ことによると月探査、いや、宇宙開発の未来をも変えることになるかも知れない、まさにエキサイティングな発表です。
宇宙開発のベンチャー企業、スペースX社(スペース・エックス)は、2月27日声明を発表し、2018年中に2名の乗員を乗せた月周回飛行を実施すると発表しました。実現すれば、民間企業としてははじめての月周回飛行(あるいは「月飛行」といっても差し支えないでしょう)となります。また、人間が月の近くまで飛行するのは、1972年のアポロ17号による有人飛行以来、実に46年ぶりとなります。

まずはスペースX社のCEO(最高経営責任者)、イーロン・マスク氏のツイートから。シャレてますね。「私を月へ連れてって…OK」

民間による有人月飛行はこれまでにも計画はありました。宇宙旅行サービスを提供するスペース・アドベンチャーズ社が、ロシアのソユーズ宇宙船を利用して、今回と同じ月を回って帰ってくる宇宙旅行を提供しています。2005年に提案されたこの計画はDSEアルファ(Deep Space Expedition – Alpha)計画と呼ばれ、1人あたりの料金は1億ドル(日本円にしておよそ110億円)という破格のものでした。
この計画は一時、日本のJTBも取り扱いを行ったことで話題になりました(なお、現在JTBは本計画の取り扱いはしていません)。また、この計画自体、その後の進展は不明です。

スペースX社のリリースによると、打ち上げは来年(2018年)遅くになる予定で、月に着陸するわけではなく、月を一周して戻る帰還旅行になるとのことです。月に着陸するとなると着陸船の開発や実証などに相当な時間と手間、費用がかかりますので、この方式は理にかなっているといえるでしょう。
乗員は2名で、リリースによるとすでに「多額の前払金」を支払っているということです。ただ、リリースでは氏名は明かされておらず、健康診断などにより飛行に支障がないという結果が出ることを踏まえて公表するとスペースX社では述べています。

この2名の乗員については今年後半から飛行に向けた訓練や健康診断などを実施するとのことです。また、今回のメンバーに加え、他のメンバーでも興味を持っている方がいるとのことです。

今回の飛行は、スペースX社が有人飛行用に開発しているドラゴン宇宙船バージョン2(「ドラゴン2」=ドラゴン・ツー)を使用します。この宇宙船は、NASAの民間有人飛行プログラム(CCP: Commercial Crew Program)に沿って開発されたもので、今年(2017年)後半には無人での最初のテスト飛行を実施する予定です。
スペースX社では、人を乗せたドラゴン2宇宙船の飛行を来年の第2四半期には実施したいとしています。基本的に、ドラゴン2宇宙船の任務は国際宇宙ステーションへの物資補給及び人員輸送となりますが、スペースX社は年間4回の打ち上げを想定しています。そして、来年の終わり頃には月へ向けて飛行ということで、かなりハイペースな開発計画となります。

この有人月周回飛行の打ち上げは、アメリカ・フロリダ州にあるケネディ宇宙センター、それもアポロ宇宙船を打ち上げた「39A」射場となる予定です。この射場は、2月19日(アメリカ東部時間)にスペースX社が同社のロケット「ファルコン9」を打ち上げた場所でもあり、ミッションよりもその歴史的な観点が注目されたといってもよいでしょう。
ここから月に向けて打ち上げられるドラゴン2宇宙船は、月の周りを周回して飛行する約1週間の飛行を実施することになっています。
打ち上げるロケットは、現在スペースX社が開発中の大型ロケット「ファルコン・ヘビー」です。このファルコン・ヘビーは、今年夏の打ち上げに向けて現在開発が進められており、推進力としてはアポロ計画で使われた史上最大級のロケット「サターンV」(サターン・ファイブ)の3分の2ほどの力を持っているということです。

なお、気になる「2人の旅行者」ですが、すでにいろいろな名前が取り沙汰されています。アメリカの宇宙開発ウォッチングサイトとして有名なNASA Watchは、そのツイッターで、映画監督のジェームズ・キャメロン氏やグーグル共同創業者のセルゲイ・ブリン氏などの名前をあげています。

ジェームズ・キャメロン監督は、小惑星資源採掘会社のプラネタリーリソーシズ社にも出資しています。セルゲイ・ブリン氏は、2008年にスペース・アドベンチャーズ社と契約し、国際宇宙ステーションまでの宇宙旅行を行うことを発表していますが、まだ実施されていません。
要は2人とも「ガチの宇宙好き」ということです。

今回の発表について、スペースX社はNASAに対し謝意を表しており、「商業有人プログラム(CCP)がなければ今回の開発はできなかった。ドラゴン2の開発資金は大半がCCPからの援助によるものである。今回の月への有人飛行はNASAも支援を約束しており、長期的には(政府が行う)有人飛行のコスト削減を通して、政府と民間両方に利益をもたらすものである。」と述べています。

NASAもこの発表に対して早速声明を出しております。以下のような内容です。

NASAは、開発パートナーがより高い目標を狙うことを賞賛しています。

NASAは、今回の月有人飛行が打ち上げ安全基準を満たすよう、スペースX社と緊密に協力を行っています。また、国際宇宙ステーションへの物資補給についても協力も継続しています。

数十年にわたり、NASAはアメリカの民間企業に対し、アメリカの人々の能力を高めること、そして商業的イノベーションの種をまくことにより、人類全体の宇宙における未来を推し進めていくことを続けてきました。

NASAは商業的パートナーシップを通して業務の進め方を変えようとしています。それは、アメリカの強い宇宙経済を立ち上げることに貢献するものであり、NASA自身が次世代のロケットや宇宙船の開発に注力できることで、人類が月、そしてそれを越えた深宇宙空間への進出を続けていけることを目指します。

さて、今回のスペースX社の野心的な発表は、単に「そういう時代がきた」というを意味するものでしょうか? ひょっとするとスペースX社、さらにはNASAも含めての深謀遠慮があるのではないかという気が私(編集長)はしています。

まず発表のタイミングです。このタイミングは、先日トランプ政権がNASAに対し、現在開発中のオライオン(オリオン)宇宙船で2018年中に有人飛行を行えないかどうか打診したというニュースが流れたタイミングと重なっています。また、飛行実施時期も2018年でピタリと一致しています。
NASAは政権側からの打診には否定的な回答をしたようですが、それはそうでしょう。開発されたばかりの宇宙船にぶっつけ本番で人間を乗せるというのはあまりに危険だからです。
その代わりというわけではないでしょうが、ドラゴン2宇宙船での月飛行という形で、NASAとしては「技術協力先が見事に実施した」ということができますし、スペースX社としても自社の宇宙船とロケットの性能を示すことができます。アメリカ政府としてももちろん、両者が属する国としてその偉業を誇示することができます。三者ともハッピー、というわけです。

また、スペースX社としては、開発資金を集めるという目的もあるでしょう。昨年、スペースX社は2回の打ち上げ失敗事故を起こしており、すでに受託されている打ち上げが遅れているほか、自ら設定した火星への無人機打ち上げを2年遅らせ、2020年にすると発表しています。
スペースX社は、上で述べたようにちょうどいまファルコン・ヘビー開発の正念場で、いちばん資金が欲しいところです。ここで大きな計画を打ち上げることで投資家を「振り向かせ」、より多くの資金を得るということも念頭にある可能性があります。

ただ、いずれにしてもファルコン・ヘビーもドラゴン2宇宙船もこれから開発されるものです。何かが起こればスケジュールが遅れることは当然予想されます。
さらに、月への輸送ということですから、宇宙船やロケットに求められる信頼性も格段に高くなります。現時点ではドラゴン2宇宙船がテストされてから1年強での打ち上げとなるわけですから、いくら回数を重ねたとしても、ちょっと無理があるような気がしないでもありません。

それでも、おそらく今回の乗員は、そのリスクも含めて承知したものと思います。こういった「フロンティア精神」がいかにもアメリカらしいところですが、これから先この月旅行計画がどのように進んでいくのか、そしてその計画が、イーロン・マスクCEOが思い描く「火星有人飛行」へどのようにつながっていくのか、私たちもワクワク(そして少し心配)しながら見守りたいと思います。

【おことわり】本記事では、スペースX社が実施する計画を「月飛行」と表現しています。月探査情報ステーションでは、現地に赴き、科学的・技術的な作業を実施するものを、有人・無人を問わず「探査」と呼び、単に現地に行って帰ってくるという計画については「飛行」「旅行」と表現します。