ジョルダーノ・ブルーノ・クレーター
〜それは本当なのか?〜
■クレーター衝突は本当に起きたのか?
ハートゥングの論文が発表されて以来、何人かの科学者がこのクレーターの形成についての議論を行ってきました。
まず、この衝突説を支持する側からは、月の揺れ(秤動=ひょうどう)が、この衝突説と都合がよいということが提案されました。
月はわずかではありますが、揺れています。この月の揺れを精密に測ることが、アポロ計画により設置されたレーザ反射板により、月の距離を精密に測ることで可能になりました。
この観測の結果、月が900年前の衝突によって衝撃を受け、それによっていまでも揺れ続けているのではないか、という考えが出されたのです。
■反対意見も
一方、ジョルダーノ・ブルーノ・クレーターと「年代記」の記述が一致するという意見については、反論もいくつか出されました。
まず、この「年代記」の記録については、月表面の現象を記述したものではなく、地球大気中の現象、おそらくは流星をみたものではないかという考えが提案されました。
また、もしこのような大規模な衝突が起きたとすると、その後1週間くらいまでの間に、そのちりなどが地球に降り注いで大規模な流星雨が観測されるはずです。しかし、そのような記録はありません。このことから、実際に衝突が起きたのではないのではないか、という説も出ました。
このように、ジョルダーノ・ブルーノ・クレーターについては、歴史時代のものかどうか、といったことについて、長年議論がなされてきましたが、決定的な結論を出すことはできないままになっていました。
■もし、クレーターができたとすれば
もし、1178年にクレーターができたとすれば、どのような現象が起きたでしょうか?
ジョルダーノ・ブルーノ・クレーターのように、直径が20キロくらいのクレーターが形成されると、そのときに放出されるエネルギーは10の20乗ジュールというものすごいものになります。これは単純に見積もって、地球上で最大クラスの地震である、マグニチュード9の地震のエネルギーの約100倍に相当します。
一方、月全体で、直径20キロ以上のクレーターが作られる頻度は、だいたい3300万年に1個程度とみられています。となると、人類史を4000年としたとしても、そこにクレーター形成を目撃できる確率は、なんと12万分の1程度という、ものすごく低いものとなってしまいます。
果たして、人類はその低い確率を偶然引き当てたのか、あるいは「年代記」の記述はクレーター形成ではない別の現象だったのか。それを知るためにはどうすればよいのでしょうか。
■クレーター年代学によってできた時期を知る
月をはじめとして、惑星などの表面がいつできたのかを知る方法として、「クレーター年代学」と呼ばれる手法があります。
荒っぽくいってしまえば、「床のほこりの厚さをみて、最後に掃除をした年代を知る」方法です。
地球のように地表が常に風化などにさらされているわけではない月面では、一度地表ができてしまえば、その後何らかの別の現象が起こらない限り、同じように宇宙空間にさらされ続けます。
クレーターを作る隕石は、ある決まった頻度(時代によっても異なります)で落ちてきます。単純にいえば、クレーターが多ければ多いほど、その土地は古いということになるわけです。掃除をしていない床ほどほこりが厚く積もるのと、理屈としては同じです。
そこで、年代を決めたい場所を選び、その領域のクレーターの数を数え、年代がわかっている他の土地と比較したり、あるいはそのようにして決められた年代の曲線と当てはめれば、その場所がいつできたのか、おおよその年代を知ることができるというわけです。
アポロ16号が撮影した月(上)と、その一部(白い四角部分)を拡大した図(下)。この中央部にあるくっきりしたクレーターが、ジョルダーノ・ブルーノ。(Photo by NASA)
さて、アポロ計画で得られたジョルダーノ・ブルーノ・クレーターの画像からは、内部や周辺に直径1キロメートル以上のクレーターがないことはわかっています。このことから、少なくとも3億5000万年よりは若い、ということはわかりました。
しかし、それは逆に、さらに小さいクレーターを数えなければ、正確な年代はわからないということになります。そのためにも、小さなクレーターを見つけ出せる、高精度の探査が必要になったわけです。
そして、それを「かぐや」がかなえました。
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