日本が打ち上げた「アポロ以来最大」の月探査機「かぐや」のことを、皆様覚えていらっしゃいますでしょうか? すでに打ち上げから10年となっていますが、この「かぐや」のデータは今も分析が続けられており、科学者の間でも非常に貴重なものとされています。
そして、また1つ、「かぐや」のデータを利用した新たな科学的な発見がありました。
大阪大学の寺田健太郎教授を中心としたグループは、「かぐや」が取得したデータを分析し、地球の大気にある酸素が月周辺にまで届いていることを発見しました。月に地球大気からやってきたと思われる成分が発見されたのはこれがはじめてで、地球を取り巻く磁場や太陽風のメカニズムなどの解明につながる成果となることが期待されます。
この成果は、1月31日付で発行された科学雑誌『ネイチャーアストロノミー』(電子版)で発表されました。

月上空を飛行する「かぐや」の想像図

月上空を飛行して観測を行っている「かぐや」の想像図 (© 池下章裕)

2007年9月14日に打ち上げられた「かぐや」は、同年11月よりテスト観測を、12月より本観測を開始し、約1年10ヶ月にわたって科学観測を実施してきました。そして打ち上げから約1年10ヶ月後の2009年6月11日、燃料をほぼ使い果たした「かぐや」は、将来の月探査機の障害になることを避けるなどの理由のため、衝突場所をあらかじめ定めた「制御衝突」を実施し、月面に落下しました。

「かぐや」には14の科学機器が搭載されていました。通常探査機はせいぜい4〜5個の科学機器を搭載するのが普通ですが、「かぐや」は打ち上げ時に大きさが3トンもあるという、まさに「アポロ以来の大型月探査機」でしたので、それくらいの科学機器を収容できる余裕があったのです。
今回の画期的な成果を生み出したのは、この14の機器のうち、プラズマ観測装置(PACE)と呼ばれるものです。

さて、地球には磁場があります。地球の内部、内核というところで金属が流れ、その電流により磁場ができています。
この磁場は本来であれば地球を丸く囲む形をしているのですが、太陽から流れてくる電気を帯びた粒子(荷電粒子)の流れ、つまり「太陽風」によって、ちょうど太陽の反対側に吹き流されるような形をしています。
この吹き流しのようになっているところには、プラズマと呼ばれる、非常に温度の高い粒子(ただ、密度がものすごく薄いので、仮に触れたとしても熱いとは感じないと思います)が集まっている部分があります。この場所のことを「プラズマシート」と呼び、この論文でもキーポイントになっています。

太陽、地球、月とプラズマシートの位置模式図

太陽と地球と月、そして地球磁気圏とプラズマシート、さらには「かぐや」軌道の位置模式図。実際の距離を表したものではないことに注意。太陽から吹いてくる太陽風によって「吹き流された」地球磁気圏は、太陽の反対方向に伸び、その中にプラズマシートが存在する。「かぐや」は月の周りを回りながら、この吹き流された磁気圏、そしてプラズマシートの中を通り、観測を行う。「かぐや」の位置のうち(a)はプラズマシート通過前、(b)はシート内、(c)は通過直後、(d)は磁気圏通過後。(© Osaka Univ.)

さて、研究チームではこの後ろに吹き流された地球磁場の中を「かぐや」が通過するときのデータを調べました。「かぐや」は月の観測もしますが、「月の周辺」の観測もしますので、このように後ろに吹き流された地球磁場の観測も行えるのです。

さて、2008年4月、この吹き流された地球磁場部分(太陽の反対側)を「かぐや」が通過するタイミングに恵まれました。2008年4月20〜21日にこの領域を通過した際のPACEのデータを調べたところ、不思議なことに、このプラズマシートの部分を通るときにだけ、酸素イオン(O+)が検出されることがわかりました。
このときに、エネルギーが高い酸素イオンが検出されたのです。

酸素といえば、地球大気に20パーセントほど存在する、私たちになじみ深い(というよりも、酸素なしでは生きていくことができない)元素でもあります。ただ、酸素原子のごく一部は、地球大気の上層部で太陽風などによっていわば「はがされ」、地球から少しずつ流れ出ていっています。このような酸素原子は、さらに太陽風などの作用によって、原子の周りを回る電子を叩きだされてしまい、イオンとなってしまいます。
プラズマシートの部分で酸素イオンが検出されたとすれば、地球から酸素が流れ出ていると考えるのが自然ですが、酸素の起源はほかにも考えられます。例えば太陽風の中に酸素イオンが含まれている可能性も否定できません。それに、地球から38万キロも離れた月にまで酸素が到達しているでしょうか? 研究チームは、これらの可能性を含め、酸素の起源の調査にかかりました。

まず太陽風が起源である可能性です。太陽風が起源の酸素は、太陽のエネルギーが強大なためか、吹き飛ばされてしまう電子の量も多く、ほとんど電子を吹き飛ばされてしまったような酸素イオン(元素記号で書くとO5+、O6+、O7+、O8+)が一般的です。しかし、今回検出された酸素イオンはO+という、それほど電子を吹き飛ばされていないイオンでした。また、太陽風であれば検出できる、かなり電子を吹き飛ばされた酸素イオンはほとんど検出されませんでした。このことから、今回「かぐや」が検出した酸素イオンが太陽風起源であるということは否定できます。

次の可能性は、やや複雑ですが、太陽風が月面に到達した際、月の表面の物質にぶつかり、2次的に酸素イオンができた可能性です。
しかし、この場合今度は、検出されるエネルギーがかなり低くなければなりません。もし今回発見された酸素イオンが「月面にぶつかった太陽風起源」だとすると、エネルギーが高すぎるのです。エネルギーが高すぎるわけでもなく低すぎるわけでもない、適度に高い酸素イオンは、太陽風起源でも月表面起源でもないということになります。

残った可能性はただ1つ、「地球からやってきた酸素イオンが、はるかに吹き流されて、38万キロ彼方にまで到達していた」というものです。
研究チームではここからさらにもう一歩進んで、面白い可能性を考えました。
月表面の岩石、というより鉱物には、ごくわずかではありますが、その表面に酸素などが付着していることがわかっています。酸素の同位体(原子の中で原子核を構成する粒子のうち、陽子の数は同じだが中性子の数が違う原子。酸素には酸素16といういちばんたくさん存在するものと、中性子が1つ多い酸素17(17O)、2つ多い酸素18(18O)が存在する)の比率の違いを利用して、研究チームは月表面にある酸素の起源を調べられる可能性に注目しました。
これまで、月の表面の酸素は、同位体の比率の違いによって3つに分けられていました。そのうちの1つは太陽風起源であることがすでに明らかになっており、もう1つは月そのものが起源の酸素であることがわかっています。しかし、3つめについてはどこが起源なのかを特定することができていませんでした。
研究グループでは、同位体の比率などからこの「3つめの酸素」が地球のオゾン層起源であることを示しました。

さらに研究グループでは一歩踏み込んで、より興味深い可能性に言及しています。
いうまでもなく、酸素は生物が作り出すものです。地球大気ができたときには酸素はほとんどありませんでしたが、光合成を行う生物が出たことで徐々に増え始め、今から24億年ほど前に酸素の爆発的な増大が起こります。
月に地球起源の酸素があるとすれば、このような24億年前の酸素の爆発的増大をきっかけにしていると考えたほうがよいでしょう。月表面の酸素の存在を詳しく調べることができれば、いつごろからこういった地球の酸素流失が起きたのかを知ることができるようになります。このような酸素流失が起きるとすれば地球磁場と太陽風の相互作用によって起きるわけですから、いつ頃から地球磁場があり、太陽風との相互作用ができたかを知るきっかけになります。いってみれば「地球大気の化石」、あるいは「過去の地球大気の変動の証拠」を月に求めることが可能となるのです。

さらに、今回の話は月にとどまるものではありません。
太陽風などによって、大気が流出するという現象は、大気がある惑星では一般的にみられる現象です。典型的な惑星が火星です。火星のごく薄い大気は太陽風によって剥ぎ取られ、宇宙空間へと逃げていってしまっています。その様子を捉えようとした探査機が日本の火星探査機「のぞみ」であり(結局火星周回軌道には入れませんでしたが)、現在活躍中の「メイバン」(MAVEN)です。
地球の大気が月にまで流れているという現象は、火星で起きてきた、あるいは起きている現象と変わらないものです。そして、火星には磁場がありませんので、地球のように大気をある程度磁場でガードするということができず、より大量の大気が宇宙空間に流れ出ています。火星の大気が地球の100分の1と大変薄いのも、それが原因かもしれないのです。
現在日本では、火星衛星からサンプルを持ち帰る計画「MMX」を検討しています。今回の発見は、「衛星の表面の物質を詳しく調べれば、火星大気の(かつての、あるいは現在の)大気成分を見つけることができるかもしれない」という、より大きな可能性へと繋がるものです。火星直接ではなく火星の衛星からサンプルを持ち帰っても、火星そのものを知ることにつながるというわけですから、これは大きな一歩でしょう。

このように、今回の「地球上の酸素が、月あたりにまで流れ出している」という研究成果は、単にその事実を超え、他の惑星における大気の観測や、地球と太陽と月、あるいは地球と火星とその衛星といった、天体の間での物質の移動ということを知るという点で非常に画期的な成果であるということがいえるでしょう。

「かぐや」の打ち上げから今年で10年。大量のデータを取得した「かぐや」を、多くの人はもう忘れているかもしれません。しかし、得られた科学データが科学者の手にかかるとき、そこには私たちが想像もしなかった、あるいは聞いて「ワクワク」とさせる、驚くべき発見がまだまだ見いだせるのです。
「かぐや」のデータは、私たちにどんな新たな月の姿、あるいは太陽系の姿を、これからも見せてくれるでしょうか。

【寺田先生からのメッセージ】
「お月見」、「かぐや姫」、「潮の満ち引き」など、私たちの暮らしにとても馴染み深い「月」。惑星科学的に見ると、衛星/惑星比の非常に大きい特異な衛星であることがわかっています。このような大きな月が地球の周りを公転することにより、生命を育む地球環境が安定に維持されていることは知られていましたが、そうした生命活動(光合成)で作られた酸素が「地球風」として38万キロ離れた月に到達し、月の表層環境に影響を与えているという知見が得られたことは、我々自身、驚きでした。読者の皆さんが満月を眺めた時、地球の酸素が月に到達しているんだなぁと、「月と地球の営み」に思いを馳せていただけると大変嬉しく思います。

【論文】
Kentaro Terada, Shoichiro Yokota, Yoshifumi Saito, Naritoshi Kitamura, Kazushi Asanuma and Masaki N. Nishino
Biogenic oxygen from Earth transported to the Moon by a wind of magnetospheric ions
Nature Astronomy, 1,0026 (2017)
DOI: 10.1038/s41550-016-0026

【謝辞】
本記事の執筆にあたっては、本論文を執筆された大阪大学の寺田健太郎教授に、情報やメッセージをいただくなど多大なるご支援をいただきました。この場を借りまして感謝を申し上げます。

【おことわり】
本記事は、「かぐや」ミッション終了8周年となる、2017年6月11日に公開いたしました。なお、記事のタイムライン(時系列)の整合性を保つため、ブログ記事としての日付は2017年2月2日となっております。