NASAの月探査機、ルナー・リコネサンス・オービター(LRO)の観測により、月の南極地域にあるクレーター内部の表面物質に、22パーセントもの氷が含まれて可能性が高いということがわかりました。この発見を記した論文は、今日(21日木曜日)発売のイギリスの科学雑誌、ネイチャーに発表されます。
今回、かなりの量の水(氷)の存在が発見されたのは、月の南極地域にあるシャックルトン・クレーターです。このクレーターは、アメリカの有人月面探査でもたびたび有人基地設置場所の候補に挙がるクレーターで、これまでも水の存在についての議論が続けられてきました。
今回は、LROに搭載されているレーザー高度計のデータが使用されました。これによると、このシャックルトン・クレーターの底部は、近隣のほかのクレーターに比べて明るく(つまり、光をよく反射する)、このことが氷の存在を裏付けるということです。
このシャックルトン・クレーターは、南極探検家のアーネスト・シャックルトンにちなんで名付けられたもので、その名前から推測される通り、月の南極点の近くにあります。深さは約2キロほど、直径は約20キロほどです。月のクレーターとしては特段に大きいというわけではありません。
月の極地域には、太陽光はほぼ真横(つまり、地面すれすれの低い高度)で射し込みます。クレーターは、たいていその周りに、リム(縁)というやや盛り上がった領域があり、この領域で低い太陽光はさえぎられてしまいます。このため、シャックルトン・クレーターをはじめ、極地域にあるクレーターについては、その内部に光が永遠に射さない領域(永久影領域)があるとされています。
レーザー光は波長に対してかなり短い範囲、つまり表面からはせいぜいマイクロメートル(1マイクロメートルは1000分の1ミリメートル)しか調べることができません。電波とは違って、潜り込むわけではないのです。この論文を作成したチームでは、レーザー光が表面から跳ね返ってくる時間をもとにした地図を作成しました。この地図では、反射されてくる時間が長いほど表面は低い(探査機からの距離が長い)ことになります。
氷の発見以外にも、このようなレーザー光の反射時間を利用して、シャックルトン・クレーター内の地形の様子を調べることができました(もちろん、レーザー高度計の本来の目的はこちらの方です)。その結果、クレーターの内部は比較的変化に乏しく、約30億年前と推定される形成時期から、それほど大きな変化を経験していないということがわかってきました。クレーターの底部にはさらに別の小さなクレーターがいくつか存在していますが、これはシャックルトン・クレーターが形成されたときに同時にできたものと考えられます。
今回の論文の主著者であり、また現在月を周回しているもう1つの探査機、グレイルの主任研究者でもある、マサチューセッツ工科大学のマリア・ズーバー教授は、このシャックルトン・クレーターの底部の様子について、「かなりでこぼこしている。仮にローバーなどで探査する場合には相当大変だろう。」と語っています。
氷があると結論づけたレーザー光での測定の明るさについて、論文の共著者でもある、NASAゴダード宇宙飛行センターのグレゴリー・ノイマン氏は、「この明るさについては2年前の夏から(つまり、LROの探査が始まったときから)謎だった。明るさの分布は私たちが考えていたものとは違っていて、実際のところ、クレーターの中が非常に低温であれば、氷であれ他の揮発性物質であれ、クレーターの中に存在するのは驚くべきことである。」と述べています。
さらにズーバー教授たちのチームは、クレーターの壁が底部よりも明るいということも発見しました。最初はなぜこのようなことになるのか皆目見当もつきませんでした。上でも述べたように、氷で反射率が上がって明るくみえるのであれば、氷が存在する場所として、クレーターの底部がいちばん可能性が高いからです。壁には日が当たるかも知れませんから、表面に含まれている氷は蒸発してしまい、明るくなる原因としては考えにくいということになります。
そこでこのチームが考えた原因は、なんと月の地震、「月震」でした。月で時折起こるこの月震により、表面のより暗い物質はクレーターの中へと崩れ落ち、明るい、より「新鮮な」物質が露出するようになると考えたわけです。LROに搭載されている高解像度のカメラがシャックルトン・クレーターの底部や壁面を撮影した画像により、この考え方が裏付けられたと、このチームでは論文の中で結論づけています。
なお、クレーターの明るさについて、ズーバー教授は、他にも説明はあり得るとし、「例えば、壁に沿ってより時代の新しい物質が露出しているというようなことも考えられる。」としています。
【編集長注】シャックルトン・クレーターは、以前から永久影の存在が指摘されており、月に水が存在するという可能性が高まった1990年代後半以降、たびたび探査の対象となってきました。
アメリカの探査チームは、シャックルトン・クレーター内には氷が存在している可能性が高いと考えているケースが多く、今回の論文もその方向性に沿った内容となっています。
一方、日本の月探査衛星「かぐや」により得られたデータをもとに、JAXA宇宙科学研究所の春山純一博士などが分析した結果では、シャックルトン・クレーターを撮影した「かぐや」地形カメラのデータでは目立った氷などの兆候は見当たらず、氷が存在する可能性は低いとされています。地形カメラが撮影した画像を解析した結果、氷の存在を示すような反射率が高い(明るい)領域がみつからなかった、というのがその理由です。
今回、ズーバー教授たちのチームが、「(最大)22パーセントもの氷が存在する可能性」を指摘していますが、これほど大量の氷というのは、これまでの「かぐや」をはじめ、ルナー・プロスペクターや、LROと同時に打ち上げられたエルクロスでの水の探査結果ともかけ離れた数字です(ルナー・プロスペクターにしてもエルクロスにしても、重量比で最大数パーセントという推定となっています)。
今後、この論文をもとにより詳細なデータを詰めていく必要がありますが、編集長(寺薗)としては、今回のズーバー教授らの論文をもとに、一足飛びに「月に氷が存在した」と断定するのではなく、他の探査データや、LROの観測データのさらなる分析を通して、シャックルトン・クレーターを中心とする月のクレーターにおける氷の存在についての研究を進めていく必要があると考えられます。
もちろん、「かぐや」のデータもこれに大いに貢献するでしょう。また、氷存在や、挙動のメカニズムに関する理論的な研究も必要になると考えられます。
氷の存在は、有人月面基地をどこに設置するかという議論でも大切なものになりますが、実際の氷の量を考えると、それを溶かしてすぐに使用できるかどうかというのは私は疑問であると考えています。極地域への基地の設置は、永久影領域と対をなす永久日照領域(ずっと日が射すということで、太陽電池による発電がずっと行える)の存在を中心として、アクセス性や科学的な観点などから選定を進めるべきと考えます。
・NASAのプレスリリース (英語)
  http://www.nasa.gov/home/hqnews/2012/jun/HQ_12-208_LRO_Ice_Moon_Crater.html
・ルナー・リコネサンス・オービター/エルクロス (月探査情報ステーション)
  https://moonstation.jp/ja/history/LRO/
・「かぐや」地形カメラでシャックルトンクレータ底部表面に水氷の不存在証明。 「サイエンス」誌 (JAXA宇宙科学研究所トピックス、2008年10月23日)
  http://www.isas.jaxa.jp/j/topics/topics/2008/1024.shtml