探査機がいくらいいデータをとってきたとしても、それを地球に送れない、としたらほとんど意味がありません。そして、探査機は私たちの想像を超えた遠くにいます。月までは38万キロ、火星までは1〜3億キロ。これだけ遠くからやってくる電波を正確に捉え、データとして復号(電波から信号を取り出すこと)するためには、高度な技術が必要です。
現在月の周りを周りながら、探査準備を行っているアメリカの月探査、ルナー・リコネサンス・オービター(LRO)にも、当然同じ問題があるわけで、技術者たちは限界を乗り越えるべく、努力を続けています。
LROは、13インチ(約33センチ)の長さを持つ、「進行波管増幅器」(Travelling Wave Tube Amplifier)という装置を装備しており、これによって、38万キロ離れた月からも、驚くほど大量のデータを送ることができるようになっています。この装置は、NASAでははじめて、Kバンドを利用する高速送信です。
このLROが送るデータ量はなんと1日461ギガバイトというすさまじい量に達します。転送速度は100Mbpsと、日本の家庭に入っている光ファイバーとほぼ同等のレベルでのデータ送信スピードを実現しています。
この増幅器を設計したのは、アメリカ・オハイオ州クリーブランドにある L-3 電気通信技術 (L-3 Communications Electron Techonologies) という会社で、開発はNASAグレン研究センターの技術者の指導の下に行われました。この装置は、電波増幅には真空管を使っていますが、真空管はトランジスターなど半導体の増幅器に比べ、大きなパワーでの電波増幅を行うためにはより適した装置です。
科学が取得した科学データは、Kaバンドの電波に乗せられ、地球上、アメリカ・ニューメキシコ州ホワイトサンズ試験場にあるアンテナに送られます。このデータを使って、科学者が月の3次元地図を組み立てるわけです。
「私たちが送るデータはこれまでよりも大量で、スピードが速く、ほとんどリアルタイムといってよい。」と語るのは、グレン宇宙センターの研究主任のトッド・ピーターソン氏です。
この進行波増幅器は、これまでの深宇宙探査、例えば、ケプラーやカッシーニなどでも使われてきましたが、当時のものはパワーが弱かったのです。グレン宇宙センターの電子光学装置部門に所属するライニー・シモンズ氏によると、このため、増幅装置の内部回路を再設計する必要があったそうです。
「月周辺からデータを送るのに必要な周波数と送信出力を得るため、カスタムデザインの送信機を手作りで作ることになった。」
もう1つ、LROの進行波増幅器については、その効率性も重要なポイントです。これまでの探査機に搭載されていた増幅器よりも軽量であるため、価格が安く、打ち上げに際しても重量というインパクトを与えないというメリットがあります。
一方、重量を減らすことは強度の問題を起こす可能性があります。このため、打ち上げ前には、探査機が受ける振動や真空、宇宙の電磁気環境に耐えられるかどうかを試すためのテストも実施されました。
LROが月軌道に投入されるときには、ピーターソン氏、シモンズ氏、そしてグレン研究センターの技術者たちが固唾をのんで見守りました。もちろん、LROが月軌道に入るということは、アメリカにとって新たな月探査の1ページを刻むことになるわけですが、彼らにとっては、この新しい増幅器が正常に動作する、ということも重要なポイントではありました。
将来的には、通信衛星を使うことで、海上を航行する船や飛行機などとの通信環境を改善することも期待できます。それだけではなく、例えば将来的には、地球を周回する衛星からリアルタイムでの通信が行えるようになるでしょう。そうすれば、例えば群れで移動する動物たちを追跡したり、絶滅の危機に瀕している動物たちのモニタリング、氷山の移動の追跡、火山の噴火や森林火災の監視など、様々な用途が考えられます。もちろん、気候モニタリングもできるでしょう。
シモンズ氏によれば、こういったリアルタイムモニタリングによって、私たちは過酷な災害から生命や財産を守ることができるということです。「テクノロジーは、よりよい世界を築くために使える潜在的な力なのだ。」
・原記事 (NASA) (英語)
  http://www.nasa.gov/mission_pages/LRO/news/LRO_twta.html
・L-3 Communications Electron Technologies (英語)
  http://www.l-3com.com/ETI/
・NASAグレン研究センター (英語)
  http://www.nasa.gov/centers/glenn/home/index.html
・ルナー・リコネサンス・オービター/エルクロス (月探査情報ステーション)
  http://moon.jaxa.jp/ja/topics/LRO/