なんとも物騒な話ですが、どうも本当に起きたようです。
NASAの月・惑星探査を計画・管理しているアメリカ・カリフォルニア州のジェット推進研究所(JPL)は26日、現在月を周回して観測を続けている月探査機「ルナー・リコネサンス・オービター」(LRO)のカメラに、2014年、何らかの小物体がぶつかったことを明らかにしました。なお、現時点でもLROは探査を続けており、探査機の機能に異常はないとのことです。
LROは2009年6月18日に打ち上げられ(日本時間では6月19日)、ほぼ8年経った現在でも観測を続けています。搭載されたカメラは、月面をなんと50センチメートルという超高精度で捉えることができ(日本の月探査機「かぐや」の地形カメラは解像度約8メートル、マルチバンドイメージャは10メートル程度)、アポロ着陸点に着陸機などをはじめとする各種残骸があることを捉えるほか、月の様々な地形を捉えるなど、大活躍を続けています。
そんなLROに緊急事態が発生したのは、2014年10月13日のことです。
LROのカメラ(LROC: LROカメラ)は、通常は非常に美しい画像を送信してくるはずなのですが、このときに限り非常にゆがんだ画像が地上に送信されてきました。当然、カメラに何らかの故障が発生したと考えたLROCのチームは、その原因を調べた結果、1つの「衝撃」的な結論に達しました。カメラに何らかの物体(微小天体…平たい言葉でいえば「いん石」が最も近いでしょう)が衝突したことが、その原因だというのです。
このLROCですが、実は2つのカメラで構成されています。1つは一度に非常に広い範囲を捉えることができる「広角カメラ」、もう1つは、解像度を上げる代わり捉えられる範囲が狭い「狭角カメラ」です。今回被害を受けてしまったのはこの狭角カメラの方です。
このカメラは、「プッシュブルーム方式」という形で撮像を行っています。このプッシュブルーム方式というのは、カメラが衛星の動きに合わせ、1本1本のラインを捉えながら撮像していくというやり方です。つまり、一度にある領域の写真をパシャッと撮影するのではなく、まず1本のラインを撮影したら次のラインを、その次を…という形で、最終的に1枚の画像を仕上げていくようなやり方です。衛星の動きに合わせて撮像ができるのでカメラを動かす必要がなく、またセンサーなども軽くできるため、特に地球観測衛星など、非常に高解像度の画像を撮影することが多い人工衛星や探査機などではよく使われるやり方です。
カメラチームは、この影響を受けた写真の調査の際、まず例えば衛星の他の部分、例えば太陽電池パネルや本体、アンテナなどが不自然な動きをした(それに引きずられてカメラが不自然な動作をした)可能性を調べましたが、そのようなことはありませんでした。
また、画像をよく調べてみたところ、軌道をまるでまたぐように画像が歪んでいることがわかりました。上の写真をみてみますと、特に真ん中から少し上のあたりで、画像が横方向に(衛星は写真でいうと上から下へと飛んでいますので、それと垂直な方向に)歪みが発生していることがわかります。さらに、写真の下の方では歪みがほとんどみられず、その歪みの原因が収まっていることが推定されます。
さらに、アリゾナ州立大学の研究者で、LROカメラチームのマーク・ロビンソン氏によると、このとき同時に撮影された広角カメラの画像には、このようなゆがみは生じていなかったということです。つまり、狭角カメラ(のどこか)に微笑天体が衝突して生じた振動で、画像がゆがめられた、と考えるのが自然でしょう。
これが、カメラチームがこの画像の歪みを「微小天体の衝突」と結論づけた理由です。
このような物体が衝突すれば、当然カメラへの影響も心配されます。幸い、打ち上げ前のコンピューター計算などにより、衝突に関しても考慮がなされており、例えば打ち上げの際の強烈な振動にも耐えられるようにカメラが設計されています。今回の衝突はそれよりは小さかったと思われますので(動作中でしたが)、影響はないと考えられます。
では、この衝突した物体はどのくらいの大きさなのでしょうか?
ぶつかったということ自体は探査機にとって非常に困った現象ですが、科学者は「転んでもただでは起きない」性質の人間です。LROのチームでは、このぶつかった物体がどのくらいの大きさなのかを調べることにしました。
まずコンピューターによるモデル計算で、今回のような画像のゆがみがどのくらいの衝突であれば生じるかを計算してみることにしました。その結果、衝突した物体の大きさは直径0.8ミリ程度、砂粒くらいの大きさであることがわかりました。これがおそらくは秒速7キロというかなりの高速でぶつかってきたと考えられています。また密度は、通常のいん石(コンドライトいん石)と同じくらいの、1立方センチメートルあたり2.3g程度と考えられます。
おそらく計算はまず密度と速度を仮定した上で行われたものかと思いますが、これらの値が多少異なったとしても、物体の大きさの推定にそう大きな違いは生じないと思います。
ロビンソン氏は、「今回ぶつかったものの速度は弾丸よりはるかに速いものだった(編集長注: 例えば高速ライフル銃の弾丸の速度は秒速1キロメートル程度です)。今回の場合、カメラはこの高速弾丸(物体)を避けられなかったというよりは、むしろこの高速弾丸の直撃を生き延びた、といった方がよいだろう。」と語っています。
宇宙には多くの小さな物体が飛行しています。それが地球の引力に捉えられ、大気圏に突入し、摩擦などの影響で高熱を発すると、強い光を発し「流星」と呼ばれます。たまにそのような物体が燃え尽きることなく地上まで落下すると「いん石」と呼ばれます。
ですから、物体自体は珍しいことではありません。しかし、それが月の周りを回っている探査機に、しかもカメラ作動中にぶつかるというのは、そう滅多にあることではなさそうです。そこでLROチームは、今度はその衝突がどのくらい珍しいことなのかも調べてみました。
ロビンソン氏によると、実はLROはカメラを常時作動させているわけではなく、周回中約10パーセントの時間しかカメラは動いていないそうです。これは、月面が昼間の時間帯だけ撮像しているということが理由です。ですから、ロビンソン氏によると、このような自体は極めてまれだと結論せざるを得ないとうことです。
秒速7キロの「弾丸」で「撃たれた」にも関わらず、カメラ自体は現在も正常に稼働しています。LRO計画の科学者で、NASAのゴダード宇宙飛行センターに所属するジョン・ケラー氏によると、「今回の衝突以降で、機器に関して特に重大な異常などは発生していない。今回このようなことがあったことを公表するのは、科学者・技術者が、このような事態はむしろ、彼らにとっては、こういう事態において得られたデータをうまく利用するという意味での魅力的な例であるということを示したかったからだ。もちろん、38万キロ彼方にいる探査機にこのような事態が起きるとは全く予想していなかったが。」と述べています。
同じくゴダード宇宙飛行センターの副プロジェクト科学者のノア・ペトロ氏は、このような事態は、LROは常に宇宙における危険と隣り合わせで飛行していることを示すものだと述べた上で、「今後月探査をさらに続けていく上で、得られたデータの裏にこのようなことがあった、ということを思い起こさせるものだ」と述べています。私たちがみている月探査のデータは、このような危険と隣り合わせで得られたものだったのだ、ということをいま一度私たちも思い起こしたいものです。
- JPLの記事
https://moonstation.jp/ja/history/LRO/