アメリカ・テキサス州ザ・ウッドランズで開催されている第43回月惑星科学会議(LPSC)は、19日より開幕し、月・惑星探査の多くの成果の発表が行われています。
19日夕方には、NASAの惑星探査担当者が出席し、科学者たちと探査についての議論を交わすという、NASAタウンミーティング、通称「NASAナイト」(NASA Night)が実施されました。
このNASAナイトは、LPSCの機会に必ず実施され、科学者たち(つまり、NASAの惑星探査に直接携わり、また実際に推進する人たち)に、現状、とりわけ予算を含めた将来計画を話す場となっています。
今回のNASAナイトには、NASAの探査部門長であるジョン・グランズフェルド氏、そしてNASA惑星科学部の部長であるジム・グリーン氏が出席しました。司会は、本学会の主催者でもある、月・惑星科学研究所(Lunar and Planetary Institute: LPI)のスティーブン・マックウェル氏が努めました。
今回のNASAナイトでもっとも問題になったのは、NASAの惑星探査予算が、2013会計年度から大きく削減されるということでした。紹介された予算は、2012年度が2億4900万ドル(日本円で約200億円)ということでしたが、2013会計年度には、ここから4900万ドル(同40億円)、すなわち約2割の削減が行われるということです。このような大規模かつ急激な削減は過去例がありません。
グランズフェルド氏は、今回の削減について、国家的な優先事項を考慮した末の決定である(大統領からの命令に基づく国家予算の再編)と説明しました。また、今回の予算削減傾向は今後5年間(2017会計年度)に影響を及ぼす模様です。
グリーン氏は、この予算削減を受けてのNASAの今後の惑星探査計画についての具体的な説明を行いました。この中では、昨年策定された「10年探査計画」(Decadal Survey)を着実に実行する一方で、計画にメリハリをつけ、より優先度の高い計画を実行することが説明されました。
具体的には、すでに打ち上げに向けて準備が進んでいる、月探査計画のラディー(LADEE)、及び火星探査計画のメイバン(MAVEN)については、予定通り来年度(2013年)に打ち上げることになります。また、2016年に打ち上げられる予定の小惑星サンプルリターン計画のオサイレス・レックスについても予定通り進行させるとのことです。
また、現在行われている探査についても、延長探査の資金は確保するということです。とりわけ、水星探査で大きな成果を上げているメッセンジャーについて延長探査予算を確保した、と説明したときには、会場から大きな拍手が上がりました。
一方で、いくつかの計画については延期を余儀なくされています。火星探査については、すでにヨーロッパとの共同探査計画であったエクソマーズについて撤退を2月に表明していますが、2018年に周回探査(原語ではrecupture mission)を行う方向での検討を進めるとのことです。これについては3月中に方針をまとめ、夏頃には資料を提出する方針になっています。
一方、低価格の月・惑星探査計画であるディスカバリー計画について、本来2013年に選定されるはずの計画を2015年選定に延期することが決まりました。また、より遠い対象天体へ探査機を送り込むプログラムであるニューフロンティア計画について、すでに4つの提案が出ていますが、この選定も延期し、2016会計年度に行うことになるとのことでした。
なお、ディスカバリー計画は現在3つの探査についての第2段階の提案書(提出期限はなんとこの19日)の準備が進んでいます。この中には、先日紹介した火星探査のインサイト計画、タイタン探査の「タイム」などが含まれています。
月探査については、ラディーの後に予定されていたLQP (月探求プログラム)はキャンセルし、ディスカバリー計画に統合するとのことです。
延長探査についても無制限な延長を行うわけではなく、科学的な妥当性を決める上級委員会(seniro committee)が2年ごとに審査し、可否を決定することになります。
さらに将来の話については、オバマ大統領が提案した宇宙探査計画に基づき、2025年に有人小惑星探査、2030年頃に有人火星探査を行う予定であるとしています。
グリーン氏は、「厳しい状況ではあるが、予算が据え置きというのはいまの時代においては増加と同じだ」(“flat is new up”)と強調、今年(2012年)がアメリカ初の惑星探査(マリナー2号による金星探査)から50年であるという記念の年であることを強調し、「私たちは惑星探査によって常に教科書を書き換えていくような成果を挙げている」と、今後にわたる惑星科学者の協力を要請しました。
これに対し、質問時間帯には会場の科学者からの質問が続出、最終的には会は2時間に及び、近年にない長い会議となりました。
質問・意見表明でみられた意見としては、まずは民間宇宙機・宇宙輸送システムの利用の可能性を問うものがありました。また、現在の惑星探査計画から2030年の有人探査への道筋が具体的にどのようになっているのか、という質問もありました。
会場にいたアメリカ惑星協会の方からは、これまで月・惑星探査がアメリカの科学を大きく進歩させていたことが紹介され、その上で「予算削減に対し、(グリーン氏をはじめとしたNASAの惑星探査の関係者が)声を上げ、反対をしていくべきだ」という声が上がり、会場は満場の拍手に包まれました。
また、教育やアウトリーチの予算も削減されていることに対しても、次世代への投資を減らすことへの懸念が表明されました。
今回のNASAナイトは、前代未聞の月・惑星探査予算の削減を受けて、科学者の側の危機感と不満、焦りが噴出した会議となりました。
実際、現時点で決定しているNASAの将来月・惑星探査は、来年のラディーとメイバンだけという状況で、2000年代のような探査ラッシュからはほど遠い未来もみえます。そして、予算の削減は探査の減少だけでなく、探査に関わる人材の減少(つまり、雇用の減少)という結果にも結びつく(そして、すでに実際にすでにその傾向は起こっていると、会場にいた学者から聞かされました)だけに、科学者側の危機感は大きいものがあります。さらにいえば、月・惑星探査で成果を挙げてきたにもかかわらず予算が削減されることについての不満も大きいようです。
今後、NASA、そしてアメリカの月・惑星探査界がどのようにこの事態に対応し、事態を打開していくのかを、私たちも見守っていく必要があります。