昨年の12月3日、「はやぶさ2」は地球…種子島宇宙センターから打ち上げられ、長い旅路へと出発しました。そしてちょうどそれから1年、今回は軌道変更のため、ちょこっとだけ地球へと立ち寄ります。
「はやぶさ2」は、今日12月3日、地球の重力を利用した軌道変更(スイングバイ)を実施します。この変更によって「はやぶさ2」は目的地である小惑星「リュウグウ」への軌道へと向かうことになります。

「はやぶさ2」地球スイングバイ想像図

「はやぶさ2」の地球スイングバイ想像図。地球に近づき、そして離れていく「はやぶさ2」 (イラスト: 池下章裕、出典: JAXAデジタルアーカイブス

スイングバイとは、天体の重力を利用して、探査機を加速・減速させたり、軌道を変更したりする技術のことをいいます。対象とする天体のそばを飛行することにいって、一言でいえばその天体の重力を借り、探査機を加速させたり減速させたり、軌道を変更したりします。天体に近づく軌道を設定することにより、加えたい(減らしたい)速度や変更させたい軌道の量などを調整しますが、逆にいえば、目的とする軌道にうまく設定しなければ、本来目指していた速度や軌道を得られないどころか、見当違いのところに飛んでいってしまいかねません。
なお、スイングバイは、特に惑星探査の場合には加速の目的で使用されることが多いため、このような場合を特に「加速スイングバイ」と呼ぶことがあります。
日本は、1991年に打ち上げられた衛星「ひてん」によってはじめてスイングバイ技術を実証。その後、火星探査衛星「のぞみ」、先代の小惑星探査機「はやぶさ」で地球スイングバイを実施しました。その点でいえば実績は十分に積んでおり、私(編集長)としても特に今回のスイングバイの成否に心配はしていないのですが、それでも非常に高度な軌道の制御が必要な飛行だけに、やはり心配は心のどこかに残るところではあります。

さて、今回「はやぶさ2」は地球に近づき、地球の重力を借りて加速していきます。
正確な加速の効果を得るために軌道が重要というのは上で述べた通りですが、そのために「はやぶさ2」は11月に2回の軌道修正作業(TCM: Trajectory Correction Maneuver)を実施し、すでに万全の体勢を整えています。特に何かをしない限り(つまり、外から力を加えない限り)、探査機はこのまま予定の軌道を飛行して地球のそばを猛スピードで通り過ぎていきます。
地球からみると、日本上空を本日12時頃通貨、そのまま地球への再接近を今日の午後7時頃(極めて正確には、午後7時8分7秒)、ハワイ付近の上空で地球へもっとも接近します。その距離は3090キロメートル。相手の小惑星が数千万〜数億キロメートル離れたところにいるということを考えますと、この距離は非常に近いことがおわかりかと思いますし、このくらいの時間や距離の単位で制御しなければ、目的の天体にピッタリとたどり着けないというのも驚きではありますが、事実です。

「はやぶさ2」地球上空の飛行状況

地球上から見える「はやぶさ2」の飛行状況。白い点は1時間おきの様子を示し、数字は12月3日の時間(24時間制)を示す。中央付近の大きな白い点が「はやぶさ2」の地球再接近ポイント。なお、実際の探査機の飛行経路はこのように複雑ではないが、地球が自転している影響で、地球から見ると探査機はこのような複雑な形で見えることになる。出典: 「はやぶさ2」プロジェクトサイト、© JAXA

今回のスイングバイで、「はやぶさ2」の速度は、秒速30.3キロメートルから31.9キロメートルへと増加します。わずか秒速1.7キロメートルの増加のようにみえるかも知れませんが、これだけの加速をロケットで得ようとすると、より大きなロケットが必要になり、費用がかさんだり、そもそもそのようなロケットがなかったりする場合があります。ですから、スイングバイは「経済的な」ミッションを行うために、近年の惑星探査では不可欠な技術となりつつあるのです。
なお、この速度は、太陽からみた「はやぶさ2」の速度です。地球からみた場合、地球は太陽の回りを回っています(公転しています)ので、若干速度が異なり、最接近のときの速度は秒速約10.2キロメートルとなります。
さらに、今回のスイングバイでは、軌道面の変更も実施します。リュウグウは、地球や他の惑星が回る軌道面(黄道面)から少し傾いた軌道を公転していますが、今回のスイングバイを利用してこの軌道面に近い軌道へと変更します。軌道面の変更には通常大きなエネルギーを必要としますが、スイングバイで「地球の力」を利用すれば、このエネルギーを節約することが可能です。

今回のスイングバイの概念図

今回の地球スイングバイの概念図。「はやぶさ2」は地球の公転軌道と近い軌道を飛行しており、今回のスイングバイによって加速するだけでなく、軌道面を曲げ、リュウグウの軌道により近い軌道へと入ることになる。図の出典: 「はやぶさ2」プロジェクトサイト、© JAXA

今回は地球に非常に接近するため、「上を見上げれば探査機がみつかるのではないか」と思われる方もいらっしゃるかも知れません。しかし、日本上空の通過は昼間、また探査機はそれほど大きくないため、肉眼でみえる明るさではありません。予想では、最接近の際に日本から観測したときに約10等ほど(肉眼で見えるのは6等までといわれており、10等はその約40分の1の明るさ)、また観測のチャンスは、日本からは日没と最接近の間のごくわずかな時間(午後6時台の1時間弱の時間)とされています。
また、探査機は猛スピードで動いているため、通常の恒星の観測、さらには人工衛星や国際宇宙ステーションなどを見るのとはかなり異なり、移動する探査機を捕捉する高度な観測技術、そして正確な予報(そのためには正確な軌道情報)が必要になります。
日本では、人工衛星の観測で定評のある倉敷科学センターの三島和久さんが(私の大の友人でもありますが)軌道予報を出しており、全国では約30の天文台やアマチュア天文家などが、この難しい観測に挑む予定です。

なお、「はやぶさ2」が実際に目的とする軌道へと移行できたかどうかは、数日後に判明する予定です。私もおそらく大丈夫だとは思いますが、確実にそうなったかどうかは発表を待って判断することにしましょう。

今回の地球スイングバイ、確かに「はやぶさ2」は肉眼では見えないかも知れませんが、ぜひ今日のお昼ごろには、空を見上げてみて下さい。1年前に旅立った探査機が再び地球に戻ってきているのが、心の目で「見える」かも知れませんよ。