アメリカだけでなく、全世界をも驚かせたトランプ氏のアメリカ大統領当選から1ヶ月ちょっと経過しています。そして来月(来年)、1ヶ月ちょっとしますと、そのトランプ氏は正式にアメリカ大統領に就任します。現在トランプ氏は側近たちと次期政権の閣僚の人選に忙しく動き回っており、その動向は日々ニュースで伝えられています。
一体これから超大国アメリカは、そして世界はどの方向へ向かうのか、私に限らず多くの人が気にしていることでしょう。

さて、超大国という点でいえば、アメリカは今や世界最強の宇宙大国でもあります。残念ながら有人打ち上げ手段こそ現時点では持っていませんが、ロケット打ち上げに加え、宇宙ベンチャービジネスの隆盛により、アメリカの宇宙開発は活気づいています。私(編集長)が着目しているように、小惑星から資源を採掘しようなどという動きが出てくるのは、それだけアメリカの宇宙開発の威勢がいいことを表している証ではないかと思います。

次期トランプ政権は当然のことながらアメリカの宇宙開発についても舵取りをしていくことになります。それがどのような方向に行くのか、まだはっきりとしたことはわかっていません。しかし、いくつかの報道が出てきました。それをみる限りでは、月探査、あるいは有人月飛行を優先する…すなわち、「ふたたび月へ」戻る可能性が考えられます。

まずは、香港のメディアであるejinsightから。こちらの記事では、過去のアメリカ大統領の宇宙政策、とりわけ「子」ブッシュ大統領が掲げたVSE(新宇宙政策)、そしてそれを具現化しようとしたコンステレーション計画に触れ、アメリカの宇宙政策は常に政権が変わるごとに大きく変化したと指摘しています。
その上で、トランプ次期政権が中国との対決姿勢を鮮明にしていることから、またもや政策転換が起きると予想しています。
記事では、トランプ氏はいわゆる地球温暖化問題については「中国により推進されているうその塊」であり、NASAがその地球温暖化を見守るだけの「政治的に正しい(ポリティカル・コレクトネス)ことを行う組織」に成り下がることを許さないと繰り返し述べていると指摘しています。
つまり、トランプ次期政権では、NASAはまた「偉大なアメリカ」を復活させるための「偉大な」役割を担うことになるだろうという推測です。

さらに、トランプ氏を支える側近の中で、アドバイザーを務めるボブ・ウォーカー氏と、ニュート・ギングリッジ元下院議長が共に宇宙探査推進派であることを指摘しています。
記事では、NASAは月飛行に関するテクノロジーをすでに持っていることを指摘し、共和党が議会多数派を占め、共和党のトランプ氏が政権を担うという状況になれば、NASAがどのように動くかは「明らか」としています。そして、2020年代前半の国際宇宙ステーションの運用終了と共に、その後のミッションとして浮上すると思われる有人火星探査計画においては、その前提として「まず月から」という議論が復活してくるのではないかと分析しています。これは、世界各国…中国やインド、日本などが(月を重点的な探査対象として)将来の宇宙開発ビジョンを練っている中で、アメリカだけが、トランプ氏のキャッチフレーズ「アメリカを再び偉大に」(Make America Great Again)の通り進むのであれば、やはり月は避けて通れないだろうというのです。

一方、アメリカの宇宙開発の拠点、ケネディ宇宙センターを抱えるフロリダ州、そしてそこからほど近いオーランドの地元紙、オーランド・センチネルは、アメリカが2030年ころに再び有人月探査を狙うのではないか、という記事を掲載しています。ただ、こちらの記事の視点は先ほどのejinsightとは若干異なります。
記事を執筆したのはマルコ・サンタナ氏です。彼によると、フロリダ宇宙戦略アライアンスのデール・ケッチャム氏の言葉として、「火星(有人探査)が最終目標であることは変わらないにしても、月がそのための足がかりになるという点は論理的に正しい。そして、費用もより安く済むだろう。」と指摘しています。
また、複数の国が月探査を実施し、月を主要な探査目標にしていることも指摘しています。

ただ一方で、火星を重点的な目標に据えろという、特に民間企業からの意見が大きいことも指摘しています。典型的な例は、あの「スペースX」のCEO、イーロン・マスク氏です。彼は「火星の上(表面)で死にたい…ただ、激突してではなく」と述べているくらいで、生きているうちに…いや、彼の計画では2024年までに火星への有人飛行を実施することを狙っています。
その上で、ケッチャム氏は「火星は長期的にみて期待が持てる到達点だ。それはイーロン・マスク氏の言葉で強調されている。」と述べており、フロリダがその出発点になることを夢見ているといいます。もちろん、月にも向かうでしょう。
「大英帝国にとってロンドンは世界への出発点だった。今はそれがニューヨークに取って代わっているが、やがてフロリダが月や火星への出発点になるだろう。」という壮大な言葉です。

さて、2つの記事は、どちらかというと憶測から来ている、あるいは期待がにじむ内容が多く、そのままトランプ次期政権の意向を読み取れる、という内容ではないように私(編集長)としては思います。

まずejinsightですが、そもそも中国(香港)のメディアであるという点に気をつける必要があるでしょう。中国は月探査、あるいは有人月探査を現時点での宇宙開発における究極の目標と定めており、月への存在感は現時点ではアメリカより大きいといえるでしょう。
それを背景として考えれば、ejinsightの記事は、アメリカが月にこだわる、というよりは、アメリカ対中国の「宇宙開発競争」の構図で捉えているように私にはみえます。
確かに、1960年代はアメリカ対旧ソ連の月探査競争がありました。そしてそれが、最終的にアポロ11号の月面着陸という形で決着しました。しかし、当時とは今は全く違う状況です。月にまで探査機を飛ばせる国は、当時とは異なり、日本や中国、インドやヨーロッパなど数を増やしています。いや、国だけではなく、民間企業でさえ月探査機を打ち上げることができる時代です。ですから、ここで月へ戻ることが「アメリカを再び偉大にする」ということにつながるかというと、私としては若干否定的に捉えざるを得ません。
むしろトランプ政権はより「現実的」なアプローチを宇宙開発政策についても打ち出してくるのではないか、と私はにらんでいます。それは、現在のオバマ政権下で進められている民間企業による宇宙開発路線の一層の強化、そしてNASAについては有人火星探査を前提としてそれに全力を投入する組織にしていくのではないかというのが私の見方です。

一方、オーランド・センチネルの記事は、かなり推測が多く、またトランプ次期政権の話にはあまり触れていません(ここまで書いてきてなんではありますが)。
ただ、注目すべきなのは、火星へ行くのに「月か」「小惑星か」ではなく、ダイレクトに向かうという考え方かと思います。イーロン・マスク氏の構想はまさにそれで、別に途中を経由しなくても行けるではないかということです。
さらに、火星有人探査を別にNASAに任せなくても、それこそ民間企業の力でもできてしまうのではないか、ということが記事の根底部分にはあります。このことは、前に述べた「民間企業による宇宙開発の強化」とも合致します。

さて、宇宙開発に詳しい方ならおわかりかと思いますが、伝統的にアメリカの宇宙政策は、共和党が政権を取ると推進され、民主党が政権を取ると停滞する(あるいは大きく舵が切り替わる)という構図があります。
ejinsightの記事にもありましたが、共和党の「子」ブッシュ政権の時期には、月を経由した有人火星探査構想が推進され、それが「コンステレーション計画」という形で具体化していきました。しかしこの計画が、予算とスケジュールの超過で破綻、民主党のオバマ政権下で見直しが進められます。
オバマ政権下では、コンステレーション計画が中止されただけではなく、政府予算の赤字削減の一環としてNASAの予算、とりわけ月・惑星探査の予算が大幅に縮小されてしまいました。一方でオバマ政権下では有人火星探査のルートとして「小惑星」を選択、そのために小惑星の有人探査を行う「小惑星イニシアチブ」構想が進められています。
もしトランプ次期政権下でふたたび揺り戻しが起きるとすれば、この小惑星イニシアチブ構想がキャンセル、または大幅見直しとなり、もう一度月を「踏み台」にした火星有人探査を見据えた宇宙計画が立案される可能性がある、といえばあるでしょう。
実際、小惑星イニシアチブについても計画の進行は決して順調ではなく、議会では来年度(2017年会計年度)に、小惑星イニシアチブのうち、小惑星を捕獲して地球近くに持ってくる探査機「アーム」について開発予算をつけない、という動きもあると(実際どうもそのようですが)伝えられています。計画の進行は決して順調ではないですし、逆にいいますと、今ならやめられる(ちょうど、キャンセルを伝えられた当時のコンステレーション計画に近い状況にある)ともいえます。

しかし、コンステレーション計画と小惑星イニシアチブが大きく違う点があります。それは、民間企業の参画です。
コンステレーション計画は主にNASAが主導して進めてきました。一方、小惑星イニシアチブは、その計画のアイディアの多くを民間企業に頼っています。そしてその民間企業とは、宇宙資源開発を進めているベンチャー企業です。従って、このまま小惑星イニシアチブをキャンセルすると、まだ財政面でも技術面でも弱い宇宙資源開発ベンチャーに致命的な打撃を与える可能性があります。それは、前述の民間企業による宇宙開発の推進という立場と矛盾してしまいます。
いま、そして今後、トランプ次期政権は、このような状況を総合的に勘案した上で、アメリカの新しい宇宙政策を掲げてくることでしょう。ただ、それはおそらくあと1〜2年先になるかと思います。

例えば、「子」ブッシュ政権が新宇宙政策を打ち出したのは、大統領に就任してから3年後の2004年1月でした。オバマ大統領がコンステレーション計画のキャンセルに動いたのは2010年9月、小惑星イニシアチブを掲げたのは2013年になってから(大統領再選後)でした。つまり、就任直後ではなく、就任から1〜2年経った頃に、新しい政権の宇宙開発構想が具体化してくるということです。
それが果たして、月(探査)をメインにしたものになるのか、現在の小惑星探査を維持したものになるのか、それとも「マーズ・ダイレクト」作戦として、有人火星探査にいきなり大きく踏み出す内容になるのか、現時点ではまだわからないですし、決まっていないでしょう。
結局これだけ長く書いてきてもあまり刺激的な結論にはならないのですが、トランプ氏が大統領に就任し、宇宙政策をどのように動かしていくのか、2017年、2018年のアメリカの宇宙開発の動向を注意深く見守る必要がある、ということだけは、確かかと思います。