最近の研究により、月を構成する岩石の鉱物の中に存在する水分子の量は従来の推定よりも多く、それを水として取り出せば、アメリカ大陸の五大湖よりも多くなるかも知れない、という研究結果が出ました。この研究はNASAの宇宙生物学・火星研究・月先端科学探査研究プログラムより資金を得て行われました。国立科学アカデミー抄録の早刷り電子版に掲載されています。
この研究では、月に存在するとされる水は、月が誕生した当時、つまり高温のマグマから冷却する段階から存在したものとみられています。もしこの研究が正しいとすれば、月に存在する水は、その誕生当時からのものであるということになります。
今回の研究の対象になったのは、鉱物の中の分子に存在する「ヒドロキシ基」(水酸基)という部分と、アポロが持ち帰った月の石の中に含まれている、アパタイト(燐灰石)という水を含む鉱物です。(注)
この研究を主導した、論文の筆頭著者でもあるカーネギー研究所地球物理学部門のフランシス・マッカビン氏と彼のチームでは、
まず月が形成され、マグマから冷えて岩石として固まっていく過程で、鉱物がどのように形成されるのかを検討しました。また、実際の物質も分析してその検討に加えた結果、月の物質に含まれる水の量は、64ppb〜5ppm (注)の範囲になることが確かめられました。kの結果は、これまで月の岩石を分析して得られた結果である1ppb以下という値より2桁以上も多い値ということになります。
この結果について、NASA本部の惑星科学部長のジム・グリーン氏は、「この場合の『水』というのは、鉱物の中に含まれているヒドロキシ基であるということである。月内部を作る岩石の中では、ヒドロキシ基はそれほど多量に含まれるものではない。」と述べています。
現在もっとも一般的に受け入れられている月形成仮説として、月は約45億年前に、火星サイズの微惑星が地球に衝突し、その衝突によって放出された物質が地球の周囲に漂いながら、月を形成したというシナリオがあります。この月が破片からまとまりながら形成される過程のどこかで、月にマグマオーシャン(マグマの海)ができたと考えられます。月が冷えていく過程で、水は蒸発して月から逃げていったか、ヒドロキシ基という形で鉱物の中に取り込まれていったと考えられます。
これまで、「月に水が存在する」という研究は、衛星などのデータによるリモートセンシングデータ(チャンドラヤーン1など)や、月から持ち帰った資料の分析などで行われてきました。今回、研究者たちは、KREEP(クリープ、と読みます)という種類の月の岩石の分析を行いました。KREEPは衝突によって溶けた溶岩や玄武岩の岩などに含まれ、月が冷えていく過程の最後でできたと考えられています。水は岩石の中に取り込まれにくく最後まで液の方に残ろうとするため、研究者たちはその最後の『しずく』が固まったと考えられるKREEPに注目したわけです。(注)
今回、いろいろな種類の月の石を分析したことで、水の存在量はやはり少ないことは少ないものの、月には普遍的に存在し、それは月ができたときのマグマオーシャンに由来するということがわかってきました。ワシントン大学セントルイス校のブラッドリー・ジョリフ氏は、「月の水の量が少ないということでこれまで検出が困難視されてきたが、月のアパタイトからヒドロキシ基をみつけたというのは大きな業績だ。これからは、月内部の水の起源という疑問へ答える番だ。」と語っています。
(編集長注) 原文の論文を当たっていないので確かなことはいえませんが、このプレスリリースにある「水を含むアパタイト」というのが、アパタイト鉱物内に水を含んでいるのか、含水アパタイト(ハイドロキシアパタイト。人間の骨などの成分でもある)のことなのかはよくわかりません。なお、原文はapatite, the water-bearing mineral in the asemblage of mineralsです。
(編集長注) ppbは”parts per billion” で10億分の1、ppmはparts per millionで100万分の1です。従って、64ppbは0.064ppmということになります。
(編集長注) KREEPは、K(カリウム)、REE(Rare Earth Elements: 希土類元素)、P(リン)の略で、これらの元素を多く含む岩石をいいます。これらの元素は、科学では「不適合元素」(incompatible elements)と呼ばれます。
岩石がどろどろのマグマの状態から冷えて固まっていく際、鉱物がその中から次第に形作られていきます。温度と圧力の条件、そしてもちろん成分などによってもいろいろな鉱物ができるわけですが、元素によっては、鉱物として固まりやすいものと、最後まで液側に残るものとがあります。KREEPに多いカリウムや希土類元素、リン、さらにはトリウムやウランなどの元素は、最後まで液に残ろうとする方で、そのような元素が多く集まって形成される岩石がKREEPです。従って、KREEPが多いほど、月が冷えていく最後の段階で固まった岩石ということになります。
(編集長注) 本記事をお読みになっておわかりの通り、この「月の水」については、表面に存在するものではなく、月内部に存在する水です。しかもその水は、いわゆる氷の形で混じっているものではなく、ヒドロキシ基という、鉱物の分子構造として捉えられている水(化学に詳しい方は「OH基」という方がわかりやすいでしょう)を意味しています。従って、これまでよく展開されてきた「月の水の利用」というところとはかなり違う話であることに気をつけなければなりません。これらの水(ヒドロキシ基)の発見は、月における水の利用ではなく、むしろ科学の観点として、月形成メカニズムや、形成の時間軸などを知るための手がかりとなる可能性として重要です。
・NASAのプレスリリース (英語)
  http://www.nasa.gov/home/hqnews/2010/jun/HQ_10-144_Water_In_Moon.html