「はやぶさ2」について、各種報道で、予算の危機的な状況が伝えられています。そのような中で、「はやぶさ」のプロジェクトマネージャーである川口淳一郎・JAXA宇宙科学研究所教授が、この状況についての想いをサイトにて発表しています。
以下、ご本人の許可を得て、文面をそのまま転載いたします。
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はやぶさ後継機(はやぶさ-2)への政府・与党の考え方が報道されている。大幅に縮小すべきだという信じがたい評価を受けていることに驚きを禁じ得ない。
はやぶさ初代の代表として、発言しておきたい。
はやぶさは、史上初めて、地球圏外の天体に着陸し、その試料を往復の宇宙飛行で地上に持ち帰った。イトカワに滞在した近傍観測の成果、また帰還させた試料の分析の成果は、サイエンス誌に2度にわたって特集されその表紙を飾った。
世界が評価し、NASA もこの5月、NASA版はやぶさ計画の実施を発表し、欧州版はやぶさ計画がたちあがらんとしている。我が国の科学技術が、世界から追われるフロントランナーの立場にある、その代表例と言ってよいはずである。
はやぶさ後継機のはやぶさ-2という名称が誤解を生んでいるかもしれない。私は、この後継機プロジェクトの名称を変えるべきだと主張したのだが、多数の関係者の意見を受け入れて、やむを得ずこの名称に同意した。
はやぶさ-2 は、実は、これが本番の1号機なのである。はやぶさでできたじゃないか、という声も聞く。否。はやぶさ初号機はあくまで、往復の宇宙飛行で試料を持ち帰ることができるという技術が、我々の手の届く範囲にあるということを実証しようとしたもので、あくまで実験機だったのである。
小惑星を探査することは、地球を理解することつながる。実は、大地震を起こすプレートの運動をドライブするメカニズム、その理解にも通ずる。また地球の温暖化の鍵となる二酸化炭素の起源を理解すること、生命の進化を育んできた環境を理解することに通ずる。だが、イトカワの探査は後者にはまったく答えてくれない。我々の水と有機物に覆われた環境の起源と進化を探ることが、はやぶさ-2の目的である。まったく異なる天体(C型小惑星)を探査し、試料を持ち帰ろうという計画なのである。小惑星ちは小さな天体の総称。C型小惑星はまさに未知の天体なのである。政府・与党の意見には、はやぶさ-2に科学的な意義を見いだせないというものまであったという。まことに信じがたいことである。
はやぶさを担当した者として、強調したい、その最も大きな意義は、この計画が、すべて我々日本の独創性、創造性に発しているという点にある。我が国のこれまでの産業・経済成長は、製造の国であることに依っていた。しかし、それが幻想で、いつか限界に来ることはうすうすと予見されていたはずである。近隣諸国は、かつての我が国と同様に、比較的低廉な労働力で高品質の製造技術を手にし、大きな経済成長を遂げている。しかるに、我が国では生活水準の向上、福祉レベルも上昇しているため、かつてと同じ方針で競争力が得られるはずはない。創造の国に脱皮し、転換していかなくてはならないのだ。新しい技術、新しい製品、そして新しいビジネスイノベーションを発信していかなくては、この国に競争力の復活はおろか、未来も展望できまい。その創造性を担っていくためのインセンティブをどのようにして得るのか、そして次世代を担っていく人材をどう育んでいくのかこそが問われている。
はやぶさ初代が示した最大の成果は、国民と世界に対して、我々は単なる製造の国だったのではなく、創造できる国だという自信と希望を具体的に呈示したことだと思う。
自信や希望で、産業が栄え、飯が食えるのか、という議論がある。しかし、はやぶさで刺激を受けた中高生が社会に出るのはもうまもなくのこと。けっして宇宙だけを指しているのではない。これまで閉塞して未来しか見ることができなかった彼らの一部であっても、新たな科学技術で、エネルギー、環境をはじめ広範な領域で、インスピレーションを発揮し、イノベーション(変革)を目指して取り組む世代が出現することが、我が国の未来をどれほど牽引することになるのかに注目すべきである。こうした人材をとぎれることなく、持続的に育成されていかなくてはならない。
震災の復興が叫ばれている、その通りだ。即効的な経済対策にむすびつかない予算は削減されがちである。しかし、耐え忍んで閉塞をうち破れるわけではない。
なでしこジャパンのワールドカップでの優勝、それは耐え忍んだから勝てたのか?
そうではない。それは、やれるという自信が彼女らにあったからだ。震災からの復興を目指す方々に示すべき、もっとも大きな励ましは、この国が創造できる能力がある国だという自信と希望なはずなのだ。
日本は、お手本と格付けがないと生きていけないかのようだ。はやぶさでこの分野で世界の最前線、トップに立ったが、トップに立つとどうしてよいかわからなくなるのだろう。NASAも欧州も、我々を目指しているのに、なにか安定しない。
進んでトップの位置を明け渡し、後方集団にうもれようとしているかのようだ。
どうして2番ではだめなのか、この国の政府は、またも、この考えを露呈したかのようだ。トップの位置を維持し、独走して差を開いて行こうという決断を行うことに躊躇してしまう。世界の2番手にいて、海外からの評価と格付けに神経をとがらせるばかり。堪え忍べと叫び、自らの将来を舵取りするポリシーに欠ける。
なんとなさけないことか。次世代を支える若者が、この国の国民でよかったと感じられなくなるようでは、将来はない。
私は、はやぶさ後継機のプロジェクトからは身を引いている。
しかし、アドバイザとしては残らなくてはいけないと考えている。それは、人材育成のためである。完全に身をひいては、技術と経験面で完全なリセットが起こるだけに終わり、それは初期化することで、はやぶさの成果はなかったことにもどるだけになる。新たに初代はやぶさを開発することにもどったのでは進歩はない。それどころか、現状から後退するだけである。初代に重ねて、上乗せして、はじめて進歩となるはず。だから、退職時になってようやく身を引いたのでは、科学・技術のコミュニティは突然死をむかえてしまうのだ。
いうまでもない。私の自己のために、私がさらにもう1つプロジェクトを行おうとして、はやぶさ後継機を進めよというのではない。もう身を引いている。それは、そうしなければ、後進が育っていく土壌そのものを崩壊させてしまうからである。
宇宙探査プロジェクトには時間がかかる。はやぶさ初代は、プロジェクトが始まってから15年を要した。飛行時間が長いのが宇宙探査プロジェクトを長くする特徴でもある。しかし、このことは、人材育成の難しさを明示している。15年毎にしかプロジェクトの機会がなかったとしたら、科学と技術両面で、継承・育成などかなうわけがない。今、はやぶさ後継機(はやぶさ-2)を立ち上げることができなければ、日本は、コミュニティに技術や経験が継承されるどころか、はやぶさ初代の成果をふりだしにもどしてしまうのだ。
はやぶさ後継機(はやぶさ-2)を進めることに政府・与党の理解を期待したい。
この文章をお読みになった方々から、草の根的であっても、それぞれの方法であってでも、政府・与党にメッセージを出していただければと思うものです。

(元「はやぶさ」プロジェクトマネージャ、川口淳一郎)

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・元の文面
  http://www.hayabusa.isas.jaxa.jp/j/
・はやぶさ2 (月探査情報ステーション)
  https://moonstation.jp/ja/hayabusa/2/