■それは月の縦穴の発見から始まった
2007年9月に打ち上げられた日本の月探査衛星「かぐや」は、当時としては最高の性能を誇る、10メートル以上の解像度を持つカメラ「地形カメラ」を搭載していました。「かぐや」の目的は、この地形カメラを含む機器を使い、月面の地形や鉱物分布などを月全体にわたって探ることでした。
そのような中、2008年になって、月の表側「嵐の大洋」の「マリウスの丘」付近に、奇妙な地形がみつかりました。最初、その丸い地形はクレーターかとも思われましたが、よく調べてみたところ、それは穴であることがわかりました。月ではじめての「穴」の発見です。
この穴は、月で溶岩が流れた跡「溶岩チューブ」に開いた穴であることもわかりました。そして、その後の探査により、月の表側には3つの縦穴が存在することがわかりました。
「かぐや」は上空からの探査であるため、その地下がどのようになっているのかをカメラで捉えることはできませんでした。しかし、「かぐや」に搭載された電波探査装置「レーダサウンダー」のデータから、この穴の周辺の地下に大きな空洞が存在することが、2017年に明らかになりました。
この発見によって、溶岩チューブと穴の存在が結びついたことになります。
■縦穴をより詳しく調べる「うずめ計画」
縦穴は、科学と技術、両方の面から注目されています。
科学の面からは、なんといっても縦穴がどのようにしてできたのかに大きな興味があります。ただ単に溶岩チューブが崩れてできた、というだけではなく、その生成のメカニズムを知ることは、その周辺がどのようにしてできたのかを知る上で重要なポイントになります。
また、縦穴がいつできたのかも大きな問題です。
さらに、縦穴は垂直方向に穴が開いていますので、その断面には地層がみえるかも知れません。それを知ることにより、その地域の地質がよりはっきりと明らかになるでしょう。
技術的な側面からは、縦穴を将来の月面基地の候補地とするための検討が考えられます。
将来、人類が月面に居住する際、月面基地、少なくとも居住施設は必要です。しかし、地上に居住施設を作った場合、宇宙線やいん石などに直撃される危険性があります。
一方、地下に居住施設を作れば、そのような心配はありません。さらに、月の地下は温度がマイナス20度程度で一定ですので、人間が居住するにも理想的といえます(月の表面は、赤道付近では昼間が100度、夜間がマイナス100度で、非常に大きな温度差を克服しなければなりません)。
縦穴は、地下に出入りするためのアクセスルートとしても使えます。
将来的に地下に基地を作るのであれば、縦穴がどのような構造をしており、強度など、基地として使用する際に問題がないかどうかをあらかじめ知っておく必要があります。
さらに、月だけではなく、火星にも縦穴が発見されています。また、溶岩チューブに起因する穴は地球にも(日本の富士山周辺にも)存在します。ひょっとすると他の天体にもあるかも知れません。
ここで述べた内容は縦穴についてのごく一部の興味に過ぎず、ほかにも科学的・技術的な観点で調べたいことはたくさんあります。
このような、月や火星の縦穴を探査し、科学的・技術的な研究を行おうという計画が「うずめ計画」です。
「うずめ」とは、英語のUZUME、すなわち、Unprecedented Zipangu Underworld of the Moon Exploration(直訳すれば「これまでにない日本による月の地下探査計画」)となりますが、もう1つ、日本神話に登場する神「アマノウズメ」にもちなんでいます。
アマノウズメは、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天の岩屋に隠れてしまった際、岩屋の前で踊ることで天照大御神の興味を惹かせ、最終的に岩屋から外へ出すきっかけを作った神様です。
月の地下の世界に光を当てる役割を持つこの計画にふさわしい名前であるといえるでしょう。
■JAXAの正式な計画ではないが、有志により検討が進んでいる
うずめ計画は、現時点でJAXAの正式な計画ではありません。また、打ち上げ日や打ち上げロケットが決まっている計画でもありません。
現時点(2017年末)では、月の縦穴の探査に興味を持つ科学者・技術者、さらには一般の方も集まったグループによる検討が重ねられている段階です。
検討の内容は、縦穴に関する科学的な探査項目のリストアップや、縦穴を降りたり、その奥にあると考えられる溶岩チューブの探査を行うための各種の技術的な検討などが行われています。全国にいるメンバーが、インターネットを通したテレビ会議などで定期的に会合を持っているほか、メールなどを通した情報交換を行っています。
将来的に探査計画として正式に承認されることを目指した活動が、地道に続いています。