探査とやや外れるかも知れませんが、火星クレーターでちょっと興味深い記事がありました。火星の表面にあるクレーターに名前をつける権利(命名権)を販売しているアメリカの会社に対して、国際天文学連合(IAU)が抗議を行いました。

問題となっているのは、アメリカの会社「ウィング」(Uwingu)が、火星のクレーターに名前をつける権利を販売しているということです。これに対して、IAUがこのような方法での命名に異議を唱えています。

もう一度、天体やその表面の名前についての命名方法について振り返ってみましょう。
天体そのものや、天体の表面の地形(クレーターや他に、山など)は、全てIAUの承認のもとに決められています。そうしなければ、世界のあちこちで「おれが決めた火星のクレーターの名前」「私が決めた水星の山の名前」などが乱立して、収拾がつかなくなってしまいます。
IAUでの名前決定は、惑星システム命名ワーキンググループという、IAUの中のワーキンググループが実際には行っており、このワーキンググループがIAUに勧告し、最終的にAIUが決定するという形式を取ります。

それぞれの天体の名前の決め方には、地形により分けられたカテゴリーがあります。例えば月のクレーターには科学者の名前をつける、金星の山脈には空の女神の名前をつける、といった具合です。統一性のある名前をつけることによって、科学者が名前で迷ったりすることもなくなります。
その他にも命名には非常にたくさんの規則があります。

実際に天体や地形に名前をつけられるのは、その天体や地形を発見した人です。小惑星の名前をつけるのと同じです。イベントなどで小惑星の名前を決めたりする場合には、イベントの主催者が発見者の許可を得て名前をつけさせてもらい、その後、その小惑星の発見者がIAUに承認を求め、IAUで問題なしと認められてはじめて、その名前が決められるというわけです。
天体の表面の地形についてもそうです。以前、NASAは金星のマゼラン探査機が発見したクレーターについて、いろいろな分野で功績を残した女性の名前をつけるという提案をし、一般から名前を募集しました。この場合も、発見者であるNASAが名前を募集し、それをIAUに提案して認めてもらうという形をとっており、決してNASAが勝手に金星のクレーターの名前を主張したわけではありません。
今回のウィングのやり方はこれを飛び越えてしまっているという点が問題点の1つです。

もう1つの問題点は、名前を決める際に有償(お金を払う)という形をとっている点です。
ウィングのサイトへ行くと、火星に名前をつけるというリンクがあり、そこをたどっていくと火星の地図が現れます。一見すると何でもなさそうにみえますが、例えばどこかクレーターをクリックしてみて下さい。例えば「10ドル」という表示と共に、名前をつけられるという決定権が表示されます。私自身もちょっとこれを見ると「露骨だな」と感じます。

IAUでは、こういった天体や地形の命名に関しては「free」(無料)でのやりとりを行うと取り決めています。これはIAUが持つ「自由で平等なアクセスの精神」からくるものです。もしお金持ちがどんどん命名権を買収してしまったり、命名権の価格を釣り上げてしまえば、お金を持っている人しか天体や地名に名前を付けられない、という事態に陥りかねません。

現在、火星で名前がつけられているクレーターは、IAUによれば1047個あります。しかしすでにウィングのサイトでは1万個弱のクレーターに名前がつけられ、さらに50万個ほどのクレーターが「売りに出されている」状態となっています。

IAUではこのような状態に対してリリースを出し、この冒頭でこう述べています。
「最近になって、一般大衆の宇宙や天文への興味をお金に替えようという動きがあちこちでみられるようになっており、その一部は天体そのものやその地形、例えば火星のクレーター(編集長注: これは直接的にウィングの動きを指します)に値札をつけるような行動に出ている。IAUは、このような動きは自由で平等なアクセスという医師に反するものであるばかりか、すでに確立された命名プロセスをも蔑ろにするものであることを強調しておきたい。従って、お金をとって命名されたいかなる地名についても、IAUとしては公式の地名として採用することは全くない。IAUとしては一般の皆さんに対し、(以下に述べる…リリースが続きます)確立されたプロセスによる命名方法による命名に参加してもらうよう強く要請する。」

一方、このウィングの目的は、研究者や教育者、アマチュア天文家などへの資金供給であると、自身のサイトでは述べています。研究・教育を目的とした資金調達がこのクレーター「販売」で、2014年内に10億ドル(およそ1000億円)の調達を目指すと述べています。またすでに、いくつかの天文プロジェクトへの資金供給を行っているようです。

私としても、ウィングの目的はともかくとして、その手法はかなり強引であると思います。IAUがこれまで延々と積み上げてきて、一般的にも認められている方法を突き崩してしまえば、上で述べたような名前の乱立状態を招くだけになるからです。そうなれば、次にやってくるのは必然的に「お金を返せ」という段階です。自分の名前が認められないなら払ったお金はどうなるのだ、というふうに「命名者」が怒るのは当然でしょう。これではファンド(基金)の存立さえ危うくなります。
もし天文学へ資金面で貢献するならば、これまでずっと貢献してきたIAUを含めた天文学者や研究者が認めるような形での貢献にすべきでしょう。

今のところウィングはクレーター命名権の販売を続けているようですが、今後どのようになっていうか、推移を見守りたいと思います。