月探査衛星「かぐや」のデータから、月の内部を構成すると思われる鉱物「カンラン石」の、月表面上での分布、及びその起源についてをはじめて明らかにすることができました。この成果は、「かぐや」搭載のスペクトルプロファイラ(SP)という機器のデータを用いてもたらされたもので、論文はこのたび発行された科学雑誌「ネイチャー・ジオサイエンス」(Nature Geoscience)に掲載されています。
カンラン石は、地球の内部を構成すると考えられている鉱物でもあり、月でも内部を構成する主な鉱物となっていると考えられています。
このような内部を構成する鉱物は通常は表面に現れません。地球では、例えば火山噴火などに伴って溶岩の中に取り込まれてみつかったり、大規模な地殻変動などによってマントルの一部が地表に現れるなどしてみつかることがありますが、カンラン石は珍しい鉱物に属します。。
月の場合、カンラン石(月内部を構成する鉱物)が地表に現れるケースとして、月で大規模な隕石(や小惑星、微惑星)の衝突が起き、地表が大きくえぐられるような場合が考えられます。このような衝突で月が地下深くまでえぐられると、それに伴って地下深くの物質が地表まで持ち上げられるというわけです。
さて、このようなカンラン石が月にどのように分布しているのか、これまで地球上からの観測に基づいて、アリスタルコス・クレーター、及びコペルニクスクレーター周辺などで報告されているほか、アメリカの月探査機クレメンタインのスペクトルデータに基づいて、数カ所でその可能性が指摘されている、という状況でした。
このため、そもそも分布についても不確定性があるだけでなく、このカンラン石がどのようにしてもたらされたのか(月内部のマントル部分からなのか、もっと浅い場所からなのか)ということはわかっていませんでした。
さて、2007年に打ち上げられた月周回衛星「かぐや」は、さまざまな観測機器を搭載していましたが、その中に、スペクトル(注)を使って、月の鉱物の分布やその量を測定できる装置が搭載されていました。この装置には、広い範囲にわたってスペクトルを取得できる「マルチバンドイメージャ」(MI)と、線状にスペクトルを取得する代わりに、非常に高精度なスペクトルデータが得られる「スペクトルプロファイラ」(SP)という2つの装置があります。
SPは「かぐや」運用中に合計7000万点以上のデータを取得していますが、詳細なスペクトル取得という特長を生かし、そのスペクトルの中に、カンラン石固有のデータがないかどうかを調べました。
カンラン石は、波長1.05マイクロメートル付近に特徴的な吸収帯があり、これに着目して、論文チーム(山本聡・国立環境研究所研究員を筆頭とするメンバー(注3))が解析を行いました。
データを詳細に調べた結果、以下のように、カンラン石に富む領域を新たに31箇所(250観測点)発見することに成功しました。また、過去の検出報告の多くが誤りであったことも判明しました。
この図で緑色の部分に、カンラン石が発見されています。図の中心が、地球からみる「表側」で、黒い部分が海と呼ばれる領域、白っぽい部分が高地です。
さて、以前から報告されていた3箇所を加え、合計34箇所のカンラン石露出点が発見されたわけですが、これらはどこも大きな衝突盆地のまわりに存在することが、図を見るとおわかりいただけるかと思います。
一方、これまでカンラン石が存在する可能性が指摘されてきた、中程度(直径数十キロメートル)のクレーターの中央丘(注4)や、月の裏側などの地殻が厚いことがわかっている部分などにはほとんど存在していないことがわかりました。
このことから、発見されたカンラン石は、大規模な衝突によって掘り出された、すなわちかなり深い(深さ100キロメートル)にある物質であり、マントルの物質であるということがわかりました。
さらに、スペクトルの特徴は「ダナイト」(dunite)と呼ばれる、カンラン石の中でもマントルを構成するものに近いことがわかりました。このことも、このカンラン石が月の深いところ(おそらくはマントル)を起源にしていることを裏付けるものです。
最近の月誕生モデルでは、月が形成されたあと、月の表面は数十〜数百キロにわたって溶けた岩石で覆われていたと思われています。この岩石が溶けた海のような状態を「マグマオーシャン」(マグマの海)と呼んでいます。
さて、マグマオーシャンは冷えて次第に地殻を形作っていきますが、その中で最後まで溶けた岩石の中に入っている物質が濃集してできる岩石を「クリープ」(KREEP、Kはカリウム、REEは希土類元素、Pはリン)といいます。
このKREEPがみつかる場所は月の表側にある大きな海(雨の海や嵐の大洋など)ですが、このような場所では今回カンラン石がみつかっていません。これは、KREEPのような物質は巨大衝突より前にこの領域に存在していた、ということを意味しており、巨大衝突が起きた時期や、KREEPの起源などにも関連していると考えられます。
このように、今回の研究は、月マントルに由来すると思われるカンラン石を発見したのみならず、月の起源や初期進化などについての重要な知見を提示できたことで、非常に重要な成果といえます。
(注1)月の内部構造は現在も完全にはわかっていませんが、多くの科学者の推定では、地球とかなり似ていると考えられています。すなわち、中心部には核(コア)が存在し、そのまわりにマントル、そしていちばん外側には地殻があるというものです。
地球のマントルはカンラン石を主な成分としていると考えられており、月もおそらくそうであろうと考えられています。
(注2) スペクトルとは、光の波長ごとの強さをいいます。それぞれの物質は、光を当てるとその固有の強さの光を発します。それを波長ごとの図にすると、ある波長は強く、ある波長は弱いという特徴が現れます。これを「反射スペクトル」といい、これは物質で固有です。これをもとにして、光を詳細に調べることで、その物質がどのようなものかを推定することができます。
(注3) 論文の題名は以下の通りです。
Possible mantle origin of olivine around lunar impact basins detected by SELENE
Satoru Yamamoto, Ryosuke Nakamura, Tsuneo Matsunaga, Yoshiko Ogawa, Yoshiaki Ishihara, Tomokatsu Morota, Naru Hirata, Makiko Ohtake, Takahiro Hiroi, Yasuhiro Yokota & Junichi Haruyama
(日本語訳)SELENE(かぐや)により検出された、月衝突盆地周辺のカンラン石がマントル起源である可能性について
(著者)山本聡、中村良介、松永恒雄、小川佳子、石原吉明、諸田智克、平田成、大竹真紀子、廣井孝弘、横田康弘、春山純一
(所属)山本、松永、横田…国立環境研究所
中村…産業総合技術研究所
小川、平田…会津大学
石原…国立天文台
諸田、春山…JAXA宇宙科学研究所
廣井…ブラウン大学 (アメリカ)
※著者敬称略。なお、詳細所属等は省略しましたので、下記JAXAプレスリリースをご参照下さい。
・月周回衛星「かぐや(SELENE)」が明らかにした月内部からのカンラン石の全球表面分布とその起源 (JAXAプレスリリース)
http://www.jaxa.jp/press/2010/07/20100705_kaguya_j.html
・論文のハイライト (ネイチャージオサイエンス日本語サイト)
http://www.natureasia.com/japan/ngeo/press_releases/details.php?id=718
・かぐや (月探査情報ステーション)
https://moonstation.jp/ja/history/Kaguya/