近になってできたと考えるのが自然です。
さて、このような(新しい)クレーターが断層で切断されているということは、その「新しい」クレーターよりももっと新しく、その断層ができた、ということを意味します。
さらに、この断崖が非常に鮮明で、できてから「そう日が経っていない」というようにみえることも、この断層が比較的(地質学的に)最近に形成されたものであることを示す証拠といえます。
さて、この円形崖はアポロ時代に既に発見されていました。アポロ15,16,17号に搭載された高精度カメラでとらえられていたのです。しかし、アポロ計画では主に赤道地域を中心とした撮像が行われ(着陸地点を調べることが目的であったことと、有人探査のため、軌道がそのような形になっていたことが大きな原因です)、結局のところ、アポロ計画でカバーできたのは月面の20パーセントほどの領域でしかありませんでした。
そのため、研究者たちは、この円形崖が実のところ、赤道地域にだけ存在する、この地域に特殊な地質学的な特徴なのかどうか、ということがわからずにいたわけです。
LROの撮影した画像により、今回新たに14もの崖が発見され、しかもそのうち7つは、緯度60度以上という高緯度地域に存在することが明らかになりました。従って、このようながけは月面全体に存在し、この崖の形成理由の説明として、月が縮んでいるということがいちばん説得力のある理由であると、研究チームでは語っています。
月が縮むにつれて、固い地殻は割れて断層を作り、その割れ目部分でのし上がるようになったと思われます。そのあとが、LROによって今回発見された崖だと思われます。
今回の崖の多くが半円状になっていることから、崖に「円形崖」がついているわけですが、なぜこのような形になるのか、今のところ科学者の中で明確に理由を指摘している人はいません。ワッター博士によると、おそらくは月の砂(レゴリス)と断層との相互作用が原因だろうとのことです。
このような円形崖は、他の天体にもみつかっています。典型的なのが水星ですが、水星のものはより大規模です。高さは数マイル(数キロ)にも及び、数百マイル(数百〜1000キロ)もの長さにわたって続くものです。
水星にあるこのような大規模な円形崖から、科学者たちは、水星はかつて、中まで完全に溶けていた(形成されたとき)と結論づけました。水星が冷えていくときに全体が縮んで崖を作ったわけで、水星のように他の天体に比べて大きな核(コア)を持っている天体は、この崖の規模がより大きかったのではないかということです。
月は水星に比べ、大きさは3分の1ほどです。ただ、水星に比べ、月の円形崖が小規模なことから、月が冷えて縮んだ割合は水星に比べれば小さかったのではないかと、科学者はみています。
また、円形崖が比較的最近(10億年前)にできていることから、この冷却は割と最近になって起きていると科学者たちは考えています。アポロ計画により月面に設置された地震計では、月には地震(月震)があることが記録されています。月震の原因としては、隕石の衝突、地球の潮汐力、昼夜の温度差などが原因ですが、その中には、この崖を作るような運動との関係があるものがあるのではないかと、ワッター博士は述べています。研究チームでは、アポロ計画で撮影された写真とLROで撮影された写真とを比べ、この40年ほどの間に月面に変化が起きていないかどうかを調べる計画です。もし例えば新たな崖ができていたとすれば、その冷却過程はいまでも続いているということになります。
地球の潮汐力は、このような崖を作るほど強くはありませんが、ワッター博士によれば、潮汐力は崖の方向に影響を与えているのではないかとみています。研究チームでは、LROに搭載されているカメラにより、今後全球の非常に精密な写真が得られることを期待しています。それにより、月面に新たな崖が発見され、その崖の方向が潮汐力が働く方向と関係しているのではないかということが立証されるかも知れないということです。
この研究結果は、8月20日に発行される科学雑誌「サイエンス」に掲載されています。
・NASAの記事 (英語)
  http://www.nasa.gov/mission_pages/LRO/news/shrinking-moon.html
・ルナー・リコネサンス・オービター/エルクロス
  https://moonstation.jp/ja/history/LRO/