月探査情報ステーションブログでは、めったに「!?」という感嘆符は使いません。あくまでも情報は信頼したい、そう思っているからです。
ただ、今回の場合、どうしてもこの「!?」をつけたくなる情報なのです。なにせ相手は北朝鮮です。そう、あの、北朝鮮です。あの国が月探査…? もちろん、すでにロケット(事実上の弾道ミサイル)の開発は進めており、技術はそれなりに蓄積されているにしても、経済や求められる宇宙技術のレベルを考えると、どうみても荒唐無稽としか思えないのですが、なにしろ北朝鮮の高官がそう発言している、というのですから、決してガセネタやギャグではありません。
以下、ロシアのインターネット系ニュースメディア、スプートニクの英語版の情報をもとに、この話題を追いかけていきましょう。
それによると、北朝鮮の朝鮮宇宙空間技術委員会 (North Korean National Aerospace Development Administration)の科学研究部門長であるヒョン・カンイル (Hyon Kwang Il) 氏が、北朝鮮は同国の宇宙開発・宇宙利用を阻止しようとするすべての企みに打ち勝ち、最終的には北朝鮮の国旗を月にはためかせることになるだろうと、通信社(記事から見るとAP通信と思われます)に語った、ということなのです。
「アメリカとその同盟国は我々の宇宙開発を阻止しようと躍起になっているが、我が国の宇宙開発、そしてそれに携わる科学者たちは必ずや宇宙空間を制し、北朝鮮国旗を確実に月面上にはためかせることであろう。この計画を実施するため、すでにプロジェクトは動き出しており、多くの成功をみている。」(ヒョン・カンイル氏)
もちろん、いきなり月探査衛星を打ち上げるというのは無謀です。北朝鮮もそのようなことは考えていないようです。
そこで、第1段階としては、地球周回軌道に地球観測衛星を打ち上げることで、人工衛星の開発技術、とりわけ通信技術を磨くことに重点を置くとのことです。これについてもヒョン氏は、月に向けた準備だと述べています。
そして、究極的には「我が国は有人宇宙飛行技術を習得し、科学的な実験を実施し、月への飛行を達成し、月探査を実施する。さらには他の天体への探査をも実施することになるだろう。」とヒョン氏は述べています。
ご存知の通り、北朝鮮は核開発により国際社会から厳しい制裁を受けており、核開発技術、そして核兵器を運搬する技術についての開発は禁止されています(もちろん、北朝鮮はそれを破りまくっていることはご存知のとおりです)。運搬する技術にはロケット(つまり、日本のニュースで繰り返される「事実上の弾道ミサイル」)も含まれており、北朝鮮がいくら「平和目的である」と強弁しようとも、あるいはそれが核兵器運搬用ミサイルの技術開発ではないと主張しようとも、ロケット開発は国際法違反となります。
また、北朝鮮はこれまで4回(1998年、2009年、2012年、2016年=今年)にわたって人工衛星の発射(日本の報道での言葉を借りれば「人工衛星の発射と称するミサイル発射実験)を実施しています。そして今年2月に実施されたロケット発射によって打ち上げられた「光明星4号」については、アメリカも地球周回軌道への投入を確認しています。
また、打ち上げ軌道はすべて南方向で、これは地球を縦に周回する「極軌道」と呼ばれる軌道へ衛星を投入することを意味しています。これらは地球観測衛星で使われることが多い軌道で、上記のヒョン氏の言葉「第1段階ではまず地球観測衛星」とも合致します。
とはいっても、ここから月探査というのはかなり飛躍がある…つまり、上記の言葉は、よく北朝鮮がやるような壮大な言葉ではないか、と思うの人は(私を含め)少なくないことでしょう。
ただ、ロシアの同じくインターネット系ニュースメディア、「がゼータ.ru」(gazeta.ru)に掲載された論評記事では、必ずしもそうではなく、北朝鮮が「真面目に」月を目指している可能性がある、との考察を掲載しています。それによると、
北朝鮮がアジア諸国の中で比較的早く、ロケット技術を確立させているという点は注目すべきであろう(編集長注: アジア諸国でロケット技術を確立し、継続的な打ち上げを実施しているのは、日本と中国、インド。イランと北朝鮮、韓国が開発中。ここにはイスラエルは含まない)。北朝鮮の宇宙開発(ロケット開発)は朝鮮宇宙空間技術委員会(編集長注: 記事中ではCommittee of Space Technologyとなっていますが、先のNational Aerospace Development Committeeと同組織です。なお、KCSTと略されることもあります)が監督しており、2012年12月2日には、初の人工衛星の打ち上げに成功した(編集長注: 光明星3号の2号機)。これにより、北朝鮮は世界で10番目に独力で人工衛星を打ち上げた国となった。北朝鮮は自国で開発された技術による宇宙開発の能力を持ち、それらを使って韓国の上を飛行することが可能だ(編集長注: 光明星のシリーズの飛行ルートは、厳密には韓国の西の公海上となります)。
北朝鮮は、すでに弾道ミサイルをベースとした3タイプの3段式のロケットを保持しており、これは旧ソ連のロケットの技術導入により開発されたものである。2016年2月にも、光明星4号を地球周回軌道に投入させている。
問題は、北朝鮮のロケット技術者が、このような小型衛星ではなく、大型衛星を打ち上げることができる大型のロケットを開発できるかどうかだ。
西側の専門家の意見はどうでしょうか。AP通信に語った専門家の意見では、北朝鮮が月探査を実施することはおそらく可能ではあるだろうが、時間がかかるとの見方を示しています。北朝鮮のミサイル及びロケットの専門家であるマーカス・シラー氏によれば、「北朝鮮が月軌道に到達できるとすれば、どんなに早くても10年、あるいはもっとかかるだろう…もし彼らが真剣に目指すとして、ではあるが。私の個人的な推測では、彼らは朝鮮はするだろうがおそらく失敗するだろう。そしてあと20年は北朝鮮の月探査機をみることがないだろう。」という意見です。
また、ロシアの専門家の意見もほぼ同様です。ロシア国防省第4中央研究所を退役した上級将校でもあるウラジミール・ドボーキン氏は、彼自身が1960年台から北朝鮮のミサイル開発プログラムに関わっていたという経験をもとにして、それでもなお月まで探査機を持っていくことには悲観的な見方を示しています。
「彼らは(月探査機を打ち上げるための)超大型ロケットを開発する技術的基盤もなければ、そもそも月探査機を開発することも難しいだろう。そのような(困難な)技術の習得には数十年という長い年月を必要とする。大体、北朝鮮がそのような計画を国家として主導しているかどうかさえ疑わしい。」
一方でガゼータ.ruは、2012年12月の光明星3号の打ち上げに触れ、この100キログラムの人工衛星の打ち上げ技術を拡張すれば(することができれば)、将来より大きな探査機が打ち上げられ、究極的に月に到達できるのかという議論を続けて展開しています。少しみてみましょう。
この打ち上げに使われたロケット「銀河3号」は重さ91トン、長さ30メートル、直径が2.4メートル。一方、アメリカがアポロ計画のために開発したサターンV型ロケットは、重さが2965トン、旧ソ連が有人飛行のために開発したN1ロケットは2950トンあります。N1の直径は17メートルもあり、さらに現在ロシア最大のロケットであるエネルギアは打ち上げ重量2400トンとなっています。
ガゼータ.ruは、これらの数値の比較から「今の北朝鮮のロケットはこれらの月探査ロケットに比べて『ただ軽い』というレベル以上の差がある」としています。
もちろん、有人宇宙開発用にデザインされた超大型ロケットと、やっと地球周回軌道に100キロの物体を打ち上げるだけのロケット(ミサイル転用ロケット、あるいはミサイルそのものといってもいいでしょう)とを一度に比較するのはあまりにも乱暴だとは私(編集長)も思います。ただ、ガゼータ.ruはまだ続けます。
「打ち上げ重量は月に到達するための燃料を示している。月に飛行するのであれば、最低でも120〜140トンクラスの重量を打ち上げることが必要となる。10年という期間をとったとしても、わずか100キログラムの探査機(ペイロード)を140トンまでに拡張するというのはかなり困難であろう。」
ただ、無人探査機であればそうでもありません。120〜140トンというのはあくまで有人探査機の話で、無人であれば場合によっては数十キログラム、あるいは数キログラムでもいいと思います。この点で、ガゼータ.ruの議論はやや混乱しているように思えます。
いずれにしても、多くの専門家は、北朝鮮が(少なくともこの10年くらいのうちに)月探査を行う、というのは、有人・無人を問わず難しいであろうと述べています。私も同意見です。
では、なぜ高官があのような発言を行ったのでしょうか。
可能性として考えられるのは、国内向けであるということです。つまり、北朝鮮の宇宙開発は平和目的であり、それは将来の(究極の)目標として月探査を掲げているのだ、ということを示したいということではないでしょうか。
また、おとなり、韓国への牽制というのもあるかと思います。ご承知の通り、韓国は2018年の打ち上げを目指して月探査機とロケットの開発を行っています(こちらも予定通りすすめるかどうかかなり微妙な情勢ですが)。北朝鮮がそのような韓国の情勢をみた上で、うちでも月探査を進める予定だ(そして場合によっては韓国より早いかもしれない)という一種の「脅し」をかけているのかとも考えられます。
繰り返しになりますが、北朝鮮におけるロケット開発は国際法違反です。従ってこのような状況のもとであれば、たとえ目的地が月であろうと地球周回軌道であろうと、打ち上げるたびに国際的な包囲網はぐんぐん狭まることになってしまいます。それは究極的に、北朝鮮の月探査という夢(野望)をより遠いものにしてしまうことは間違いありません。
もし北朝鮮が究極の目標を月探査に設定するのであれば、行うべきことはまず最初に核開発技術の放棄、そして国際社会との対話への復帰、そしてその後、平和技術としての宇宙開発の推進ということになるでしょう。もっともいまの情勢をみて、そのような経路へ進むかどうかについては、私(編集長)はかなり悲観的ですが…。
- スプートニク英語版の記事