NASAの資金を得て研究を行っていた研究者チームが、このほど、月の岩石の中の結晶の中に、ガラス状の物質として含まれている粒子について、水の存在量を測定することに成功しました。その結果、月のマグマに含まれていると思われる水の量は、これまで考えられていたよりも100倍も多いということが明らかになってきました
この粒子(包有物。鉱物の中などに含まれる小さな粒子)は、1972年に行われたアポロ17号の探査で回収された、番号74220という月試料からみつかったものです。この74220という試料は、火山岩の性質を持ち、チタンを非常に多く含む「オレンジソイル」という物質が存在していることでも有名になりました。
研究チームでは、この岩石の鉱物に含まれる包有物に対して、最先端技術を用いて微小な領域を測ることができる装置を利用して測定を実施しました。この包有物は、約37億年前にこの岩石ができた際、噴出の過程でできたものと考えられます。

試料74220の包有物

上の写真が、この74220の包有物です。写真でオレンジ色に写っている粒子がみえますが、このような粒子(一部壊れたのか、完全に円形になっていないものもあります)がオレンジソイルと呼ばれ、この中の包有物が調べられました。なお、上記の写真で中央部にあるもっとも大きな粒子の直径が約0.2ミリメートルです。

月鉱物内の包有物の写真

そして、上の写真が、試料内に含まれる包有物の写真です。大きさは直径30マイクロメートル。カンラン石という鉱物に含まれていました。
今回の発見によって、月の成因説としてよく話題になる「ジャイアント・インパクト説」(巨大衝突説)について、大きな疑問が投げかけられたことになります。なぜかといいますと、この巨大衝突説では、月にある水の量は少ないということが示唆されるからです。火星ほどの天体が衝突して、その破片から月が形成されたというジャイアント・インパクト説では、この衝突による高温によって、水のような揮発性物質はかなりの量が飛び散ってしまい、月に残った揮発性物質はわずかしかないと見積もられるからです。
また、この研究は、太陽系の他の天体から持ち帰られた試料についても新たな科学的な示唆を与えるものといえます。
この研究グループのリーダーであるカーネギー研究所のエリック・ハウリ氏は、「水は惑星表面のテクトニックな振る舞いに決定的な役割を果たしている。例えば、天体内部での融点(溶ける温度)や火山の噴出、そしてその場所などについてだ。私は、今回研究に使った火山ガラスのサンプル以上に、貴重なサンプルというのを思いつかない。なぜなら、これは月だけでなく、太陽系の内側の天体すべてにとって、それを代表するようなサンプルだからだ。」と語っています。
このような月の溶岩の包有物は、他の月の火山性堆積物とは異なり、鉱物結晶全体によってすっぽりと包み込まれ、水や他の揮発性物質が漏れ出さない、という特徴があります。
「これらのサンプルは、オレンジソイルが形成された月内部においてどのくらいの水があるのか、という点について、非常にすばらしい情報を与えてくれるものである。」と、この研究メンバーであるケース・ウェスタン・リザーブ大学のジェームス・バン・オーマン氏は述べています。
この研究は、実は2008年にさかのぼります。チームメンバーでもあるブラウン大学のアルバート・サール氏が、月の火山ガラスの中から水を最初に発見したと報告しました。彼らは、月のマグマからガスが抜け出していく過程(脱ガス過程)のモデルを構築し、それによって、得られた値から月のマグマ内の水の量を推定しました。
この研究に基づいて、ブラウン大学の学生であるトーマス・ワインレイチ氏が、試料内から包有物を探し出し、その研究結果から、研究チームでは、噴出前のマグマにおける水の濃集度、そして月内部における水存在量全体の計算を行いました。
「結論は2008年と同じで、当時の月マグマ中の水の濃度は、地球における上部マントルの揮発性物質に乏しいマグマとほぼ同じということだ。今回の研究によって、その結論が裏付けられたことになる。」(サール氏)
また、この研究は、最近の探査でみつかっている月の水の起源についても一石を投じるものとなっています。これまで、月(表面)の水の起源は、月に衝突した水星などから供給されたものとみられてきましたが、研究者は、月の内部からの水が火山噴出などによって月の表面にもたらされることもあり得る、と考えています。今回の研究は、そのような可能性を裏付けたものといえるでしょう。
なお、この研究結果は、5月26日に発行される「サイエンス・エクスプレス」に掲載されます。
題名: High Pre-Eruptive Water Contents Preserved in Lunar Melt Inclusions
・NASA月科学研究所の記事 (英語)
  http://lunarscience.arc.nasa.gov/articles/lunar-watershed-discovery