ちょうど10年前の2007年に打ち上げられた日本の月探査衛星「かぐや」の観測データにより発見された、月の縦穴。「かぐや」の観測データにより、この月の縦穴に続く巨大な地下の空洞が存在する可能性が高いことが発見されました。
縦穴、そして地下の空洞が、今後の月での有人基地の設置場所として、大きな可能性を帯びていることを示す成果でもあります。
この成果は、アメリカの地球惑星科学に関する専門誌であるGRL (Geophysical Research Letters)(日本語に訳すと「地球物理学研究速報誌」でしょうか。我々の世界ではGRLと3文字で略称しているくらいなじみある学会誌です)に発表されます。
メディアでもかなり広く報じられていますが、このブログ記事では、そういった「速報」とは一線を画し、縦穴の発見から意義までをじっくりと解説していきます。

10月18日に行われた記者会見には、論文の筆頭著者である東海大学大学院の修士課程学生の郭哲也さん(JAXA宇宙科学研究所にて研究中)と、彼を指導しているJAXA宇宙科学研究所の春山純一博士(実は、編集長=寺薗は春山さんの3年後輩で、25年ほど前には一緒の研究室でずっと研究をしておりました)が出席しました。以下、そのビデオです。

「かぐや」は数多くの探査機機を搭載していましたが、その中でも非常に優れた性能を持つカメラが活躍しました。カメラは「地形カメラ」「マルチバンドイメージャ」「スペクトルプロファイラ」(厳密にいうとスペクトルプロファイラはカメラではありませんが、マルチバンドイメージャと共に月の物質を探るという意味ではカメラとしていいでしょう)の3つからなり、この3つをまとめて「月撮像装置」(LISM: Lunar Imager/Spectrometer)と名付けられました。今回の成果はこのカメラに加え、もう1つの「かぐや」の機器、レーダサウンダーのデータから得られました。
レーダサウンダーは、地上(月面)に向けて電波を発射し、その反射から、月の表面、さらには地下の様子を知るための装置です。
月の地表、あるいは地下の物質にはほとんど水分が含まれていません。そのため、地球とは違って、電波が地下まで通過するという性質を持っています。この性質を利用し、月の表面に発射した電波がそのまま地下まで通過して、地下の反射層で反射してくることで、地下の様子を事細かに調べようというのが、このレーダサウンダーの目的です。

レーダサウンダーによる「かぐや」観測のイメージ

レーダサウンダーによる「かぐや」観測のイメージ。月の地下の様子を電波で観測することが可能である。(© JAXA/SELENE/Crescent/Akihiro Ikeshita for Kaguya image)

さて、話は「かぐや」運用中の約10年前に遡ります。
「かぐや」の地形カメラのデータを分析していた、LISM及び地形カメラの主任科学者であった春山さんは、ある日、不思議な画像と出くわします。それは、月の表側、「嵐の大洋」の中央部にある、「マリウスの丘」という場所のデータでした。
この地域は、過去に(およそ40億年前に)溶岩流が流れた跡があり、その後が上空からもくっきりとみえる場所として昔から有名でした。
そのマリウスの丘の1枚の画像に、不思議な丸い点が写っていることを春山さんは見逃しませんでした。
この点、一見すると周囲のクレーターと非常に似ていますが、クレーターに比べ、影の部分が非常に黒いのです。

マリウスの丘にある縦穴

マリウスの丘で発見された縦穴。左上の写真は全景で、「Rille A」「Rille B」は溶岩が流れた跡である「リル」と呼ばれる場所を示す。左上の写真の四角い部分を拡大したものが右図。中央に黒い点があることがわかる。周囲のクレーターとも様相が異なる。さらに、異なる時間(異なる太陽光高度)の4つのケースで撮影した写真が下側の4枚。いずれの写真でも黒い部分が残っており、どのような太陽光入射角でも黒い部分が残っていることからクレーターとは明らかに異なることがわかる。(© JAXA/SELENE)

さらにこの黒い「点」は、異なる太陽光高度で撮影された4つの写真でもやはり一様に黒い部分が残っていました。
クレーターであれば、異なる太陽光光度(入射角)で撮影された場合には、そこや縁の部分に光が当たってみえるはずです。このようなみえ方をするということは、ここが穴であるとしか考えられません。
この月の縦穴の発見は、「かぐや」の成果の中でも非常に大きなものでした。

しかし、この縦穴の存在は事前に予想されていました。そしてその成因もある程度見当がついていました。
マリウスの丘周辺は「かつて溶岩が流れた跡が多数存在する」と前に述べました。溶岩が流れたのは地表ばかりではなく、地下を流れたケースがあります。そして、地下を流れた場合、表面が早く冷え固まってしまい、逆に地下の溶岩は保温されてより長い間流れ続けた可能性があります。
しかしやがて溶岩がすべて流れてしまうと、その流れた跡の場所は空洞となってしまいます。そのような場所を「溶岩洞窟」と呼びます。
マリウスの丘でみえていた構造はまさにこの「溶岩洞窟」だったのです。

その後、「かぐや」の地形カメラよりも詳細に月表面を捉えることができるカメラを搭載したアメリカの探査機「ルナー・リコネサンス・オービター」(LRO)でも、より詳しくこの縦穴の姿が捉えられました。
LROのカメラ(LROC)での観測結果から、直径は約50メートル、深さは当初80〜90メートルと考えられましたが、その後50メートルと再評価されました。

縦穴の詳細構造

縦穴の詳細位置と、LROCで撮影された縦穴(右上)、また写真から推定される縦穴の構造図(右下)。縦穴の直径は約50メートル、深さは50メートルほどと推定され、その両側には洞窟が広がっている可能性がある。(© JAXA/SELENE, LROC image: NASA/GSFC/Arizona State University)

この溶岩洞窟は、その後いん石がぶつかる、あるいは自然に崩落するといった過程を経て、陥没する場合があります。そこでみえているのがこの縦穴というわけです。
同じような溶岩洞窟とそれによる穴は、地球上でも比較的あちこちでみることができます。日本でも富士山周辺にいくつか分布しています。
このように、成因ははっきりしていたわけですが、問題は「かぐや」の観測では、地下に本当に巨大な(長い)洞窟が存在しているのかどうかがわからないということでした。画像では「それらしい」といえるのですが、あくまで表面を撮影した画像に過ぎません。地下に巨大な空洞があるという証拠を見つけるためには、地下を直に探る必要がありました。

マリウスの丘の縦穴の場所

マリウスの丘の縦穴の場所。月の表側にはこの他に2箇所、合計3箇所の穴が見つかっている。(© JAXA/SELENE)

そこで出番となったのが、「かぐや」のレーダサウンダーのデータでした。
周回衛星であるにもかかわらず、地下を直接測定することができるという非常に強力な武器を使って、今回このマリウスの丘の縦穴周辺の調査を実施しました。
レーダサウンダーのデータを調べたところ、この縦穴周辺のデータで変わった特徴がみつかりました。
以下、2つのデータを示します。一般的な場所におけるレーダサウンダーの電波反射のデータと、縦穴周辺での電波反射データです。
一般的な電波反射データでは月面での電波反射での強い強度が出ますが、縦穴周辺でのレーダサウンダーの電波反射データでは、月面での反射データに加え、もう1つの強い電波反射があることがわかります。
しかも、その2つのピークの間に急激な電波の減少がみられます。つまり「電波を反射しない領域」が存在することがわかります。
急激な電波の減少は、2つのピークの間に、電波を全く反射しない空間…空間が存在する、つまり空洞が存在することを示唆します。また、2つのピークは、地面の下に何らかの電波を反射する場所、つまり空洞の床からの反射波であることが考えられます。

月面における典型的なレーダサウンダーの電波反射

レーダサウンダーによる典型的な観測データ。縦軸は電波強度、横軸は深さ。赤丸は月面による反射を示す。(© JAXA/SELENE)

縦穴付近の電波反射

縦穴付近におけるレーダサウンダーの電波反射データ。縦軸・横軸は前の図と同じ。赤い丸は月面での反射。その右隣にあるもう1つのピーク(青丸)は地下の空洞の床での電波反射と考えられる。緑丸で示される電波の落ち込みは何もない場所、すなわち空洞を示すと考えられる。(© JAXA/SELENE)

さて、ではこのような、月の地下に空洞を示すような場所はどのように分布しているのでしょうか。
郭さん・春山さんたちのグループは、縦穴周辺のレーダサウンダーのデータを調べ、縦穴周辺に地下からの強い反射があるかどうかをみてみました。その結果が次の図です。
レーダサウンダーは、「かぐや」の進行方向、つまり月の南北方向にしか測ることができません。その線(測線)上のデータを集めたところ、大変興味深いデータの分布がみつかりました。

縦穴周辺でのレーダサウンダーのデータ

縦穴周辺でのレーダサウンダーのデータ。中央上部の黒い丸は縦穴。上下に走る白い線は「かぐや」の軌道(測線)を示す。右側は電波の反射強度を示し、下側(紫色)になるほど強度が強い。軽度は1度あたり約34キロメートル。T1〜T4は、特に電波強度が強い観測結果が集まっている場所。(© JAXA/SELENE)

レーダサウンダーの観測結果から特に強度が強い部分を抜き出してみると、4箇所の領域に分けられます。その場所をとりあえずT1、T2、 T3、 T4と名付けることにしましょう。
T1は縦穴の東約3キロメートルの地点で、このあたりには赤い丸、つまり、かなり強い地下からの反射波がみられる場所がいくつかあります。そこから西側へ進んでいくと、T2、T3そしてT4と、やや電波強度が強い場所が続いているようにみえます。さらにこれらの場所をよくみると、T1からT4にかけて冒頭の画像でみた溶岩流を示す流れ「リル」が存在することがわかります。
つまり、このレーダサウンダーのデータからは、T1からT4にかけて、長さ約50キロメートルの領域の地下に、空洞が存在することが考えられるのです。また、その空洞はかなり空間的な拡がりを持つことも考えられます。

さらに研究チームでは、この結論を確かめるため、月の重力データを利用することにしました。
「かぐや」でも月の重力を詳細に調べてはいますが、それより4年後の2011年に打ち上げられたアメリカの月探査衛星「グレイル」が、さらに詳細に月の重力を調べています。今回はこのデータを活用することにしました。
重力は、非常に単純にいえば、地面より下にあるものすべてによって引っ張られる力ということになります。したがって、もし空洞があれば、その分物質がありませんから、重力はごくわずかであっても小さくなるはずです。グレイルのデータがどうなっているのかを下図に示します。

マリウスの丘の縦穴周辺での重力データ

マリウスの丘の縦穴周辺での、グレイルによる重力探査のデータと、レーダサウンダーによるデータを重ね合わせた図。背後に薄く示されているのが重力データ。赤いところほど質量密度が低く、物質が少ない領域。青いところほど質量密度が多い場所となる。(「かぐや」データ: © JAXA/SELENE、「グレイル」データ: NASA/JPL-Caltech/MIT/GSFC)

図のキャプションにもありますが、上手の背後に示されている分布図が、グレイルによって観測された重力です。
この図では、一般的なイメージとは逆なのですが、赤い部分ほど質量密度が小さく、青いところほど質量密度が大きい場所となります。つまり、背後が赤いところは物質が少なく、青いところは多いと思っていただければ大丈夫です。
注目されるのは、先ほど出てきたT1〜T4地点周辺に、重力の「赤い」、つまり物質が少ない部分が続いていることです。つまりこのあたりは物質密度が低い…地下に空洞があるために密度が軽くなっている…可能性があることを示します。また重力データで物質密度が低い箇所がこれだけ広がっているということは、地下に相当広い空洞が存在する可能性が、重力データからも示されたことになります。

つまり、「かぐや」のデータだけではなく、グレイルという別の探査機によるデータでも、地下に空洞が存在する可能性がぐんと高まったといえるわけです。

このように、地下を直接測定する装置と重力のデータを組み合わせる形で、月の地下構造を明らかにしたというのは世界ではじめての試みです。
そして、これまでは理論的にいわれていた地下の空洞(おそらくは溶岩洞窟)を、はじめて発見したといえるでしょう。

溶岩洞窟は、将来の月面基地の候補地ともされています。
月の地上では、放射線(宇宙線)やいん石などが降り注ぎ、また昼と夜の大きな温度差(月の赤道付近では昼が100度、夜がマイナス100度)を克服するためには月面基地にかなりの工夫が必要となります。
一方、地下であれば放射線やいん石などの影響はかなり緩和されるでしょう。温度については、地下は年中マイナス20度ほどと考えられ、「少し」暖めれば問題ありません。なによりも温度が安定しているという点は、人類の居住に最適といえるでしょう。
ただ、これまでは地下に潜ったとしても、地上…さらにいえば地球や月の他の場所とどのようにして行き来するのかが問題でした。
しかし、縦穴はそれらの問題を解決しました。基地を溶岩チューブ内に設置し、縦穴を通して宇宙船などを出入りさせれば何の問題もありません。
そして、今回発見された地下洞窟は長さ50キロにも及び、また空間的な拡がりを持つ可能性もありますので、多くの人口、あるいは資材を収容するにも十分でしょう。将来の月面基地の候補としてもぐんと可能性が高まってきます。

しかし、繰り返しになりますが、今回の結果はあくまで、リモートから、つまり上空からの探査による結果に過ぎません。本当に洞窟がどうなっているのかを知るためには、最終的には現地に行って調べてくる必要があります。
春山さんをリーダーとして、現在日本の科学者・技術者たちが、そのための計画を検討しています。「うずめ計画」というその計画は、月(そして将来的には火星)に存在する縦穴を調査し、その形状や成因などを詳細に調べることを目的にしています。
この計画が実現すれば、縦穴の正体がよりはっきりすることでしょう。
編集長(寺薗)もこの「うずめ計画」に参加しています。

将来、日本が見つけた縦穴に、日本人が行き、日本の基地ができる。そのような可能性を、今回の発見は秘めているといえるでしょう。
いずれにしても、もっと詳しいデータが欲しくなるのが人情というものです。これからの月探査に大いに期待したいものです。

【おことわり】

  • 今回の記事では、JAXAなどの記事で「縦孔」と書かれている箇所は「縦穴」、「マリウス丘」と書かれている部分は「マリウスの丘」と表記しています。
  • 「かぐや」の観測装置「レーダサウンダー」は、本来記述するのであれば「レーダーサウンダー」となるか「レーダサウンダ」(促音「ー」が両方の単語につくかつかないかが統一される)ですが、「かぐや」の機器名称が「レーダサウンダー」となっているため、このまま記述しています。なお、正確な機器名称は「月レーダサウンダー」(LRS: Lunar Radar Sounder)です。(参考: http://www.kaguya.jaxa.jp/ja/equipment/lrs_j.htm)